第一回上映会「我が心のオルガン」上映のお知らせ

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お問い合わせは「シンプルな情熱」本宅へお願い致します。
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# by juno0501 | 2011-01-11 21:28

スキン調整中

ごめんなさい。今 スキン研究中・・・あとで下げますね~~(・・・なんていいながら鑑賞してる私を許して)
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# by juno0501 | 2009-06-14 23:34

純中劇場

これは、すいかさんの6ヶ月記念に作ったものです。
ほんとはカード(一枚)に文字いれようとして、こはなっちに「ひざにキス、か、合体してるとこキャプして・・・って頼んだら。。。こはなっちったら・・・次から次へと送りつけてくるんだもの。
もう、連続で見てたら・・・せりふが浮かんでしまったのでした。
こはなっちの美的だめだし数回を経てやっとすいかさんに送ることができました。




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# by juno0501 | 2008-01-28 21:09

感謝です。

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またまた bumomさんちからパクリ!

今回の「創作作家(笑)たちの座談会」の企画に快く参加していただいた皆様、本当に
ありがとうございました。
皆様の熱い思い、よ~くわかりました。
この別宅は私が、スキン練習用にとりあえず作った部屋でして、この素敵なスキンはもちろん
サイレントさんが手がけたものなんですが、過去の私の作品、聖域、ONE LOVEを
置いとくための倉庫として、日々放置していた部屋です。
通常、30-50人くらいしか訪問者のいないこの部屋に、この企画以来、大変たくさんの
方が訪れ、私に下さったメールでも、皆さんの創作に対しての姿勢、情熱、ビョンホンへの
愛を感じ取ってくれたことを、知らせてくださった方も多かったです。

うさるなさん、haruさん、ちろぱろさん、suikaさん、こはなっち、みかんさん、非公開J・・・ありがとうございました~!!

これからもビョンホンへの溢れる愛をOUTPUTして行きましょうね~
(ってしばらく私は読み手になりますが・・・)

また、なんか企画考えたら?声かけるかもしれません・・・

そしたらよろしくね。

感謝、感謝です。

☆☆☆2006年6月11日午前0時juno0712
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# by juno0501 | 2007-06-10 14:51

作家きどり・・・って言われてもいい。みんなどんなふうに創作してる???

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ぱくりんぐ ふろむ bumom・・・この彼、いいいい~~~♪

 今日の記事はうさるなさん、haruさん、ちろぱろさん、すいかさん、みかんさん、こはなっち、そして非公開Jにお知らせしています。
かわいいかわいい自分の作品たちを自由に自己満足100%で語ってみませんか?


久々の創作「ETUDE」を終了し、書き上げた今しか書けない、いつもは全然書いてない私だから、今しか書けないと思うのでちょっと記事にして見ました。
実はこれ、ちろぱろさんとこで見かけたのよ。まさに常々私が思っていたこと。
だけど、書いてない私が創作してるお仲間には入れないし、偉そうに呼べるわけもなく、でも
今なら仲間に入れます!!!

なので、日ごろ私が抱いている疑問・・・それをちろぱろさんが記事にしていたので
それをそのままぱくらせてもらいます。(ちろぱろさん了承済み)


 たくさんの創作を書いている方、創作文を公開している方がいらっしゃる中・・・
みんな、どうやって書いているのだろう?
と、思うことがあります。
今日は、たくさんのアクセスに感謝して、私の創作分を書いていくプロセス(?)を
書いてみたいと思います。(えっ?聞きたくない・・・?)
私が創作を書くとき、いろんなパターンがあります。
① 例えば、いきなりstoryが浮かんで、ほぼラストまで行ってしまう時。
② キーワードだけ思いついて、それに肉付けしていくように浮かんでくる時。
③ 約1話分を書き残して置いて、続きを書き足す時。
④ その時の出来事に基づいて、書き足していく時・・・など。

 


なるほどね~
私のことで言えば、今回のETUDE以外は3作品(聖域、ONE LOVE、シンプルな情熱)とも
①なんですよね~①+②もあるかな。
だから、今回のように、次が決まってないのにUPするっていうのはすごく怖かった~
反対にいつもそうやってる人たちもいるってことよね。尊敬~

この際だからみんなにいろんなこと聞いちゃいましょう!って思いまして・・・
あ)ネタはどうやって、いつ?生まれるの?(そんなこと決まってないか)ネタのうまれたエピソードなど。
い)ちろぱろさんのパターンだとすればどれで行ってます?
う)自分の書いたのでどれが好き?あるいはどのシーンが好き?
え)ここに集まっているみんなに、ぜひ聞いて見たいことある?
お)ぜひ、いつか書いてみたい構想ある?
か)書くときどんなソフト使ってる?メモ帳?WORD?それともじかに?


これらの質問は全部に答えなくていいですよ。

それではまず、私からね。
あ)ビョン雑誌みてたり、音楽(洋楽)聴いてたりするときかな?ETUDEのイントロは、ステイシーオリコのSTUCK聴いてて思いついたシーンなんだよね。でもETUDEが終わってみたら全然合ってなかった・・・
い)・・・ETUDEは③・・・それ以外はさっきも言ったように①か、①+②
う)今はETUDEかな・・・いつも新作UPすると、それが一番ベストに思える。でも日数経つとアラがめだってくるのよね・・・
え)それはこはなっちだわね!「つぶやき」から「つぶやき進化系」に変わったよね。画像とのコラボですごく読んでる人を妄想に駆り立てる・・・なんで急に?あ!前からそう思ってたの?随分前に書こうと思ってて・・・ってメールもらった?ほんとにすばらしわ~
お)どなたかへのレスにも書いたけど・・・社会的マイノリティ・・・それをビョンに演じてほしいわ~
社会もすっごく冷たい・・・前向きになろうとしても、苦労の連続、偏見との戦い、ここまで辛い目に合うか?っていうような・・・そしたら主人公はどうなるんだろう・・・まったく、植物状態にしたり、マイノリティにしたり、とことん彼を痛めつけたいらしい・・・こんなの面白くないよね。
だから多分無理だな。
か)私はWORD。処女作「聖域」をかきあげてからPC環境のない(悪い)友人に印刷して送ってるのよ。(こんなシロウトのでも、読むのが楽しみだと言ってくれて・・・実は彼女の批評はものすごく怖いんだけど。。。)それと、ONE LOVE UP後にyahoo重くてメールくれた人にWORD添付して丸ごと送るっていうことを何度かしたかな?なので「mamaconngo 創作」のフォルダーには4つ目のETUDEが並びました。

それでは皆様書きこみよろしくね~私もレスっていうか書きこみするわ~

◎以下は自分のも含めて皆さんの作品の中のjuno的ツボの部分ね。長いから自分のとこだけ読んでくださればいいですよ。

☆私のはあっさりとね・・・

聖域・・・これはね。冬ソナに嵌ってる頃、イカゲソ民宿で止まった二人が「なぜ大人しく寝てるの?悶々ともせずに??」ってここに違和感覚えてムショウに書きたくなった処女作でした。「体の相性の合う女を探してる男」よ。すげ~~~

ONE LOVE・・・これはね。甘人でカンヌ行った直後に「ビョンホン!私がパルムドールあげるから!!」って思いっきりべタでメロを書きたくなってかいたのでした。でも、このユリって才能がありすぎたわね。INPUT OUTPUTのバランスが悪いっていうのか・・・難聴にもなるわね。

シンプルな情熱・・・今までオブラートに包んできた18禁のシーンを急に書きたくなってあっという間に書いたもの。このストーリーのキーワードは「一緒にイケル?」なんだけど、先日bumomさんと会ってたとき「シンプルな情熱は一緒にイケル?の言葉がよかったね!」って言ってくれて嬉しかったわ~この言葉ってとっても思いやりのある言葉だと思うんだけど・・・

ETUDE・・・無事おわりました!!!まだ自分の中では興奮さめやらず。。。。

☆うさるなさん

LEE、ソヌ、美日々・・・3つも同時進行ってすごすぎる!頭の中身どうなってるの?
日々、あれだけ記事UPしているのに??あ~吐き出したいことが山ほどあるのね~
ビョンへの思いを!

LEE・・・これは最初J姫って読んだときヒストリカルロマンかと思ったわ。バンパイアだし中世が舞台なの?って。そしたらなんと現代劇!!

LEEでとても印象的なのはLEEがJの白い首筋に歯をたてて、バンバイアの血と融合?させるシーン。これは結構官能的なシーンとも言えるんだけど、息を呑んで読んでしまいました。あ~もっとLEEの気遣い、Jの戸惑いやら、そしてもっと官能的に・・・って私にかかると全部エロクなるから気をつけようね。だけど、このLEEったら絶倫なのよね。・・・
ETUDEの「L」も多分絶倫だと思うんだけど、LEEと比べたらどうなんだろう?
テクニックはLの勝ちだと思うけど、あ!どっちも「L」じゃん!!つまり、「L」で始まる人は絶倫か・・・すごい発見(どうでもいいか!)←ここ、リンクさせたかったんだけど、2回も消えてしまって、また記事さがしたんだけど、みつからなかったの・・・知ってたら教えて・・・

そしてうさるなさんの書いてるのでとても好きなのはね。

2006年11月28日旅立ち・こちらから~

後半が特にいいんだけど、

何も心配などいらないわ。
あなたは愛されているから・・・
とてもとても・・・愛されているから・・・

確かに、そう、聞こえて来た。

あぁ、歩いてゆくよ。
君の思いと共に・・・


↑このラストいいんだよね~ヨンスィなうさるなさん!聖母みたいだわ~

これ、読んだとき感動したなぁ・・・って私コメントしてないじゃん!!
感動しすぎてジェラジェラだったのかも・・・
そうか!うさるなさんは ビョンLOVERじゃなくて、ビョンの「母」ってことでよろしく!

☆Haruさん・・・

もうライフワークと化した「FLY ME TO THE MOON」ですが、ほんとに長いよね。
あの滂沱の涙を流させたパターンから、今は「二人で行きていく」ストーリーにかわりました。揺と等身大のビョンがかわいいよね・・・いじらしいっていうか・・・

2007年2月20日君は僕の運命6話はこちらから

プレミア試写会で来日した彼はげっそりしてたんだよね・・・そして・・・

それでなくても華奢な揺の体はこの半月の間にさらに細くなっていてちょっと力を入れたら折れてしまいそうなほどだった。
手にちょうど収まるほどの可愛い胸ももっと小さくなっていて形のいい大好きなお尻も驚くほど薄くなっていた。
こんな華奢な弱々しい身体なのに・・・体調だっていいはずはないのに。
腕の中の彼女は彼を喜ばせるために一生懸命だった・・・彼女の気持ちが彼女の唇から痛いほど伝わってくる。
揺・・・・ここへ俺を呼んだのは俺のためなんだろ。
ビョンホンは彼女を愛しながら胸の中でそうつぶやいた。


なんて切ないSE○でしょう・・・痛々しいよ・・・つらいシーンでした。

でも、haruさんので大好きなのはね!FLY MEももちろんですが

2006年7月10日テプン×スヒョンはこちらから!!

このシリーズ面白いんだよね。
コメント数はもちろんミンチョル×スヒョンなんだけど、


あの男はああ見えても全部わかっていた。
わかっているがゆえ自分の幸せより相手の幸せを優先してしまう。想いの伝え方だって不器用だがそれなりにストレートに相手の心に届く伝え方を体得してるようだった。
 


そう!テプンってまさにこれですわ。

「お前、人の幸せってものが全然わかってねえな。それでよく『天使です』なんて恥ずかしげもなく名乗れるもんだ。いいか。自分の好きな人が心の底から幸せだって思っていない姿を見るのは辛いことだ・・そんな彼女の姿を毎日見てそれで俺が幸せになれると思うか?ん?ジソクだってそうだ。金や仕事は自分で頑張れば何とかならないこともないがあいつに好きな女を金のために捨てたっていう気持ちをずっとしょわせたまんま俺が幸せになれると思うか?
心に他の女がいるのに結婚なんかしてジソクもあのチェリムっていう女も辛いだけだろ。そんなの本当の幸せじゃない。そんなこともわかんねぇ~のか天使のくせに」
 

Haruさん、よくキャラ検証してるわ~

☆Chiroparoさん・・・

Chiroparoさんはブログの表で美日々ストーリーを紡いでるんですよね(実は私最初しか読んでません・・・ごめん。夏休みまで待っててね)
ヨンスのほかにジニョンという女性がいて、子供まで生んでいるんですよね・・・

私が好きなのはCREC私が好きなのはCRESCENT・こちらから~

その声は、あまりにも彼の声に似ていた…
思わず顔を上げてしまうほど、その声の中に悠基が居る気がする。
「悠基…」
私の声帯が1年ぶりに、音を出した。
ねぇ、もっと聞かせて…そう思って、声の主の腕を掴んだ。
悠基の声なのに、どうして呼んでくれないの?
振り返った顔には驚きの表情が浮かんでいる…そう思った瞬間、視界は闇に包まれてしまった

いやぁ~つかみはOKでしたわ。
このレイナは自分のせいで夫を交通事故にあわせてしまったという悔恨から声がでないんだよね。気晴らしに行った韓国で・・・亡き夫と同じ声に会う・・・

男性に体を開くのは、彼を…悠基を失って以来だった。

それが悪いことだとか…
いけないことだとか…

その時の私には、何も考えられなかった。

我を忘れるほど、彼に溺れてしまいそうで…
このまま忘れられなくなりそうで、こわい…

ただ、思うことはそれだけだった。

何度体を重ねても、彼の滑らかな肌が離れると寂しくて寒くて…
その夜の私は、何度も何度も彼の体を求め続けた。


この淡々とした静かな語り口・・・

レイナは夢と現実のハザマで夫を追いながら・・・韓国で出会ってしまったイ・ビョンホンと一夜を共にしてしまう・・・

チロパロさん、大人っぽい時間を書くのがうまい。しかも余韻があるよね。静かな中で二人の吐息しか聞こえないみたいな・・・私がcrossよりこっちが好きなのはレイナが幸より大人の女だからなんだよね。(雰囲気ね)
16話と17話でレイナのつぶやき、ビョンホンのつぶやきと交錯するんだけど、
これがまたいいのよ。
そして、よかったよ~ハッピーエンドで!!
これ、毎日楽しみにしてたわ~
韓国のトップスターのビョンホンとのつきあい。。。それは実際も大変でしょうね。
現実の彼も素敵な恋をしていてほしいわよね。

☆SUIKAさん・・・

私はスイカさんとお近づきになったのは最近なんだけど、彼女の最初の出会いは
ジホの独白はこちら でした。
私「cut」大好きなんだけど、彼女のジホはまさにジホ!淡々と語るジホの独白の中に
表面では「善人」というイメージの彼が実はとても上手に愛人と逢瀬を重ね、ステイタスのあるピアニストの妻もいて・・・うまくやっていたのがよくわかる。
そしてこのジホと愛人のHシーンがどきづくないのにエロイ!(JUNOさん、学ぶように!)これは本当に面白かったわ~

そして更に感動したのが・・・LOVE & LAUGHTER(タイトルもいいよね)!!
エキサイトでお隣さんになってから、チャンミの彼の独白・・・feelds of goldの曲にあわせてupした彼の独白は・・・ささくれだったJUNOの心をやさしくやさしく
なでてくれたのでした。

チャンミの彼の告白はこちら

いや~泣けました。じんわりと暖かくなりました。あのビョンホンが優しい穏やかな顔で語るもんだから。。。

彼女ソヌもすご~く長いのかいてるよね。
ソヌについて、どうぞ語ってね!!。思う存分。
そして今、私はグンホとヘインに夢中ですわ。

☆こはなっち・・・

あの~こはなっちって私と同じエロエロおばさんだったはずなんだけど・・・
最近の彼女ったら完全に二の線よ!!

つぶやき進化系・・・ 5月13日がスタートでしたね。こちら


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短い一シーンを書くのってとってもむずかしい。妄想かりたてるのはもっとむずかしい。
そしてその妄想は「ビョンホンのとなりにいるのは私よ!」って思わせちゃうんだよね。もちろんこはなっちのは画像ありきなんだけど、その画像がまたツボなわけです。
最近キャプチャ技術が進化してとてもよいと思います。
でも、これって、この二の線の1シーンを「こはなっち」が書いてるからいいんだよね。
でも、急にどうしたの?ほんとは書く予定だったのね?ずっと前から。
だってさちこシリーズで「さちこぉ~」ってつぶやくビョンホンもツボだったんだけど、
ほんと、最近のいろんな1シーン・・・いいわ。
やっぱりビョンホン相手だから、こはなっちの舞台に出てくる女性も大人だよね。
(現実はしらないけどね~)

どうやってこんな素敵なシーンをあの、こはなっちが創作してるやら・・・鉛筆なめなめ、ノートに書き込んでるのかなぁ・・・


6月3日のがまたツボ~こちら

彼がゆっくり目をさます。

恥ずかしそうに瞳がゆれて、私をそっと胸に抱く。

  そして・・・・・小さな声で私に言った。


           『 好き・・・だ 』 って・・・・


もちろん画像とセットでお楽しみくださいませ~

☆みかんさん・・・

実はみかんさんちはたまに行ってまとめ読みしてるんだけど、最近の彼女、よく研究してます。
私はまったく正反対の「感覚派人間」これだけの情報収集、整理整頓されてるのを読みながら
感嘆してしまう。その反対にみかんさんの創作のやさしい雰囲気には、ちょっと表のハードな文面とはまったくちがった雰囲気が感じられてこれもまたおもしろい。
その中でも忘れられないのがこれ!!

純中救済ストーリーはこちら






体の震えを沈めると

私はテラスに座って風を受けていた。

どうしたらいいんだろう・・。

引き返せない、それだけはわかっていた。

夫の素顔が崩れて行く。

それがホジンなのか、テジンなのか、

私が愛したホジンはどこまでが全部だったのか、

そして、テジンがどんな思いでそれを見ていたのか。

その狂った愛をこのまま受け入れられるのか、

何もわからなかった・・。

お腹の中に宿る小さな命。

私は全て自分の気持ちに委ねた。

そして、タブーを認めた。

テジン・・。

非難するまなざしは一生ついてくるだろう。

それでも、構わない・・。

この愛に生きようと思う。



ひとりぼっちの愛が報われた瞬間、

手渡されたタバコに涙がこみ上げてきた。

俺でいいんだね・・。



書き出しはこうだ。




これ、さらに続きます。どうぞ、読んでみてね。

純中・・・・あの映画のラストの中途半端なこと!映画を見た私たちに、ウンスはなんであんな表情してるんだろう?と不安を残すような彼女の顔が忘れられず・・・

そして、その後に読んだノベライズで少し救われた。

だけど、それでも感じるこの二人の将来・・・おなかの子供は幸せなの?

韓国って義姉との結婚・・・タブーですよね?それでも愛を貫くことはエゴでは?
などなど、けしてハッピーエンドとは思えないこのストーリーの結末を案じたものでした。

それが、このみかんさんの紡ぐストーリー、テジンとウンスの娘が書く両親への愛のストーリー・・・これ読んで、この映画の不安がいっぺんに吹き飛んで、救われました。
本当に救われました。
むしろ、この映画が、この娘が編集者を待っているところからはじまったらどんなによかっただろう・・・そう思いました。

感動するストーリーを読むと「ありがとう」って思うよね。これもそんな感じでした。

実は他のはとばしながら読んでます。
いつか全部読ませてね。


☆非公開J ←リンク許可もらいました。

非公開Jは夜の創作作家。18禁専門でございます。

コメントはすべて非公開を求め、濃いのは「小部屋仕様」となっている。

彼女の創作を読んでて、イ・ビョンホンという存在がいかに妄想を掻き立てるのかが
よくわかる。

私がシンプルな情熱をUPしたとき、イントロでちょこっと書いたんだけど

「みんな、妄想、妄想っていうけど、どのラインまで妄想してるの?妄想ってヤッテルってこと?」ってね。

まさに 非公開Jはそれをずばりと書いてる。


だからってえぐいか?っていうとそうではない。

彼女の許可をとり、最近小部屋でUPしたのを引用しますね。

彼氏に二股かけられたことを知った女子大生は「B」と出会う。
そして・・・


「そうだね…知らない」
「でも、キミが寂しいっていうことは、知ってるよ」

 「壊して…っていっただろう?」



そして、耳元で囁く。

「また……壊したくなった…」


ほんのさわりだけで申し訳ないんですが、私は「B」がつぶやくこういうエロイせりふが好きだわ~

「B」って愛の狩人?

エロのバリエーションってむずかしいよね。
彼女は初物がすきらしいのでこれからも新しいパターンに挑戦するでしょう・・・

あ!非公開Jは今回に限り、質問に応じるということですので、何か質問あれば遠慮なく~

それにしても、重いわよ!ほんとに!あなたの裏は!!

そんなわけで、それでは皆さん、自由にどうぞ~質問に答えられる人は答えてね。自分のを語りたい人は好きなだけ語ってください。他の人への質問でもいいですよ~私もレスというより勝手に書き込みますから~


◎これ、読んでる人でも、書き込み自由です。(質問以外はレスしないかも)

◎私以外の人への質問がある場合は公開コメントでなければ伝わりませんので、宜しく。

◎非公開Jのお部屋は本人の許可を得てリンクさせてあります。そちらから飛んでくださいね~~~!!(メールは受け付けておりません)
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# by juno0501 | 2007-06-02 00:27

ありがとう~

皆様、ありがとう~

皆様の画像、パラダイスの画像、みんなこちらにうつして今、非公開にさせていただきました。

本当にありがとうございました。
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# by juno0501 | 2007-05-02 21:46

コロッケガ~

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これ、確かうさるな家で見たわ~
週刊誌の彼だよね~ う~ん、大人っぽい~素敵・・・

え~昨日は、六本木シネマートで夏物語を見て、そのあと、西麻布「いまどき」へ。
何を隠そう、ビョンさんが、プレミヤ試写会の来日の時に秋元さんに連れてってもらったお店です。
サマンサのイベントで「コロッケガー」「コロッケガー」って言って、その言葉にすっごく反応してることを知った彼ったら「コロッケ?」って言って観客が湧くのを楽しんでたよね~
あの画像。。。かわいかった~

こじんまりとした二階建のお店でした。
お客様は・・・おそらく、私たちと同じような、ビョンホンつながりの女性ばかり・・・
それではビョンホンさんの召し上がった(らしい)メニューの御紹介~
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これが噂の「和牛カルビ肉じゃがコロッケ」です。
大きいのよ。これ。テニスボールくらいはあるよね。
ビョンホンさんは甘い系の味付け、多分好きでしょうけど、これの中身は肉じゃが・・・って感じはそれほどしなくて、かすかに甘い!ってくらいですかね。ボーリュームありました。

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「特選和牛たたき」・・・これはポン酢かかってて、おろしニンニクをつけていただく、想像どおりのお味でした。おいしかったです。

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画像悪くてすみません。マクロにしてませんでした。
「あぶりあご落とし明太子」です。そんな辛さも感じずこれ単品だとかなりしょっぱい。ごはんやおじや、あるいは日本酒の肴にいいかもね。
ビョンさんは何を呑んだんでしょうね。それほどお酒強くないみたいですけど。

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「九州しろくまかき氷」です。
彼、パッピンス食べて、おいしかった~って言ってましたよね。
これは真上から撮ったんですけど、練乳かかってて、多分、パッピンスよりかなりあっさり??

ビョンさん・・・甘い系の味付けごのみ、とか、けっこう子供ごのみメニューが好きなのかも??

ほんとはサーブしてくれたお店のスタッフ(女性)がとっても素敵な山田優劇似の女性だったんですが、それもカメラに(彼女の了承済み)で撮り、お店に記事UPしていいかを確認するために電話したときに「モデル事務所所属のスタッフもいるため、そういう写真以外はUP、OKですよ!」って言ってたので・・・今回は残念ながら彼女の画像はカット!。

ビョンさんは、お店に入ったすぐ左横(一階)の個室だったそうで、そこはお座敷なんだよね。
窓を背にした場所に座ってたそうです!(お店の方情報!)

夏物語のチケットも残るはあと2枚・・・と思ったら、見てみたい!って人がいたのでその方にプレゼントすることに。だから、私はあと1枚か・・・

惹かれるように何度も夏物語のソギョンに会い続けた週末だったけれど、
そろそろ、私も落ち着くかな???

素敵なお店でした。
連れて行ってくださったMさん、Bさん、ありがとうございました!
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# by juno0501 | 2007-02-22 22:07 | コロッケガ~・・・

聖域 ⑧

忙しい日常の中でコウヘイは5歳になった。
ある日の昼 リョウヘイからアキコに電話が入った。
「日本に帰れるよ!」
中国の現地法人を立ち上げるために、リョウヘイは責任者として、求められているもの以上の成果を出し、実績をあげて日本に帰ることになったのだった。
帰国までの間 リョウヘイはいつにも増して 嬉々として引越しの準備をした。
まだ1度しか日本に行ったことのない息子に日本にいる双方の家族の写真を見せながら饒舌に日本の話を聞かせた。
飛行機が成田につくとコウヘイを抱っこしながらリョウヘイはうれしそうだった。
タクシーの中で一人前に話すコウヘイの話をうん、うんと優しく頷きながらリョウヘイ達3人は自分たちの家に向かった。
四谷の社宅につくと、と言っても瀟洒なマンションだが、すでに届いている多くのダンボールに囲まれて、リョウヘイとアキコはホット一息ついた。
すでに7時を過ぎていたのでリョウヘイは食事に行こうとアキコに声をかけた。
リョウヘイがかつてよく行った赤坂の和食屋に連れて行き、思い切り和食を堪能した。
5歳のコウヘイには店の雰囲気が少し大人っぽかったがアキコの料理上手なおかげで何でもよく食べる子供だった。
アキコはコウヘイのために茶碗蒸しやマツタケご飯など、子供が食べられそうなものをいくつか注文し、自分たちは刺身を肴に日本酒を飲み始めた。
「とりあえず、無事に日本に戻ってきてよかった!」
リョウヘイは上機嫌だった。
日本に戻ることが決まったとき以来リョウヘイが嬉しそうにしていることがアキコを少し不安にさせていることをリョウヘイは全く知る由もなかった。
「考えすぎ・・・」
「私たちはコウヘイが生まれてからこんなに幸せでいる。今だって幸せ・・・」
アキコは今日 飛行機の窓から成田が見えたときに、ロンドンに赴任そうそうリョウヘイと絵里の関係で動揺した数日間を、封印していた記憶を呼び起こしてしまった。
その不安もコウヘイのおかげで乗り切ってきた何年かがある。
外国では全く感じることのなかったこの不安が東京に戻ってきてから自分の中で小さな芽になっていることを感じていた。
東京に戻ってからはリョウヘイの世田谷の実家、国立のアキコの実家にコウヘイを連れて行くことで週末が忙しかった。
日本に戻る前からお互いの実家の親達が「コウヘイを連れてきて・・・つれてきて・・・」と、それぞれスケジュール組まなきゃとため息をつくほどラブコールがすごかった。
アキコに似て人懐っこいコウヘイはすぐに実家の親たちに馴染み、「今日は泊まれる?」とか「今度はいつ来れる?」と双方の親たちに哀願された。
リョウヘイも帰国してからしばらくは様々な仕事の引継ぎなどや、歓迎会や上司からの食事の誘いなどで毎日忙しかった。その間にコウヘイの幼稚園を探したり、東京のアキコの友人と久しぶりに会ったり、その忙しさのおかげで一日がとても早く感じた。
東京の生活に慣れると、いつもと変わらず、コウヘイをかわいがりアキコにも優しいリョウヘイを見ながら、その小さな不安も忘れかけていた。
季節がひとつ過ぎると、穏やかな日常が訪れた。
コウヘイに会いたがる双方の両親のために週末はやはりどちらかに行くことが多かったが、アキコは幼稚園にコウヘイを迎えに行き、母親たちのお茶の時間を共有したり、習い始めたスイミングスクールに連れていったりする毎日だった。
リョウヘイは連日帰宅が遅かったため、コウヘイが8時すぎに寝てしまうと長い夜を一人ですごした。
こうやって落ち着いた日々が訪れると、アキコは余計なことを考えるようになった。
少なくとも今の生活の中に絵里の影はまったくないのに、いつも近くに絵里がいるような気がした。リョウヘイに絵里のことを話題にしたら彼はなんて答えるだろう・・・アキコはコウヘイが眠ってからの一人の時間が怖かった。
ある日 アキコはコウヘイを連れて銀座のデパートに出かけ、何点かのコウヘイの洋服を買った。食欲もあり、体格もいいコウヘイは今着るものがすぐ小さくなる時期だった。
アキコ自身の洋服や、リョウヘイのネクタイなども見たが、買わずに帰ることにした。
一階の化粧品コーナーでアキコは足を止めた。しばらく眺めその中の一つを買おうと手にとる。
店員が「プレゼントですか?」と聞くとアキコは自宅用ですと答え、それを受け取り帰宅した。
夜になるとコウヘイと一緒にお風呂に入り彼を寝かしつけた。
コウヘイの部屋から出るとアキコは今日買った小さな箱を取り出してしばらく眺めた。
11時すぎにりょうへいが帰ってきた。
アキコは手早く食事の用意をしてテーブルに並べはじめた。
リョウヘイは風呂から出ると、バスタオルで髪を拭きながらリビングのソファに座った。リョウヘイの前に小鉢を差し出したとき、リョウヘイが箸を止めた。
「コロン 変えたの?」
「気づいた?今日 コウヘイと銀座に行って・・・」
そう言いかけてキッチンに行こうとするアキコをリョウヘイが突然 抱きしめた。
目をつぶるアキコ・・・
ずっとアキコを抱きしめながらリョウヘイは思い出していた。
絵里の残り香だった・・・
アキコはリョウヘイの腕をはずし、「冷めちゃうわよ」と小さくつぶやいた。
ハッとするリョウヘイの顔。
リョウヘイを見ながらアキコは 今 目の前にいる男は絵里を思って私を抱きしめた・・・
諦めたようにそう思った。
今日買ったコロンは昔 絵里と何度か会った時に、抑えた品のいい香りをいつも感じて絵里に尋ねたことがあった。
絵里はそのコロンがブルーノートと伝え、
「でも アキコさんは若いし、これじゃ少し落ち着きすぎてるわよね」
そんなやりとりを今日思い出して買ったのだった。
リョウヘイを試そうとしたのではなく自分も年を重ね、いつまでも甘い香りのコロンは似合わなくなってると思って買ったつもりだった。
この香りをリョウヘイはたまらず私を抱きしめた。
いや、私は夫を試そうとしたのだ・・賭けをしたのだ・・・
「先に休みます」
アキコはそう言うと寝室に行った。
ベッドに入るとアキコはいろいろなことを思い巡らした。
コウヘイが生まれてずっと幸せだと思い続けてきた。
実際にリョウヘイはコウヘイを愛し自分にも優しかった。
東京に戻ってからのこの不思議なあせりをどうすればいいのかわからなかった。
今 二人が不倫を続けているわけでもないのに 自分はなぜこんな被害妄想を抱くのだろうか?
そう 単なる思い過ごしと思いたかったのに・・
彼の中に10年以上たった今でも絵里がいたことを感じてしまった今、自分はどうすればいいのか考えた。

リョウヘイは一人残されたリビングでビールを飲みながら考えていた。
絵里のことは忘れようとしてきた。
自分の中の絵里の存在がアキコを苦しめ彼女を悩ませたこともあった。
だがコウヘイが生まれるとその存在の愛しさにリョウヘイは自分でも驚くほどコウヘイをかわいがった。
コウヘイが自分を必要としてくれるのを肌で感じそれをまっすぐ受け止めると自分が父親になれた満足感を感じた。
長い海外生活の中で明るく努力してくれたアキコに感謝し誠実であろうと努力した。
ただ、誠実であることは愛していることとは違う。
また、本当に自分が誠実だったかどうか・・・
アキコを心配させたとおり、絵里を心の中から拭い去ることはできなかった。
アキコとベッドを共にしても自分が満たされたかと聞かれれば頷くことはできなかった。アキコもそれを感じていただろう。
リョウヘイは銀座の喫茶店で絵里に言われたことを思い出していた。
「家庭を作り、家族を幸せにするのがあなたの役目・・・」
自分の未練のせいで絵里を傷つけ、幸せだったはずの彼女の家庭まで壊してしまった。
結婚式の日に絵里はさわやかな笑顔で言った。
「アキコと一生添い遂げてほしい」と。
自分とのことはすでに過去のものとでも言いたげな表情で。
思い出しながらリョウヘイは絵里を無性に抱きたいと思った。
絵里の白いうなじにキスをし、細い肩を抱く。
手の中の、絵里の暖かい乳房の感触。
胸の鼓動・・・
ソウルで再開し一晩中戯れあったあと、裸のまま自分の胸にもたれて眠ってしまった絵里の寝顔・・・
この東京のどこかで絵里は一人で生活しているのだろうか・・・
それとも誰かと結婚して幸せに暮らしているだろうか?
自分の絵里に対しての気持ちは何なのか。
白馬で初めて出会ってから何年経つというのだ・・・
自分が結婚してからだって10年もたっているのに、なぜ忘れることができないのか?
絵里を抱きたくて逢瀬を重ねた。
会っているときの静かな満たされた時間。
彼女の体のことだけで自分の思いは続いているのか?
それとも愛だろうか?
「いい歳をして何を言ってるんだ・・・」
リョウヘイはアキコの眠る寝室に行くことができず一人の夜を過ごした。
翌日、いつもどおりの朝。
リョウヘイは、今日は接待で遅くなるから夕食はいらないとアキコに告げ、出勤した。
11時過ぎにリョウヘイが帰宅すると室内は真っ暗だった。
リョウヘイはいぶかしく思いながら明かりをつけるとリビングのテーブルの上に置手紙があった。

「コウヘイを連れて国立に帰ります。
 しばらく 落ち着いてあなたとのことを考えようと思っています。  晶子」

国立の実家で洗濯物をたたむアキコにコウヘイが尋ねた。
「ねえ パパは?パパはいつ来るの?」
「パパはね お仕事で・・・」
そう言おうとするとコウヘイが泣き出してしまった。
国立に戻ってから一週間がたち、最初は旅行気分で喜んでいたコウヘイもさすがにリョウヘイに会いたがりアキコを困らせた。
何もいわずに実家に戻ってきたアキコに両親は何も聞かなかったが、リョウヘイを思い出して泣くコウヘイを見ると両親もかわいそうになって、帰ろうとしないアキコを心配し始めた。
アキコが和室のコタツに入って新聞を読んでいる父親に夕食が出来たわよと伝えに来た。
腰をあげながら、父親はアキコに言った。
「リョウヘイ君 浮気でもしたのか?あいつはいい男だからな 女性はほっとかんよ。
だが、アキコ、お前も新婚さんじゃあるまいし1度や2度の浮気くらいで動揺するな」
父親の言葉に
「そんなんじゃないのよ」
とアキコは小さな声でつぶやいた。
浮気なんかじゃない。
結婚してからリョウヘイさんは一度も絵里さんに会ってない。
でも何年たっても断ち切れない彼女への思い、それは浮気なんかじゃない・・・

由香は自分の部屋の本棚でアメリカの大学で勉強してきた何冊かの分厚い本を探していた。
女は由香に昼食を運んできた。
「ここに置いとくわよ。」女が立ち去ろうとすると由香が言った。
「・・・私も下で食べる・・・」
由香は枕の下の睡眠薬の瓶を女に見つけられ二人で抱き合って泣き続けた時から少しずつ女に心を開くようになった。
少しずつ話が出来るようになった。
女は嬉しかった。
いつもと変わらずに家事をしながらも一言由香と言葉を交わしただけで嬉しくてたまらなかった。
由香はいろいろなことを話そうと思っても照れくさくてなかなか昔のように話すことがまだ、できなかった。
その夜、夫が帰宅すると女は自宅に戻った。
女の用意してくれた夕食を夫と由香は一緒に食べながらいろいろな話をした。
由香の顔にようやく笑顔が戻ったと夫は安心した。
「パパ、私 日本の大学でもう一度心理学を勉強しようかと思ってる」
その言葉に驚いて夫は口を開く。
「賛成だね。アメリカで勉強したこともきっと役に立つと思うよ。大賛成だ」
由香はうれしそうに笑った。
そして父親に聞いた。
「ねえ パパはママのどこが好きだったの?」
「うーん ママは昔から自分をしっかり持った凛とした女性だったし思いやりもあった。自分自身がキチンとしているからこそ相手を思いやれるって事だよね」
「ママの事で離婚してパパはママが嫌いにならなかったの?」
「・・・信じられなくてその時は相当落ち込んだ・・でも夫婦じゃなくなったけどママは一番近い友人としてこれからもずっとつきあって行きたい女性なんだ。」
首をかしげながらも由香は両親がお互いを認め合ったいい関係であることが嬉しかった。
「私、中学生のとき、仕事をしながら毎日いきいきとしているママのこと すごいと思ってた。自慢だった」
そう言うと心の中で
「今もそう思ってる」
とつぶやいた。
「そう?!その言葉、ママが聞いたら喜ぶよ!」
そして続けた。
「由香もやりたい仕事をみつけて思いっきりやってみなさい。でもね」
と夫は一瞬ことばをさえぎり
「結婚したら、ママよりも、もう少し だんな様に甘えた方がいいぞ!」
二人は笑った。
夫は自分の寝室に戻ってから パソコンを開くと、女にさっき由香と話した事をメールで伝えた。
長い長いメールだった。

春のなりかけだった。
リョウヘイは国立に戻ったアキコとコウヘイのことで心を悩ます日々が続いた。
国立にも出向き、何度か電話もした。
コウヘイは父親を見ると嬉しそうに声をあげて胸に飛び込んできた。
アキコは相変わらず頑なだったが、国立の家を出るときに泣き叫ぶコウヘイを思ってリョウヘイは自分を責めた。
絵里への思い・・・
心の中に住んでしまった女を消し去ることがどうしてもできなかった。
こんな気持ちだからアキコとコウヘイを不幸にさせている。
国立から戻ると自分がどうしたらいいのかいつも考えた。
今の自分ではアキコは受け入れてくれないだろう。
離婚することになるのだろうか・・・
リョウヘイは昔から全く変われない、孤独な自分の性格をうらんだ。
ただ、今はコウヘイがいる。自分を求めて泣くコウヘイを思い出すとどうしていいのかわからなかった。

ある日の土曜日、リョウヘイは狭心症で入院している父親の見舞いにまた病院を訪れていた。
会計を待つ、ひとけのまばらな、長いすの羅列の端に絵里が座っているのが見えた。
リョウヘイは絵里に向かって歩き出した。
「お久しぶりです・・・」
リョウヘイが声をかけると絵里は少し驚き、笑顔で会釈した。
少し話しをしていいかとリョウヘイは絵里に尋ね、絵里の会計が済むのを待って、病院内のレストランに入った。
絵里はリョウヘイをみつめながら、この人は、男らしく、誠実な雰囲気のまま、知り合った時のまま 年をとっている・・・
そう感じた。
「お嬢さんはまだ通院されてるんですか・・・」
リョウヘイは、以前、この病院の廊下で 会った時に聞いた、カウンセリング室に通っているという娘のことが気になって尋ねた。
ただ、以前と違い今日の絵里は顔色がよかった
若草色のアーガイル模様のセーターを品よく着こなした絵里を見て、ずっと自分の心の中にいたそのままの、美しい彼女を見た。お互いに年を重ねてきたが、まったくかわらない、暖かい絵里の笑顔をみつめた。

「娘は自殺未遂をしたんです。」
「でも・・やっと最近 元気を取り戻してきたんです。」
リョウヘイは絵里の話を黙って聞いていた。
絵里が娘のことでどれだけ心を痛めてきたか、容易に想像させた。
「高岡さん、お子さんは?」
「今 5歳になる男の子がいます。コウヘイって言うんです。」
絵里はリョウヘイのことばを聞いて嬉しそうに頷いた。
「結婚して子供も生まれ、アキコを愛そうとしました。
でも今アキコはコウヘイを連れて国立の実家に帰ってるんです。」
「・・・え?・・・」
「自分がつくづく 昔から変われないことがいやになります」
「子供を愛しています。でも アキコを大事に思ってきたけど、愛することができなかった。
アキコもそんな僕に愛想をつかして実家に帰ってしまったんです。」
絵里はリョウヘイがあまりにも率直に自分のことを話しはじめるので、何も答えられずにだまっていた。
リョウヘイは 自分が絵里に告白することによって絵里によけいな動揺を与えてしまうことは充分承知していたが、今 彼の気持ちをすべて話せる相手は絵里しかいなかった。
そして、もしかしたら、もう絵里に会うこともないと思うと、絵里に聞いてほしいと思った。彼女とのけじめをつけるためにも・・・
「絵里さん。アキコは僕がいつになっても絵里さんを忘れられないことを知っていたんです。」
「いつも一人になると、あなたと過ごした時間を思い出していた。白馬の夜から・・・」
国立にアキコが帰った前日、リョウヘイはアキコのつけているコロンの香りに絵里を思い、たまらずにアキコを抱きしめたことを思い出しながら続けた。
「10年以上たつのに、自分でわからなくなりました。
自分が求めているものがなんだったのか・・・あなたへの思いが愛なのか・・・」
「高岡さん・・・」
絵里は、自分の心臓の激しい鼓動がリョウヘイに気づかれないかと心配した。
「一生 アキコとコウヘイを守ってやらなければ、と頭ではわかってるんです」
しかし、そうやって、リョウヘイが家族を大事にしようと頑張れば頑張るほど、アキコを苦しめてきた。
絵里を忘れられないまま、嘘をついたままでいることが。
「高岡さん。あなたとのことで私は娘の心を傷つけました。私の犯した罪はちゃんと私に帰ってきたんです。」
「娘の今回のことは本当に苦しかった。毎日 自分のことを責めました。やっと 娘が私に心を開いてくれるようになって本当に嬉しかった」
絵里も自分の思いをそのままリョウヘイに伝えた。
「お子さんに、娘の様なさみしい思いをさせないで。」
リョウヘイは下を向いて、わかってます。
と小さく言う。まるで絵里のことばを、ありふれた建前だと責めているようだった。
あなたの心の中の叫びが聞きたいんだと言っているようだった。
少し間をおいて唐突にリョウヘイが絵里に尋ねた。
「絵里さんにとっては僕とのことはもう昔のことなんですか?」
絵里は、どう答えていいのか黙ってしまった
リョウヘイのまっすぐな気持ちを告げられて動揺した。
自分にとってはリョウヘイとのことは本当に昔のことなんだろうか・・・
絵里はわかっていた。
自分の目の前の、不器用なこの男の心を分かってあげられるのは自分しかいないと言うことを。
また、孤独な自分をありのまま理解してくれるのもリョウヘイだけだと思った。
絵里は目をつぶった。
先週 初めて一緒に由香とカウンセリングに来て主治医と三人で楽しく会話できたことを思い出していた。
絵里を見て話す、由香の嬉しそうな顔を思った。
由香・・・・・・
絵里は膝に置いた手が震えているのを隠すためにぎゅっと握りなおした。
顔をあげ、絵里はリョウヘイの目をまっすぐ見て言った。
「あなたとのことは、もう終わったことです・・・」

二人はレストランを出て病院の外に出た。
道路までつづく歩道の両脇の桜並木を歩いた。
桜のつぼみが膨らみかけていた。
この分だと来週あたりには満開になるだろう。
絵里はリョウヘイに会釈をして駅の方に向かって歩いていった。
そしてリョウヘイは絵里の背中を見送りながら駐車場に向かって歩き出す。
国立で、自分を待つコウヘイを思いながら・・・

                   完
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# by juno0501 | 2007-02-22 21:39 | 聖域 ⑧

聖域 ⑦

一月後 二人はロンドンに旅立った。
アキコは大学時代、エジンバラに夏休み滞在したこともあり、今回のイギリス赴任は本当に楽しみだった。
ロンドンで暮らしている友人もいたし、何より、フィンランドのように、日常会話に困ることが全くない分だけ気疲れがなかった。
ある朝 東京の実家の母親から電話がかかってきた。
新しい任地が決まるとやはり心配していつもかけてくれるのだった。
二人の体のことを気遣い、実家のみんなも元気だと告げた。
「そうそう、チハルがなんと、結婚するみたいよ!」チハルはアキコと仲のいい母方の従妹だった。
全く男っ気がなく身長も170センチのりっぱな体格のチハルは、大学を卒業して婦人警官になった。
そのとき、チハルの母は「そんなにたくましくならなくても・・・」となげいたものだった。アキコより5歳年下だが、小さい頃から二人は姉妹のように育ったのだった。
アキコは自分のことのように喜んだ。
「来週、お相手を連れてくるみたいよ。義兄さんが今からおちつかないって言ってたわ。思い出すわね。あなたがリョウヘイさんをはじめて連れて見えたときもちょうど今頃だったわよね・・・お父さんもあの時は確かに落ち着きがなかったわ・・・」
母親の言葉を聞いているうちに、アキコの脳裏にリョウヘイのパスポートの日付が思い浮かんだ。
リョウヘイをはじめて国立の実家に連れて行ったのは三月の三連休だったことが思い出された。
あの日付は、三連休・・・その日に韓国に行ったの?
なんのために?確か 仕事があるような話をしていた・・・
仕事で韓国へ行ったの?
彼の仕事で韓国に接点があったなんて思えない。
アキコは電話の向こうで話し続ける母親の声は全く聞こえてなかった。
いろんなことを一瞬に考えていた。
絵里さん?絵里さんと一緒だったの?
アキコは青ざめた顔で母親の声をさえぎるように受話器を置いた。

そう、確かにその頃絵里さんも韓国に行ったはず・・・
同じ日に?
二人は一緒だったってこと!?

アキコはまだ片付けの済んでいない広いリビングで何時間も座り込んでいた。
確かに絵里さんはちょうどあの頃、韓国に一人旅をすると聞いた。
ただ、それをなぜリョウヘイが知っていたのか、何かの折りに彼にそのことを私が話したのだろうか・・・
それとも絵里さんが彼を誘ったんだろうか?
あの絵里さんが?まさか!
リョウヘイは自分の両親に会いにくる直前まで彼女と二人で韓国に居たというのか、、、、
アキコは湧き出てくるいろんな疑問を肯定したり否定したりを繰り返した。
ただ確信したことがあった。
アキコが、今までうっすらと感じてきた、彼のこころの中の、けして立ち入れない領域、そこにいたのは絵里さんだったんだ、、、、、

夜になっていた。何もしないうちに夜になっていた。
今日 一日どうやってすごしたのかもよく覚えていなかった。
リョウヘイが帰宅した。
あかりのついてないリビングの窓際に座り込んでいるアキコを見て、リョウヘイは心配そうに声をかける。
「・・・どうかしたのか?・・・」その声が聞こえているのかいないのかアキコは動こうともしなかった。
リビングの明かりをつけるとリョウヘイは無表情のアキコを見てもう一度声をかける。
「大丈夫かい?」
リョウヘイはアキコの前に腰を下ろし、顔を覗き込んだ。
「・・・絵里さんと一緒だったの?」
リョウヘイは何のことを聞かれたのかアキコを見る。
「私の実家に来るその日まで韓国で絵里さんと一緒だったの・・・?」
それを聞いてリョウヘイは声を出すことができなかった。
「いつからなの!?麻布で食事をした時から!?二人であなたの看病に行ったとき!?」アキコは抑えることができない感情をそのままリョウヘイにぶつけた。
リョウヘイはしばらく黙ってアキコの質問を聞いていたが、しばらくすると口を開いた。
「もう 終わったんだ・・・」
終わった?終わったって何?
絵里さんとの関係はまちがいなくあったってこと?
アキコはすべてが間違い、自分の勘違いだと思いたかったが、リョウヘイの一言でそれが現実のものであることに打ちのめされた。
心の底で、明るく否定してほしかったのにリョウヘイのことばがアキコの耳に届いたとき、アキコは全身から力が抜けていくようだった。
「すまなかった・・・でも 本当に終わったんだ。」
問いただそうとすれば、いろいろなことを確かめたい、聞きたい。いつから二人がつきあっていたのか?結婚式の、チャペルの外で二人は何を話していたの?・・・
でも今 すべてを聞くことはアキコには耐えられなかった。
自分たちはどうなるんだろう・・・
私はどうしたいんだろう・・・
自分の目の前で何も言わずに椅子にすわるリョウヘイを見ることができず、アキコは窓際にもたれていた。

翌朝、目が覚めるとリョウヘイはすでに会社に行った後だった。
アキコは今まで、どんな時もリョウヘイの朝の食事の支度は結婚してから欠かしたことがなかった。
無理にそうしようと思ってやってきたのではなく、アキコ自身がそういった家事が好きだったのだ。
愛する夫の身の回りの世話をすることを幸せに思っていたのだ。
朝食を食べずに出かけさせてしまったリョウヘイを思いながらベッドの中で昨日のことをまた思い出してしまった。
現実なんだ、夢じゃなかったんだ・・・
一日 経ってアキコは冷静に考えようとした。
ロンドンに赴任してからまだ10日ほどしかたってなかったが、そのあたりから体調が悪かった。
頭が重いこともあったが、昨日のことを思い出して、また気分が悪くなってきた。
昨日 リョウヘイは絵里との関係が終わったと言った。
自分と知り合う、もっと前から始まったことだと話した。
絵里さんはリョウヘイと不倫していたんだ・・・。
じゃあ 離婚したのはそれが原因だったのだろうか・・・
絵里さん・・・自分にとっては姉のような頼れる存在だった。
結婚しても仕事もきちんと続け、優しいご主人とかわいいお嬢さんの中で幸せにくらしている先輩と思っていた。
控えめだけど、自分の下らない悩みをいつもまじめに聞いてくれた。
結婚しても絵里のように仕事を続けて行く自分を想像したこともあった。
その絵里が自分の夫と関係を持っていた・・・
今はまぎれもない現実となってしまったことを認めざるを得なかった。
「終わったこと」とリョウヘイは言った。
本当に終わっているのだろうか?
彼の心を占めているのはいまだに自分ではなく絵里なのではないだろうか・・・
そう考えれば考えるほどアキコは切なくなってきた。
自分との結婚式の日まで絵里に心を残している夫。
自分の存在は夫にとっては何だったんだろう・・・
アキコは自問自答しながら、同じ答えを反芻しながらまた眠りにおちた。
頭が重く疲れていた。

リョウヘイは夜 帰宅するとアキコに「話をしよう」と寝室に来た。
だがアキコは何も聞きたくなかった。
翌朝も目が覚めるとリョウヘイが出かけた後だった。
あの日以来 アキコは一日中気分がすぐれずベッドに横になっていることが多かった。
翌日 アキコはロンドン在住の大学時代の友人のサトミに電話し、病院に付き添ってもらった。
医師にずっと気分がすぐれず頭が重いこと、一日中寝たりおきたりしていることを伝えた。いくつかの質問をされ、血液と尿検査をした。
その場で待っていると、医師がにこにこしながら戻ってきた。
「おめでとう!妊娠です。」心配そうに待っていてくれたサトミにそれを無表情につげるアキコ。
アキコはどうしていいのかわからなかった。
うれしそうな表情をしないアキコをいぶかってサトミが心配して声をかける。
「どうしたっていうの?待ちに待ったベビーよ!」
サトミの両手がアキコのほほを撫でた時、いきなりアキコはぽろぽろと涙を流した。
サトミはけして嬉し涙ではない様子を察してアキコに問いかけた。
「どうしたの?何があったの?」

ロンドン郊外のサトミの家でアキコは今の自分の気持ちを話し始めた。
サトミは紅茶を入れながらアキコの話をじっと聞いていた。
アキコは最初興奮気味だったが、すぐに落ち着いて自分でもどうしていいかわからない、どうしたいのかも分らないと言った。
アキコの話が済むとサトミが尋ねた。
「ねえ まさか生もうかどうしようか迷っているなんて言わないよね?」
アキコは何も答えなかった。
「ばっかじゃないの?!よく考えてみて!リョウヘイさんのはもうとっくに終わってたのよ!それもあなたと結婚する前に!」
「あなたとつき会ってる時に相手の女の人と会ったのかもしれないけど、それはあなたとの結婚で確かに終わったのよ?」
「それで、アキコ 離婚でもするつもり?ベビーがやっとできたのに?」
「アキコはプライドが高かったからねー。それと戦ってるんだよねー。うんうん、私はわかってあげられるわよ」
サトミはアキコとは長いつきあいである。
遠慮のない言い方ながら暖かくアキコに同調しながら沈んでいるアキコを励ました。
「ねえ。もう終わったってリョウヘイさんが言ってるんだから信じてあげなきゃ・・・まだその女の人を好きだったとしたらあなたをだまし続けてるってことよね。リョウヘイさんってすっごく誠実な人だと思うんだけど、その言葉に嘘はないと思うわよ・・・」
サトミと話をし、慰められているうちに少しずつアキコも落ち着いてきた。
「アキコは、リョウヘイさんのすべてを自分のものにしなきゃ気がすまないのよね。・・・でも 他人同士が結婚してどんなにウマがあったとしても相手のすべてを分かりたいなんて無理じゃないかな?」
サトミ自身はイギリス人と3年間の結婚生活の末 去年離婚したのだった。
以前も誰かにおなじことを言われた。
でもリョウヘイの心の奥底に自分ではなく絵里の影を感じて不安に思ったのだ・・・
それは考えすぎなんだろうか・・・
二人で一緒に軽い夕食をとり、サトミはアキコを車で家まで送ってくれた。
ここ何日間の体調の悪さが妊娠のせいだったのかと思うと、まだ複雑な気持ちだったが、少しずつ気持をおちつけようとした。
電話が鳴った。
国立の実家の母親だった。
何日かまえの電話で様子がおかしいまま切れてしまい、その後、何回か電話をしても留守だったので(アキコが電話を取らなかっただけなのだが)心配して今日も何度かかけたのだと言った。
母親は何かあったのかと不安げにアキコに聞いた。
「変わりないわよ。ごめんね。ちょっと体調悪くて・・」
「どこが悪いの?病院に行ったの?」
「うん、今日 サトミに連れてってもらった」
「それでどうだったの?!」
母親は段々声が大きくなってきた。
「大丈夫・・・おかあさん・・・私・・赤ちゃんが出来た・・・・」
そう言うと返事がしばらくなかった。
アキコが受話器を耳に当てなおすと、
「おめでとう・・・・あきこ、本当におめでとう・・・」母親は泣いていた。
結婚して6年になろうとして、やっと赤ちゃんができた。
母親は最初の一、二年目こそ「まだなの?」と聞いていたが最近はアキコに気を遣って赤ちゃんの話をあえてしないようにしてくれていた。
アキコ自身がそんな気遣いを十分知っていたので母親が泣いているのを電話越しに聞いて自分の妊娠が大きな親孝行なのだと感じた。

リョウヘイが帰宅した。
久々にアキコは夕食を作って待っていた。
最近 買い物もしなかったので食材がほとんどなかったが、パイ生地を使ってサーモンを巻いたり、トマトとバジルでサラダを作ったり、リョウヘイの好きなビールをストッカーから出してまとめて冷蔵庫で冷やしておいた。
リョウヘイは久々に妻が以前のように夕食を作って待ってくれていることに驚いたが、素直に「ありがとう」と言った。
「心配かけてごめん・・・」
アキコは照れくさくてリョウヘイを見ずに言った。
「俺の方こそごめん、いやな思いさせてしまって」
リョウヘイがそう言うとアキコは振り向き言った
「リョウヘイさん。私と結婚してよかったと思う?」アキコに突然そう言われ リョウヘイは驚いた。
「うん 思うよ」
「ほんとに?」
いつも こんなふうな会話をしないアキコだったが、今日は言えた。
「じゃあ 私と、おなかの赤ちゃんをこれからも一生大事にしてね!」
「え?!」リョウヘイは少し間をおいてすぐに聞き返した。
アキコがうなづくとリョウヘイは叫んだ。
「やった!アキコ ありがとう!」
アキコはリョウヘイの嬉しそうな笑顔を見て、もう終わったことなんだ・・・
もう心配する必要ないんだ・・・
これからは3人で幸せになれる!心の中でそう繰り返した。
幸せな日々が続いた。
日に日に大きくなるおなかを見ながらアキコも満ち足りた毎日だった。
ロンドンの生活にすぐに馴染めたこともあったが、自分の妊娠でリョウヘイとの絆が深まったように感じた。
リョウヘイは普段は口数の少ない男だったがアキコの妊娠を機に少し饒舌になった。
周りの友人がうらやましがるほど、今まで以上にアキコを気遣った。
晴れた日曜日はハイドパークを散歩した。
そんな時リョウヘイはアキコの手を握りながら歩いた。
国立の母親は、アキコの出産のときはロンドンに来て世話をするから!と大分前から宣言していた。
日本で言えば高齢出産ではあったが、ここロンドンでは全くめづらしいことではないと友人達が教えてくれた。
臨月になり、いよいよお腹が前にせり出してくるとリョウヘイも、「Xデーは会社を休んで待機だね」と笑った。
アキコは自分のお腹の中の元気に動くこの子のおかげでリョウヘイがまぎれもなく自分のものになったと感じていた。
その日、初産だったが、何の心配もなく赤ん坊は生まれた。
3300グラムの元気な男の子だった。
リョウヘイは生まれたての赤ん坊をこわごわと抱きながらアキコにことばをかけた。
「アキコ、この家族を幸せにするよ・・・」
アキコは涙ぐんだ。
コウヘイと名づけられたその子は元気そのものだった。
リョウヘイも忙しい平日もなるべく仕事を早く切り上げて帰宅し、まずアキコの手助けをした。
もともとマメで何でも一人でこなせる男だったのでアキコは遠慮なくリョウヘイを使った。コウヘイの世話も最初は慣れなかったものの今では大泣きしたら、リョウヘイが抱けばすぐに泣き止むほどになった。
土日はロンドン周辺のいくつもある公園に行き三人で遊んだ。
コウヘイは早くも完璧なパパっ子だった。そんなコウヘイを見るのもアキコには幸せだった。
リョウヘイも小さなコウヘイを抱っこして時間があれば一緒に遊んだ。
「昨日 初めてしゃべった言葉がやっぱり‘パパ‘だったわ!」
ロンドンの友人に囲まれてアキコはわざとむくれた顔で言った。
「ご主人も本当にコウヘイ君がかわいいのよねー。見てて笑っちゃうくらいよね。」
「それなのに、妊娠がわかったときにこの人ったら、死にそうな顔してたのよねー」
サトミがわざと大声で言う。
そんな笑いの渦の中にいる自分をアキコは幸せだと改めて感じた。
コウヘイが二歳になったころ、転勤の辞令が降りた。
今度は中国だった。
今回の赴任は中国で現地法人をたちあげる責任者としての仕事のため、リョウヘイの毎日は相当忙しくなることを想像させた。
これまで流浪の民のように次から次へと転勤してきたが、おそらく今回の中国の仕事がうまく収まれば日本に戻れると上司に言われたとアキコに告げた。
一瞬 「あなたは日本に戻りたいの?」と心の中でつぶやいたが、アキコは中国に転勤するための準備を始めた。
アキコは海外での生活はへっちゃらだった。
生来 積極的で誰とでもすぐに親しくなれる性格からどこへ行っても寂しい思いはしなかった。
コウヘイが生まれてからはまた別のネットワークが増え外国暮らしに不安を感じたことなどはなかった。
中国に行くとリョウヘイはその日から忙しくなった。
上海の高級住宅街の広い一戸建てに住み、リョウヘイは、すこしずつおしゃべりを始めたコウヘイに毎朝、自宅を出るときにキスをした。
するとコウヘイが大泣きを始め、アキコが、パパに向かって泣きながら手をのばすコウヘイをなだめる・・・
それが毎朝の儀式だった。
アキコは中国の市場の猥雑さや屋台の喧騒を楽しんだ。
とてつもなく広い道路にありのように大挙して過ぎ去る自転車の群れがアキコにも中国のパワーを感じさせた。
土日は三人で中国の観光地を巡った。
コウヘイはいつも昼過ぎに疲れてぐずり、リョウヘイの広くたくましい胸の中で安心したように眠った。
上海に戻ると外国人客を意識したしゃれたレストランやバーもあり、会社の親しい家族同士で子供を預けあって夫婦だけで出かけることもあった。
ただ、他の家族ほど、二人で出かけることは少なく、リョウヘイはひたすらコウヘイと一緒にすごしたがったので、どちらかと言うと、預ける側というよりは預かる側になるほうが多かった。
アキコはそれが少し不満ではあったが、3-4才の子供たちの中で一緒に遊ぶコウヘイを微笑みながら見ているリョウヘイを見るのも好きだった。
「こんなに子供好きだったなんて・・・」
アキコはリョウヘイを見て何度もそう思った。
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# by juno0501 | 2007-02-22 21:35 | 聖域 ⑦

聖域 ⑥

翌日から女は夫が家を出る時間、朝7時には着くようにし、夫が帰宅するとバトンタッチして自宅に戻る日々が続いた。
由香は少しづつ落ち着いてきたと夫から聞いた。
女とは一切口をきかなかったが夫に何度も言われたらしく女の用意する食事を部屋に運ぶとちゃんと食べるようになった。
由香の部屋のドアも開け放してあり、女も何かと口実をつけて「洗濯物ここに置いとくわよ」とか「雑誌でも見る?」などと由香の部屋には何度も出入りした。
声をかけても一切こちらも見ず、ただ窓の外を眺めているだけだったが、夫に懇願されたせいか食事だけはちゃんと食べてくれている・・・そう思うだけで女は嬉しかった。
私と由香には深い溝ができてしまっているけれど、夫自身も一生懸命、母親との溝をうめようと由香を心からかわいがってくれてきたのだ。
夫には感謝しても仕切れないわ・・・女はなんどもそう思った。

この家の近くに一人で住む年老いた母親には心配させないように、由香が体調をくずして家にいること、自分が休暇を申請して由香の世話をしていることなどを簡単に話してあった。
ただ足腰は弱っても察しのいい母親は由香が今 大変なんだと感じているらしかったが、
何も聞かず、「そうなの・・・あなた、お料理が得意じゃないのに由香にちゃんとおいしくて栄養のあるもの 作ってあげてるの?」そう言って微笑んだ。
年老いた母親は、手先はまだ器用で毎日編み物をしたり、袋物を縫ったりしている。
最近では区でやっている講座で木目込み人形を作ったとみごとな対の雛人形を見せてくれた。
「この人形の顔を見ると由香の小さい頃を思い出すのよ・・・」
そう言ってふっくらした人形の頬をなぞった。
私のせいでこの母親の一番の楽しみ、愛する孫に得意の料理を振る舞い何度もおかわりしてもらえる幸せを奪ってしまった。

ある土曜日 母親に呼ばれ女は久々に実家に出向いた。
土日は夫も仕事が休みのため、女も食材や身の回りのものなどの買い物を土日にまとめてするようにしていたので、その帰りに寄ってみた。
母親は「二日で編めたわ・・・」といいながら肩をたたきながら大判の、温かみのある卵色の肩掛けを女に手渡した。
「由香が風邪ひくといけないからね。」
ありがたかった。


翌日 女はいつものように家に行き、掃除、洗濯を始めた。
由香の部屋に行き、遠慮がちに
「由香、ばあちゃんがね、、由香にって。おばあちゃん 由香が風邪ひかないかって心配してたわよ・・・」
そう言って手編みの肩掛けを由香のベッドに置き、女は部屋を出た。
相変わらず由香とは一言も会話はできないが、最初のころに比べたら、顔色がよくなっただけ心強かった。

女が部屋を出て行くと由香は大好きな祖母の手編みの、卵色の肩掛けを手にとり広げた。
それを肩にはおるとじんわりと暖かかった。
由香はその肩掛けに顔をうずめて声を出さずに泣いた。
三週間が過ぎた。
由香は頑なに女と会話をすることを避けていたが、毎日由香とすごせる幸せをかみ締めていた。
夫の話では夜はリビングに下りてきて少し話す時間があると聞いた。
病院の先生から心療内科に通院してカウンセリングを勧められていて今度一緒に行こうという話しをしたらうなづいたと言っていた。
「由香も元のように元気になりたいと思ってる!」
そう思うだけで女はうれしかった。
数日後、夫は休みを取り、由香と二人で病院に行った。
カウンセリングを予約していたので、それを受けに行ったのだった。
女は家で食事の支度をしながら待っていた。
昼過ぎに帰宅すると夫から由香は大分 落ち着いたように見えるがまだ要注意と先生に言われたときかされた。
また来週予約し、しばらくは少しずつ話を聞いていくとのことだった。
そして、女にも由香の母親として一人で病院に来て欲しいといわれたと。
女はそれを聞いてすぐ主治医の担当の日を病院に確認し、一番早い日を予約した。

心療内科の予約の日、女は由香を夫に託し、一人で病院を訪れた。
主治医はすでに由香とは2回ほどカウンセリングをしており、その内容を簡単に女に伝えた。
たまに専門用語を交えながらも分かり易く丁寧に話してくれた。
夫が言っていたとおり、信頼感を与えてくれる医師だった。

医師は由香がアメリカの大学で心理学を専攻していたことを本人から聞いたのですが・・・と言い、本人も今の自分の状況を頭ではしっかりわかっていること、今の自分が嫌でたまらない、変わりたいと強く思っていることを感じていると女に伝えた。
医師は女に彼女自身についていくつか質問をしていくうちに、今 介護休暇をとり、毎日娘の世話をしていることや、自分が由香に対して抱いている思いなどを正直に話すのを聞いていくうちに、この母親が本気で娘に向き合おうとしていることを確信した。
「お母さん、大丈夫です。由香さんはきっと元気を取り戻します。おわかりでしょうが、お母さんを拒絶しているのは実は真逆で、母親への強い思いです。これからも由香さんを見守ってあげて下さい。」
女は医師に勇気づけられてカウンセリング室を出た。

部屋を出たときに、彼女を見て立ち止まる男がいた。
視線を感じて振り返るとそこにリョウヘイがいた。
「・・・絵里さん?お久しぶりです・・・」
10年ぶりの再会だった。
二人はしばらく無言でその場にたちすくんでいた。
男は女が心療内科のカウンセリング室から出てきたことを見て、尋ねていいものかどうか口ごもった。
「娘がこちらに通院してるんです。」
離婚してご主人が引き取ったことまでは覚えていたが、心療内科に親子で通っているという事実が何か深い悩みを抱えていることを想像させた。
二人は何も言わず、ロビーまで続く病院の長い廊下を並んで歩き出した。
「父が入院していて今日はその見舞いで来たんです。」
10年前にスキー場で出会い何度も逢瀬を重ねたことも二人にとってはずいぶん昔の事のように思われた。
体だけを求めてむさぼりあった日々を男は思い出していた。
その結果彼女は離婚し、今 疲れた顔で娘のことで深い悩みを抱えている。

「アキコさんはお元気ですか?」
「・・・ええ元気です」
女は結婚式以来アキコと一度も会っていなかった。
というより、結婚の挨拶状が一度きただけで、電話も年賀状も来ないので、今 どこでどうしているのか、元気なのかを心の片隅で気にはしていた。
それは男があえて自分あての連絡を止めているのだろうと考えていた。
病院のロビーで女は清算のカウンターに向かうため男に会釈して別れた。
考えてみれば東京のどこかで生きていて、ふとこんな風に偶然出あったことが男にとっては不思議でもなく当然のことのように感じられた。
男は女の負った罰を感じながら、自分が何もできない、してあげられないことが残念だった。
正直に言えば、この女と話したいと思った。
体を求めてではなく、女の話を聞きすべて受け止めたいと思った。
自分の中の空虚な部分を、あの包み込んでくれる暖かさで埋めてほしいとも思った。
しかし、今、さっき会ったあの疲れた表情を見て男は心の中で振り払い病院の駐車場に向かった。

女は家に戻ると夫に先生とのカウンセリングの内容を詳しく報告した。
夫も「あせらないでやって行こう」と言ってくれた。
すぐには溝が埋められないことは覚悟していたが、女はあらためて自分を責めていた。
でも、今は私が前向きにならなきゃ!と女は心に渇を入れた。
夕方会社からの電話で夫は出かけていった。
今開発中のものを製品化できるかどうかの会議とのことだった。
由香がトイレに降りて来たのと入れ替わりに女は二階の由香の部屋に行き、洗濯物をしまい、ベッドを整えた。
枕カバーを取り替えようとしたとき、枕の下に小瓶をみつけた。
それはまだ封をあけてない睡眠薬の瓶だった・・・それを震えながら、呆然と手にもってたちすくんでいると由香が後ろで叫んだ。
「触らないで!それを私に返して!」
すごい勢いで母親に飛び掛ってきた。
「由香!死ぬなんて考えないで!ママをどんなににくんでもいい!憎み続けていいから自殺なんて考えないで!」
「放っといてよ!私のことなんか何も知らないくせに今更母親面しないで!」
二人は睡眠薬の小瓶を取り合って、もみ合いになった。
由香は強い力で、ものすごい形相で女の手の中の睡眠薬の瓶を取り返そうと必死だった。
その小瓶だけが今の由香の唯一の心のよりどころのように。
「由香、お願い!お願いだから、死ぬなんで考えちゃだめ・・・」
二人とも涙を流していた。
由香は力尽きたように崩れ落ち、泣きじゃくった。

女も由香を抱きしめながら嗚咽した。
「由香ごめんね、今まで傍にいてあげられなくてごめん・・・」
女の胸の中できつく抱きしめられながら、由香は子供のように泣き続けた。

アキコは国立の実家で考え事をしていた。
5歳になった息子のコウヘイが両親と遊ぶのを見ながら考えていた。
数日前コウヘイの幼稚園が冬休みに入るとすぐに夫(リョウヘイ)に置手紙を残して実家に戻ってきていた。
アキコは10年前を思い出していた。
リョウヘイと結婚して半年後にニューヨークに転勤が決まり、あわただしく飛び立った。
もともとリョウヘイの所属している海外事業部のものには海外勤務はつきものだったのでアキコも結婚を機に仕事を辞めた。
ニューヨークに三年、北欧、イギリス、そして中国で現地法人を立ち上げて去年10年ぶりに日本に戻ってきた。
結婚式の日、チャペルの外でリョウヘイと絵里の会話の一端を聞き、二人に何があったのだろうと思ったが、慣れない海外生活に順応するためにそれで精一杯だった。
結婚が決まった時も会社の中で、仕事のできるリョウヘイを射止めたことが同僚の女性たちの間で相当うらやましがられ、アキコは有頂天になっていた。
実際 結婚してみると、リョウヘイはやさしく、独身生活が長かったせいかリョウヘイはまったく妻の手をわずらわせることのない夫だった。
身の回りのことも妻のアキコがもっと世話を焼きたがっても「大丈夫だよ。自分でできるから」といつも笑顔で言った。
海外生活の中で、現地の日本人駐在員の妻たちともたくさん知り合ったが、その中でもリョウヘイは自慢できる夫だったし、もっといろいろ自分に委ねてほしいというようなグチを友人達にこぼしても、まわりからはただのノロケと取られるのがオチだった。
絵里と夫に何があったのかという思いが心の片隅にあっても、今、絵里とは無関係の海外でリョウヘイが自分の夫として暮らしていることは事実であり、自分にそれを言い聞かせて考えないようにしていた。
なかなか子供ができなかったが、リョウヘイは海外は慣れたもので、不慣れなアキコを伴っていろいろなところに連れて行ってくれた。
アキコは幸せだった。
ただ、一緒に生活をしていくうちに、リョウヘイの心の一番奥には自分の入り込めない部分があるように感じていた。
一流企業のエリートで誰がみても男らしく誠実なリョウヘイ。
自分に対しても思いやりのあるこの男の奥底には一つトビラが閉まっていていつも鍵がかかっているような、そんな感覚だった。
「この人は私と結婚して幸せだろうか・・・」そう思うこともあった。
そんな感覚はなかなか説明しにくく、友人に話しても「それは誰にでもあることよ」とか「心を全部 共有できるなんて無理よ」「あなたは、あのご主人にこれ以上のことを求めるなんて贅沢よ!」などと一笑に付された。
「そんなものか・・・」
アキコは考えすぎていたことに苦笑した。

イギリスに転勤が決まった時、いつもは家のことはアキコが担当し、彼の身の回りのものは本来なら全部彼自身でやるのだが、辞令が降りてから現地に行く日まで日にちがないため、少しずつ夫の荷物もアキコが整理し始めようと考えた。書斎に入った。リョウヘイは夜、食事が終わると毎日必ず書斎で一人何か考え事をしている。そういったところもアキコにとっては少し寂しさを感じるところだったのだが、友人の言葉を思い返して苦笑した。机の上のたくさんの書類の山や読みかけの本は触らないほうがいいわね・・・と思いながら、本棚にある書物を箱に詰め始めた。転勤は宿命なので、二人ともものを増やさないようにしてきた。洋服なども流行にあまりとらわれない上質のものを数点用意してそれ以外はあまり買わないようにしてきた。本棚の一つのコーナーに韓国関係の書物や学生時代に自分で撮った韓国でのアルバムが何冊もあった。なぜかリョウヘイはいつどこへ行ってもこれらは処分せず携えていた。アキコ自身は冬ソナにはまって韓国語教室に通ったこともあったが、リョウヘイに韓国の話を振ってもあまり話しに乗ってくれなかった。
韓国語教室・・・そこで絵里さんと出会ったんだわ・・・結婚式の日に二人の様子をみて胸騒ぎを覚え、それ以降 あえて絵里とは連絡をとっていなかった。
書斎の机の引き出しを開けたとき、パスポートが奥に見えた。
いつも自分で管理していて一切さわることもなかったが、単純な気持ちでリョウヘイのパスポートを手にしてパラパラとめくった。
パスポートをめくると韓国の入国印が押されてあることに気づいた。
「韓国?この年は たしか結婚した年よね・・・」日付から自分たちがすでに付き合っていたころになるのだろうが、リョウヘイから韓国に行った話しは聞いた覚えがなかった。独身時代 ふらっと一人でよく旅に出かけたと言っていたから多分 それかしら・・・
どこかに引っかかる思いはあったが、パスポートの最初のページの、今よりかなり若い夫の写真をしばらくながめ、くすっと笑いながら、またもとの引き出しにしまい、荷物を詰め込み始めた。
夜 遅くにリョウヘイが帰宅した。書斎でアキコが自分の荷物を詰め込んでいることに一瞬 驚いたが、アキコに声をかけた。
アキコはリョウヘイに気づくと手を止めて
「あ、お帰りなさい。少しづつこの部屋の荷物も整理しておいた方がいいと思って・・・」と言った。
「ありがとう、でも会社の書類なんかもおきっぱなしだから後は自分でやるよ」
「そう?でもあまり日がないし、あなたも忙しいでしょうから、と思って。そうそうあなたのパスポートの写真、ほんとに若いわね!」そう茶化しながらリョウヘイにウィンクした。
アキコは軽く食事をする?とリョウヘイに聞き、書斎を出てキッチンに行った。
しばらく書斎にいた後、リョウヘイが着替えをしてキッチンに来た。
アキコは結婚前から料理の腕前は確かだった。それだけではなく、家事全般 きびきびとこなし、不慣れな海外生活の中でも順応しようと努力した。

「今度はイギリスか・・・」ワインを飲みながらアキコが言う。
ニューヨークに3年、北欧に2年、今度はヨーロッパに販路を拡大するために、イギリスに行くのだ。
「日本がなつかしいだろ?」
リョウヘイはアキコの作った、オードブルをつまみ、ワインを飲みながら言う。
そう言われてアキコは、むしろ自分たちが海外にいられることがアキコに不思議な安心感を与えていることに気づいていたが、それはリョウヘイには言わずに
「今度はイギリス・・・フィンランドの言葉には苦労したけど、今度は少し気が楽よね」
二人は英語には困らなかったが、なるべく現地の言葉を覚えようといつも努力した。
休日の夜は、知り合った現地の日本人の家族から言葉を教えてもらったりしたが、アキコはリョウヘイとのその時間がとても楽しいものだった。
アキコは物怖じしない性格で、すぐに誰とでも友達になることができた。
リョウヘイも長い海外生活の中で、そんなアキコの明るい性格にはどれほど助けられただろう。
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# by juno0501 | 2007-02-22 21:34 | 聖域 ⑥

聖域 ⑤

聖域」後編


女の日常はいつもとかわりなく過ぎて行った。
離婚する前も仕事に手を抜くことはしなかったが、一人になってから 女の毎日は今まで以上に膨大な量の仕事を効率よくこなすことで費やされた。
女は仕事が好きだった。
同期の男性の職員よりも明らかに有能だった。
どれだけ仕事が忙しくても、一人になってからは、帰宅時間を気にすることなく何時間でも残業した。
次第に上司からも様々な重要な案件を相談され判断を仰がれたり、役職こそ課長補佐だったが、彼女の職務上の知識やアイディアを生かす機会も多くなってきた。
一人暮らしには最初から抵抗なく馴染んだ。
由香の声のない寂しさを時々感じることはあっても、女はつくづく自分には一人暮らしがむいているのだと感じていた。
職場では女が離婚したらしいという噂がながれたが、もともと女が開けっぴろげな性格ではなく、むしろどこか気軽に声をかけられる雰囲気の性格ではなかったので、苗字を変えてなかったこともあり、本当に離婚したのか、なぜ離婚したのかはほとんどのものが知らなかった。
数少ない友人を大事にし、端からみれば狭い世界の中で生きていた。
もともと一人で何かするほうが気楽な性格だったせいか、むしろ大勢でいることが苦手な性格だったせいか、職場の宴会も失礼のない程度にしか参加しなかったし、休日は一人で美術館に行ったり、小旅行に行ったりして楽しんだ。
女は 夜 たまに一人で酒を飲んだりすると、もう何年も前のこと、男との逢瀬を思い出すことがあった。
白馬で出会い、自分でも知らない世界を覗いたこと。
愛を語るわけではなく二人ともただ時間を惜しむように貪った日々。
自分のしている行動が世間の常識からすれば罰があたることとはっきりわかっていても止めることができなかった。
むしろ、男が海外に転勤したり、アキコとの結婚が決まったり、そういったきっかけのおかげで関係が終わった。
そのことが女には自分の弱さを認識させていた。
体の相性が合うだけではなく男と一緒にすごした時の、不思議な充足感、似たもの同士が体を寄せ合うような、本当の自分でいられるような安心感がいつもあった。
もうあんな男とは一生 出会うことはないだろう・・・ある意味 自分のかたわれのような相手だったかも知れないと思う。

アメリカに行った別れた夫からは時々 由香と写った写真と手紙が送られてきた。
アメリカのハイスクールでは最初 英語でだいぶ苦労したようだが半年もしないうちに生活にも慣れたようだった。
女はそのつど返事を書き、由香にあてた手紙も添えてアメリカに送った。
由香からは一度も返事はなかった。
夫も女を気遣って、手紙には「ママに会いたいといっています。」と書いてあったが、女は由香が自分に対しての否定的な感情をまだもちつづけていることはわかっていた。
「当たり前よね・・・」
女はため息をつきながら写真を見る。
少しずつ大人っぽくなっていく由香。
アメリカの大学で心理学の勉強をしていると手紙で知った。
大人びたアメリカの友人たちの中で精一杯 背伸びをしてお化粧をした由香の写真をいつまでも見ていた。
母親似の切れ長の目が、目鼻のはっきりしたクラスメートの中では地味に見えたが、大人になりきる前のピュアな美しさがあった。
由香の20歳の誕生日に女は手紙と真珠のネックレスを送った。
夫から丁寧にお礼の手紙が来て、由香は日本の成人式には出席しないつもりであることや着物も着ないかわりに父親に中古の車をねだったことなどが綴ってあった。
何枚かの写真を見る限り 由香はアメリカで成長し元気に生活しているようだった。
由香が大学を卒業した翌年、夫が春に日本支社に戻ってくると伝えてきた。
IT関連企業で華々しく成長した夫の企業は日本でのシェア拡大のため、夫を日本に戻したのだった。
アメリカに行くときは一研究員だったが、今度は研究所の所長だけではなく、会社の取締役としての肩書きがついていた。
夫が帰国してしばらくたち、女は久々に夫と一緒に夕食をとる機会があった。
こうして夫と会うのも10年振りだった…
「お互い 年をとったね」などと二人は笑いながら食事をした。
女の不倫が原因で離婚してしまったが 夫と10年ぶりにあった今 なんのわだかまりもなく話ができる、むしろ 今のほうがお互い古い親友のようにつきあっていけるような気がした。
夫の懐の深いおかげ・・・
離婚してもこんな風につきあえることを女は感謝した。
夫の話から、由香も一緒に帰国し ある科学誌の出版社に勤め始めたことを聞いた。
大学で学んだ心理学を生かした仕事も探したが、日本で取った資格や経験などはなかったことから一旦あきらめたとの事だった。
出版社では英語を生かして、記事を翻訳したり、外国の研究者が来日すると通訳したり、忙しくも楽しそうに働いていると聞いた。
夫は 今日二人で食事をすることを由香に伝え由香も誘ったが、仕事を理由に断られたと残念そうに言う。
女は夫に、いつも気を遣ってもらってありがとうと感謝を言いながら 娘と楽しく会って話す機会はもしかしたら一生ないかもしれないと思った。
それが私への罰・・・

お互いに忙しく、東京の空の下で元気に過ごしていることを頭の片隅に置きながら季節がすぎていった。
ある一月の朝だった。
職場に着いて、税務の研修資料を部下に手配させようとしたとき、ポケットのケイタイがぶるぶると激しく震えた。
女は携帯を手にとると夫からであることを確認し、いぶかしく思いながら手に取った。
「おはよう。どうしたの?」
「由香が、由香が自殺未遂を・・・」

女はタクシーの中で心を落ち着かせようとしても体中が震えるのをとめることができなかった。
「どうして?」
「どうして自殺を・・・?」
由香は帰国してから、元気に仕事していることは時々夫からのメールで聞いていたのに、なぜ自殺未遂をしたというのか?
病院の夫からの知らせで、朝 由香が起きてこないので部屋に行ったら、意識のない由香がいた。
ベッドの下に睡眠薬の空き瓶がころがっていたことを聞いた。
病院は夫の自宅から一番近い救急病院だった。
病院に行くまでに夫から、由香の着替えと保険証を自宅から持ってきてほしいと言われ、動揺したまま自宅に向かった。
帰国したときに夫が、機会があれば自宅で由香に会えば?と以前 自分が使っていた鍵を渡されていたが、それが今こんな形で役に立つなんて・・・女は自宅の前でタクシーを降りると、急いで二階の由香の部屋に上がった。
10年以上ぶりのこの家で感傷にひたる間もなく、由香の部屋のクローゼットをあけた。身の回りのものをそろえているとき、机の上の携帯が鳴った。
一度は鳴らしっぱなしにしていたが、また鳴った。
鳴り続けた。
女は携帯を手にすると、着信の画面に「編集部長」と出ていた。
「会社の方!由香の欠勤のことを知らせてないんだわ!」
女は迷わず携帯に出る。
「もしもし・・・」
女が出ると、電話口の向こうに中年らしい男性の声が響いた
「由香?大丈夫?今日 休んでいるから心配してたんだよ。・・・昨日は病院に付き添えなくて悪かった。体は大丈夫?君には本当に申し訳なく思ってる・・・でも、妻とは別れるわけには行かないんだ・・・」
女は携帯を耳にあてたまま、今 由香のまわりに何があったのかを悟った。
その場に立っていることがやっとだった。
女は携帯を置くと、床におとしてしまった衣類をバッグに詰めようとして、ふと机の脇のくずかごに目をやった時、写真が何枚かビリビリに破られているのが目に入った。
その一片を手にしたとき、女はうちのめされた。
その写真は少女の頃の由香と写っている女の写真だった。

病院に着いた。
ベッドの脇で夫が肩を落として座っていた。
声をかけるとふりむき、力なく笑った。
胃の洗浄をしたのでもう大丈夫とのことだった。
女はベッドの上で10年ぶりに由香を見た。
すっかり大人っぽくなっている娘がいた。
血の気のない真っ白な顔で横たわっている由香がいた。
その頼りなげな寝顔を見ながら女はこらえ切れずに泣いた。
女は自分の記憶の中の由香を辿っていた。

保育園のお迎えに、いつも閉まる時間ぎりぎりに向かえに行くと 誰もお友達のいなくなった室内で一人でパズルをして遊んでいた由香。
私が声をかけると本当にうれしそうに胸に飛び込んできた。
保育園の先生方にも助けられたが、わがままも言わずに待っててくれた由香。
小学校一年生のとき、私の帰宅の遅い日も大きな花丸をもらったあいうえおの練習ノートを見せるために起きて待っていて私に見せてくれた由香。
小学校の発表会で、ステージの上から私を探し、姿を見つけるとやっと安心してリコーダーを吹き始めた由香。
帰宅してあわただしくドアを開けると玄関にうずくまって眠っていたこともあった。
頬には涙のあとがあったっけ。
「ママ、あのね・・・」
「ママ、聞いて・・・」
「ママ、私ね・・・」
いつもいつも 私といられる時間を惜しむようにまとわりついていた。
今更 そんな日々がひとつひとつ思い出されてきて女は涙がとまらなかった。
母親の仕事の忙しいことをグチもいわずに由香は一人で、寂しさをかかえて大きくなったのだ。
少女になってこれから大好きな母親と親友のように過ごせるはずだったのに、今までの寂しさを埋める大切な日々も与えずに別れてしまった。
由香との記憶は中学でテニス部に入部し真っ黒になって張り切っていた・・・そこでぷつりと途切れている。
今 ベッドでやつれて眠っている娘は母親の知らない間にすっかり大人になっていた。
女は心から詫びた。自分の犯してしまった罪で娘の心をずたずたにしてしまった・・
・許しを乞うつもりは一切なかったが、今 女は母親としてこの娘にできることはすべてしなければ、させてほしいと静かに考えていた。

女は夫に、職場に電話を入れると伝え病室を出た。
総務課の友人、中村さえに電話を入れ、明日からしばらく有休をとりたいと伝えた。
中村さえは女より5歳年上で総務課の課長だった。
5年前に女が健康診断で初期の子宮頸がんがみつかり2週間入院したときも年老いた女の母親の代わりに身の回りの世話をすべてやってくれた。
さえはキップがよく面倒見のいい性格で、独身ということもあり、女は親友と言うより同士のようにつきあいをしていた。
自分が離婚したいきさつもさえにだけはすべて話していた。
女は娘の状態を手短に伝えた。
さえはすぐに言う。
「あなた、介護休暇を申請しなさい。私が全部手続きしてあげるから。今 お嬢さんをフォローできるのはあなたしかいないんだから!」
「介護休暇・・・」
籍はなくても娘にはちがわない。
でも、まわりで介護休暇の申請をした人を聞いたことがない・・・さえはそんな女のとまどいを電話口で察していった。
「大丈夫よ。上長との面談とやらも全部 私が段取りするから!私が何年総務のお局してるとおもってるのよ!」
明るく言い放つ、さえの声に女は勇気付けられた。
翌日職場に行くと、形式的に課長と短い面談はあったが、さえのおかげでいくつかの書類にサインし押印するだけで介護休暇の申請は下りた。
職場の同僚は女の母親の具合が悪くなったと思っているらしく口々に
「お母様は大丈夫なの?」
「老人の介護は本人にも体力的にきついらしいから気をつけて・・・」
など口々にねぎらってくれた。
早々に職場をあとにして病院に戻った。
主治医から「自殺未遂をしたものは繰り返すことが多いからしばらくは目を離さない方がいい」と忠告されていて、夫か自分か どちらかは常に由香のそばにいなければと話したのだった。
病室に入ると、由香は今日退院できると話しがあったと夫が言う。
女は夫に介護休暇を申請して受理されたので、しばらく由香の世話は自分がしたいと申し出た。
由香はそのやりとりを聞いているのかいないのかベッドの上で無表情で窓の外を見ていた。
「ありがとう、今 君の仕事も忙しい時期なのに。正直言って 自分ひとりでは今の由香をどうやって受け止めていいのかわからなかった・・・」
夫は退院の手続きをしながら女に礼を言った。
「感謝しなければならないのは私です。私のせいで由香が今まで傷ついてきた分お返しをしなくちゃって思ってる。そのチャンスを許してもらえて本当にありがとう」
三人はタクシーでなつかしい我が家に戻った。
10年前までここで三人幸せに暮らしていたのだ。
夫と由香がアメリカに行っている間は貸家として法人契約していたようだが、1年前に帰国してから夫と由香がまた暮らしていたのだった。
女は由香の部屋に入り、ベッドを整えようとした。
「触らないで!」
由香が女をにらみつけながら叫んだ。
「私の部屋に入らないで!」
由香に大声で拒否され、女はその場に立ちつくした。
夫は由香の部屋に入り由香をなだめていたようだったが、女は台所に降りて行きお昼の支度にとりかかった。
大声でののしられようが無視されようが女は覚悟を決めていた。
由香とこれからしばらくは一緒に過ごすことが出来るんだもの。
由香のためにしてあげられることは全部しよう・・・女は近くのスーパーで買ってきておいた食材を手際よく冷蔵庫にしまった。

由香は病院でもらった軽い睡眠導入剤を飲むとすぐに眠ってしまった。
心も体もぼろぼろになり食事をしたり会話をしたりするような前向きな状態ではないことが見て取れた。
由香が眠ったことを確認すると夫が階下に下りてきた。
そしてしばらくは夫が会社に出ている時間は女が由香に付き添うことを話し合った。
夫は一緒にここで寝泊りすればいいと勧めてくれたが、由香の精神状態を察して女は断った。
自分を拒否している以上、四六時中、母親と一つ屋根の下にいることは由香にとってはかえって安らげないと思ったからだ。
ただ、心が健康になるには時間がかかっても無理にでも食事をさせ体力だけは取り戻させたい。
そして二度と自殺未遂などしないようにさせなくては・
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# by juno0501 | 2007-02-22 21:32 | 聖域 ⑤

聖域 ④

真夜中になっていた。
男が口を開いた。
「今日僕は帰ります・・・アキコの両親に会うんです」
結婚するんだ・・・
女は現実に戻り 自分が何をしているのか目が覚めたように呆然とした 。
アキコが男と結婚すれば本当に自分は楽になれる。
そうわかっていてもいきなり崖に落とされたようながっかりした思いがあった。
男は何も言わずに女をやさしく抱きしめた。
そして二人はだきあったまま眠った。
朝女は男がすでに日本に戻ったことを知った。
女は空虚な感覚を覚えたがむしろ精力的にいろいろなところをまわった。
なるべく男を思いださないように自分の韓国語を使って韓国を楽しもうと努力した 。
夕方までは韓国にいられる 日本に戻ったら自分のいるべき日常が待っている。
でも、二人で会っているときのこの満たされた時間が、 本当にこれで終わってしまうことに覚悟するしかなかったしそれでよかったと思う。
女は明洞聖堂についた。
聖堂の中ではミサが行われているようだった。
女は中には入らず、しばらく聖堂の前でたちすくんでいた。
夜 女は帰国した。
娘と母親の楽しい鴨川の話を聞き相槌を打つ女。
韓国のことも娘に聞かれたが言葉少なに答え 早々と自室にあがった。
階段を上る女の背中をみつめる娘…
今頃男はアキコの両親と和やかに歓談してるだろう。
誰が見ても誠実でりっぱに見える男。
どんな親でも彼のような男と娘が結婚するとなれば本当に安心するだろう。
親の世代にとってはまじめで誠実でおまけに一流商社に勤務してる男は大当たりと思うにちがいない。
自分が望んでいた展開なのに複雑な思いを抱きながらベッドに横になり本を読む。
ひとりになればなるほど韓国での夜を思いだしてしまう・・・
今朝まで自分は男の胸の中にいた。
目をつぶると愛撫しながら囁く男の声が聞こえてくるようだった。
「大丈夫 また明日から仕事が待ってる 今度こそ忘れよう 忘れられる」

また月日が流れた 女は忙しい日々を送っていた。
忙しいおかげで何も考える暇もなく毎日がすぎていった
先週帰国した夫とも 毎日帰宅が遅くゆっくり話す暇もない。
韓国語教室で会うアキコも毎日忙しそうで最近は休みがちだ。
数ヶ月後に 男との結婚が決まり 何かと準備しているようすだった。
今は動揺しないで話を聞くこともできる自分がいた。
ある日 夫からメールが入り食事しないかと誘われた。
珍しい。
夫と外で食事するなんて一年ぶり いやもっとだ 。
そういえば夫とは家でじっくり話もしていなかった。
二人とも仕事だけを考えて日々を暮らしていた。
娘の由香も中3になり塾の帰りも遅く皆 一緒に食事することも少なくなっていた 。
夫と何を話そうか考えなければいけないなんて変な夫婦と苦笑しながら待ち合わせのレストランに行った。
中華料理を二人で食べ紹興酒を飲みとりとめもなく話をした。
少し沈黙すると夫は自分がアメリカの半導体メーカーにヘッドハンティングされ、それを受けるつもりであることを話はじめた。
「 アメリカで暮らす?」
何も相談もなく夫がすでに決めてしまったことに困惑しながら聞いていると 夫はキャリーケースから書類を取り出した。
離婚届けだった。
女は驚きをかくすことができなかった。
「由香はアメリカに連れていきたい。君は一人でも大丈夫だよね」
女は震えながら夫に聞く。
「なんで、なんで私たち離婚しなくてはいけないの?」
「由香が気づいたんだよ」
絶句した。
何を気づいたと言うのか?
男との逢瀬を?
紹興酒を持つ手がかすかに震えている。
神様 これが罰ですか?これが・・・

回想
由香はリビングのチェストの奥に女が昔使っていた携帯電話をみつけた。
クラスのみんなは持っているのに自分はまだ携帯を買ってもらえないことが今一番の不満だった。
「中学生だって必要なのに・・・」そう言いながら、その母親の携帯に充電器のコードを差し込んだまま、電源を入れてみた。いろいろな操作をして感触を楽しんでみた。
その携帯は、メールの履歴やデータフォルダなどはすっかり消去されてあった。
「あたしも早くほしいよ 携帯くらいは・・・」
そうつぶやきながらある画面が保護されていることに気づいた。
カレンダーのところだった。
5年前のカレンダー?
そのカレンダーを動かしていると日付にメモ書きがしてある。
それは一月にだいたい一回くらい、2回のこともあった。
「○月×日Pホテル703号室・・・○月×日Pホテル1012号室・・・○月×日Pホテル805号室・・・」
由香は笑顔の消えた顔でそのメモ書きをみつめていた。

由香は今まで私に何も言わず悩んでいたのだろう。
女は心から由香に詫びた。
夫は続ける。
「アメリカには由香の夏休みには立つつもりだ。高校は実はこの前アメリカ出張の時にいくつか見てきてだいたい決めたんだ。向こうに行って最終的に由香が決めるよ」
家族の中で自分抜きで話が進んでいた 。
自分が男のことを忘れるために仕事に没頭していた頃由香は母親の不倫に気づき心を痛めそんな娘に全く気づかないどころか娘の存在さえも心になかったかもしれない自分を責めた。
最近 私に対して話しをしてくれなくなったことさえ 思春期特有のものとして大して気にもとめなかった。母親失格だ。

夫は由香に母親の携帯のことを聞かされたが取り合わなかったと話した。
ただ5年前 確かに妻は夜遅く帰宅したことが何度かあった。
残業の多い職場であることは重々承知しているが、深夜に帰宅するほどの残業?と思ったことをふと思い出した。
でもそれ以上の疑問は抱かなかったこと。
妻の浮気などは 自分の妻に限っては遠いことだと確信していたから。
今回のアメリカ行きの話が来たとき、(三ヶ月前のアメリカ出張は先方の会社と契約に行ったのだと今知らされた。)その喜びをすぐに妻に伝えたくて小石川の税務署に直行し、女の帰りを待っていた。
妻は税務署から出てくると、近くにいた夫には気づかずに深刻な顔でタクシーに乗ったのを見て、男も胸騒ぎを覚えて追った。
銀座の喫茶店にたどり着いたとき、妻が見知らぬ男と真剣に話すのを、涙ぐむ妻を見てしまったことを淡々と伝えた。
夫は二人を見て悟ったのだった。
由香の心配が事実だったことを。

夫は続けた。
「君に問いただそうと思ったよ。でもその通りだと君に肯定される場面は僕には耐えられなかった。それに君は・・・一人でも大丈夫だよ。」
大丈夫?
何が大丈夫?
自分を束縛から解放させてあげるとでもいいたそうな口ぶりだった。
夫は昔から優しい。
自分のことをよく理解してくれている。
夫の協力で仕事を続けてこられた。
それは今おもえば、女の性格を理解してるがゆえに家庭以外の世界を持ち続けることを言い続け、応援してくれていた。
そんな夫の理解を利用して自分は・・・私は夫も娘も失って当然だ・・・

結局自分も家庭向きの女じゃなかった
男と同じ偏った人間だったのかもしれない・・・
そのあと食事ものどを通らず、夫と二人で家路に着く
。無言で電車に揺られている。
自宅についた。
娘の顔をまともに見ることができない。
娘は「おかえり・・・」とテレビを見たまま声をかけた。
女はひどく疲れ何も考えずに部屋へ行ってしまった。
自分がしてしまったおろかなことで今 家族を失おうとしている。
自分を責める気持ちでどうしようもない反面 心の奥底で これから一人ですごしていくことに意外なほど寂しさを感じなかった。
自分はおかしいのか?
体を求めて結婚に踏み切れない男を責めたことがあった。
「責める資格なんて私にはなかった・・・」
結局男と自分は同じ。
何も疑問をいだかず結婚して子供を作り家庭をつくった。
でも心の中でいつも一人になれる場所をさがしていた自分。
家にいるときも、職場でも。
翌朝 娘に朝食を作り送り出す。
女の顔を見ずに出かける娘。
この娘とは話さなければ。
許してもらおうとは思ってない。

夏になった。夫はアメリカ行きの準備で連日忙しそうだ。
娘の由香の環境のことも彼一人でやっているのでなおのこと忙しいのだろう。
女はすでに離婚の手続きを済ませ小田急線沿線沿いに2LDKで一人住まいしている。
由香とは家を出て以来一度も会ってない。
ただ女の母親のところへは先週一人でふらっと来て一緒に食事をしたと聞いた。
夫には由香の学校の書類などをたまにメールで聞かれたりする。
離婚後 二度ほど夫とは会った。今までと全く変わらず、話し合えてお互いの新生活を話しながら、笑いさえ出るようになった。
感謝している。自分をあからさまににくむことをせず、心配してくれて、会ったときは妻が卑屈にならないように結婚前のように接してくれる。

「ありがとう」と別れ際に言うと「・・・君は由香を失ったんだ。それで十分だよ」
結局 由香とは一度もきちんと話をしないまま夫と由香はアメリカに行った。

秋の初め。アキコの結婚式の日。女は早めに会場に着き控え室を訪ねた。
美しいアキコがいた。
「アキコさんはきっといいお嫁さんになるわ おめでとう!」友人の門出を心から祝える自分がいた。
女が控え室を出るとそのあと男が入ってくる。
アキコは「今 絵里さんが挨拶にきてくれたの」と男に告げた。
「彼女 少し前に離婚したのよね・・・理由は聞けなかったけど・・・一人になったって言ってたから娘さんはご主人がひきとったのかしら・・・」男はその言葉を聞き驚愕した。
手が震えてきた。
「なぜ?なぜ離婚したのだろうか」
「自分のせいじゃないのか?」
男は落ち着かなく窓のそばに立つ。
「どうしたの?顔色が悪いよ」アキコに言われてはっとする男。
「すぐ戻る」そうアキコに伝え男は部屋を出て女を探した。
ロビー?レストラン?ティールーム?どこにも女はいなかった。
自分は女に会ってどうするつもりなのか?
自分のせいで離婚したと聞いたら一体どうするつもりなのか・・・
自分の本能につき合わせてその結果女は家庭を失ったとしたら・・・
女ではなく自分に罰が与えられるべきなのに・・・

式の予定時間が少し過ぎていた。
男の弟が彼をみつけあわてて呼び止めた。
「兄貴!何 やってんだよ!」

厳粛なパイプオルガンが響く中 式が始まった。
大勢の列席者の中を見渡すのだが自分の場所からは女を見つけることはできなかった。
式が始まる。
自分はここにいていいのか?アキコと愛を誓えるのか?
式がすすみ 神父の声が響く。
「・・・・誓いますか?」
自分に一生の誓いがこんな気持ちでできるのか?思わず 列席者を見る。
女を探す・・・
なかなか答えない男にアキコも顔をみつめている。
列席者もざわざわし始める。
諦めた様に男は答えた。
「誓います」
式が終わった。
涙ぐむアキコ。
チャペルを出ると、たくさんの友人や家族の投げかけるライスシャワーの中を二人は歩いた。
二人はそれぞれの友人にもみくちゃにされた。
輪の遠くに女がいた!笑顔で自分たちに拍手している。
男は思わず人をかきわけて女に近寄る。
「おめでとう!」
久々に見た女は何かふっきれたのか凛とした感じとほのかな色気を感じさせた。
「僕のせいですか?」
「僕のせいであなたは家族を失ったんですか?」
「あなたのせいなんかじゃないわ」笑顔で落ち着いて答える女。
女は続けた。「負い目なんか感じないでください。私 今の一人の生活 案外気に入っているんです。」
「罰を受けるのは僕であるべきなんです」
女「罰なんて考えないで」
「あなたは家庭をもったのよ。幸せにしてあげる家族を」こぼれるような 女の笑顔。

自分たち二人のそばでアキコがブーケトスをし、若いアキコの友人たちがキャーキャー騒いでいた。
男はいっそ 自分を責めてくれと心の中で思う。
自分だけがぬくぬく幸せになっちゃいけないはずだ。
女はそんな男の心の中を見透かすように言う。
「そんなに私に負い目を感じてしまうんだったら・・・私からお願いします。一生 アキコさんと添い遂げて下さい。」
そう言うと 女は振り向いて歩き出した。
呆然とたちすくむ男。
その二人を少し後ろで アキコは見ていた。


              前編 終わり。
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# by juno0501 | 2007-02-22 21:31 | 聖域 ④

聖域 ③

その後韓国語教室でアキコに会っても男の話は出ない。 進展はないのだろうか? 気になってるわけではないが男の話が出ないのでほっとしている自分がいた。
女から男の事をアキコにはもちろん聞かない。
ある日の仕事中アキコからメールが来た 。
「大変です!高岡さんがダウンしちゃった!一緒にお見舞いに行ってくれませんか!」胸の高鳴りを覚えたが断るつもりでメールを返そうとすると今度はアキコから電話が架かってきた 。
「お願いします!絵里さんの職場からすごく近いんです!私一人で行くほど親しくないんですよ。情けないことに」
「でもなんで私が?申し訳ないけど会社の方と一緒に・・・」言いかけると畳みかけるように「チームの女の子も誰も彼の家を知らないんです。私しか」
あわてて話すアキコの話から、彼はチームの責任者として無理をして風邪をこじらせているらしいが部長には今週一杯休みがほしいと連絡があったらしい 。
重要な会議までは無理をおして来ていたらしいがここに来てダウンしたと。部長に住所を聞いたのだと。
一人で行きなさいと女は思う。 彼がほしいなら一人で。
何度も何度も懇願され私が行っても役にたたないわよと断りつつ承諾した。
小石川の職場から湯島の駅でアキコと待ち合わせた 。
アキコは近くのスーパーで食材を買う。
てきぱきと食材をかごにいれながら、つきあわせてごめんなさいと詫びるアキコ。
何度か彼にはアプローチしてるが全く隙がないらしい。
前回麻布で食事をしたとき湯島の彼のマンションの場所はだいたい聞いていたこと。
部長がかなりひどい風邪らしいと会社で耳にしていてもたってもいられないとおもいたったが一人で行ったら余計なお世話と思われる。
会食のあと男が 女を感じのいい人とほめていたので誘ったのだと女に告げた。

男のマンション。 オートロックに出た男は咳をしながらしゃがれていた。
二人で来てますと告げると少し沈黙してロックが解除された。
部屋の前まで来ると女は思う「神様!私をみまもって!」ドアが開き ぼさぼさ頭の男 。熱があるような顔つきだ。
麻布で会ったときに比べてかなりやつれてる。
アキコは男を見て言う。「先輩大丈夫ですか?部長からの伝言もあります。おかゆ作ってすぐ帰りますから!」何も言わずまた男はベッドに戻る。 苦しそうだ。
部屋に入ると 2LDKでゆったりしてる が殺風景な部屋である。
キッチンも食器が洗わないまま置いてある。
女はぼさぼさ頭の男を見て ものすごく愛しさを覚えた。
5年前、二人は愛し合った後 眠ってしまったことがある。
目が覚めたとき真夜中だった。
女は身支度を急ぎ部屋を出ようとする。
そのとき 男はぼさぼさ頭のままでタクシーに乗せてくれた・・・
アキコは手際よく洗い物を片付け、おかゆの準備をする。
女は料理は苦手だった。アキコの指示で動く女。
アキコが料理が得意といっていたのはうそじゃなかったんだ・・・主婦なのは自分なのにはずかしさを覚える。
同時に他人の家では遠慮なく振舞えない自分の役立たずぶりが情けなかった。
おかゆの炊けるにおい。
おひたし サトイモの煮物。
全部アキコが作った。
その間 女はリビングを片付けた。
韓国の宋廟をとった大きなパネルがかけてあった。
ふとチェストの上に目をやると、以前5ねん振りに再会した麻布のレストランの店のカードが置いてあった。
そのカードに何かメモしてあった。
「○月×日 再会できるとは!」
女は思いを振り払い雑誌類とともにそのカードをわざと目立たないように隅に片付けた。
二人は片付いたリビングに食事を運んだ。
どうやらもう自分は帰ったほうがいいようだ。
あまり役に立たなかった・・・自分は何のためにアキコに付いてきたんだろう。
女は男に軽く会釈し、アキコに小声で「しっかり看病してあげて」と伝え、玄関に向かった。
すると男がふらふらしながら女を追ってきた。
男に押され二人はドアの外に出た。
男はドアを後ろ手に閉め、驚いている女を強く抱きしめた。
声を出すこともできない女。
彼を振りほどきエレベーターに乗る。
汗くさい男の体・・・熱の高い男の熱い体・・・心臓がどきどきしている。
女は地下鉄に乗る 。
やはりくるべきじゃなかった・・・自分は何をやっているのか・・・

しばらくアキコからのメールもなく 韓国語の教室にも顔を見せない 。
男は治ったのか?治っただろう。
あのあとアキコは料理を食べさせかいがいしく世話をやいただろう 彼はそのあとアキコを抱いただろうか・・・
韓国語の教室でアキコと久しぶりに出会った。
元気そうだ。 アキコは男とつきあい始めたことを女に報告した。 一緒に喜ぶ女。 ほっとした。
もう自分が関わることもない。
アキコは続けた。
「あのあと私もう一度彼の家に行ったんです。食事を作りに」
「その日彼と寝ました・・・」
まじめな顔で続けるアキコ。
それに対して女はどう答えていいかわからなかった。
「以前に比べれば確かに私たちは近い関係になりました でも 恋人同士のわくわくした感じ?はないんですよね・・・次はいつデートするのか 私が彼に聞かなければ決まらないし・・・これって恋人同士って言えるのかな…」
女はだまって聞いていた。
アキコは涙を浮かべている。
男はいったいどういうつもりでアキコとつきあっているのか・・・まさかまさか自分のかわり?自分へのあてつけ?女はこわくなってきた。
男はどうしようというのか・・・女は考えた。
自分が何をすべきか、 全く何もしない方がいいのか 心が揺れる・・・
女は翌日、仕事が終わってから、彼のマンションに行き 郵便受けに手紙を入れた 「メール待っています」とアドレスを添えた手紙を。
メールが来たら彼と話しそのあとまた自分のアドレスを変えればいい・・・
その日の夜10時すぎ 男からメールが来た。 「会っていただけますか?」
女はあえて事務的に「明日七時銀座の○○前の××でお待ちしてます」と返信した。
××はコーヒーのうまい 明るい喫茶店だ。
分かりやすい場所のせいか待ち合わせによく使われる。 女は待った。 今日は伝えることだけ伝えて帰ると。
神様私を試さないで下さい 。

男が来た。
七時少し前に。
コーヒーを注文してすぐに女に言った 。
「アキコさんのことですか?」
女は意を決して口を開く 。
「あなたがアキコさんとつきあい始めたことを聞きました」
「彼女を真剣に愛してあげて下さい」
「おせっかいなのは知ってます。彼女はあなたのこと本当に愛してるんです」
男は静かに答える。
「あなたへのあてつけだと思いましたか?」
「僕も彼女と真剣につきあってみようと思いました・・・以前から僕に好意を持ってくれていることは知ってましたから・・・」
「でもやっぱりだめなんです」
「違うんです」
女はやはり男は昔と変わらない 。
相性のいい女を探してるんだ…
女は急に以前の彼との逢瀬を思い出して体の芯が熱くなるのを覚えた。
男はぼそぼそと話を続けた。
「あなたを愛しているのかと自問自答しました…でもそれは少し違う。ただあなたを抱きたい。 その時間だけが自分には幸せなんです」
「体のことしかかんがえられないなんて人が聞いたら変態ですよね。アキコさんには確かに申し訳ないと思ってます」
女は「…そんな欲望だけを求めていたらいつまでも結婚できないわ…結婚ってセックスに重きを置く人もいるかもしれないでもそれだけじゃない。家庭を作って家族を幸せにすることでしょ?体だけじゃない。何気なく話す会話や子供のしぐさやそんなことでいやされたりする部分の方が多いわ。結婚ってそんな日常が大事なんでしょう?」
「アキコさんとちゃんと向き合って下さい」
一気に言って女は男の目をみる。
男は言った。
「別の女性と僕が結婚してくれればあなたが楽になるんですよね」
そう言われて女は、自分の言葉が彼にとってきれいごとだと思われていることを感じてはっとした。
「その通りよ。アキコの為じゃない・・・自分を早く楽にしたい、もう綱渡りはできないんです!」
なぜか女は目に涙を浮かべている。
はずかしかった。
自分はなんで泣くんだろう。
偽善者だ私は。
アキコのためなんかじゃないのよ・・・
男は困惑した表情で言う。
「申し訳ありませんでした。
結局自分が偏って大人じゃないばかりにあなたを困らせているんだ・・・」
女はレシートをにぎって店を出た。
今日で彼に会うことはないと心に誓いながら・・・

家に着くと中3の娘と母親が楽しそうに編み物をしていた。
母親が声をかける。
「おかえり毎日遅いわね。全く!由香が非行に走っちゃうわよ」
「ママ平気だよ私は。大体ママの作るご飯よりおばあちゃんの作ってくれるお夕飯が最高なんだから!」
母親も由香の言葉を聞くとまんざらでもない様子だ。
近くに一人暮らししているが女も夫も連日遅く最近は毎日のように夕飯の世話でうちに来てくれている。
典型的な専業主婦である母親は家事全般得意である。女は仕事を早めに切り上げてもっと家に居ようと思った。
もっと家族と過ごそうと思った。

しばらく月日が経ち女もまた忙しいながらも 平穏な日々が続いていた。
アキコと会えば彼とうまくいっていて楽しそうな様子をきかせてくれる 。
どんどんきれいになるアキコ。
「アキコさんよかったわね。幸せそうな顔みれてうれしいわ」
女が言うと、アキコは嬉しそうに
「ありがとう」と答えた。
ある日帰宅途中 旅行会社のパンフを手にした。
韓国二泊三日だ。
女は久々に一人旅にでようかと思う。
来月の3連休 由香は母親と鴨川の兄のところに泊まりに行くことになっている。
夫は1ヶ月先までアメリカ出張から帰らない。
しばらく一人旅もしてないし韓国語がどれほど上達したか試して見よう・・・
昔から女は旅は一人が一番楽だ。
家族旅行はともかく 結婚してからも子供がまだいないとき一人で旅にでたこともある。
また夫も山が好きで今でもたまに一人で出かけたりする 。
そういえば韓国好きなところは男との唯一共通の趣味だった。
会ってるときはプライベートなことはほとんど話さなかったが最初の出会いの夜、ホテルの部屋で彼の韓国旅行の写真を見ながら思わず盛り上がったことを思い出した。
もう遠い記憶である。
翌日早速旅行会社に申し込みに行き手続きを済ませた。
韓国行きの日母親と娘をおくりだし身軽な格好で成田に向かう女。
二時間で韓国に着き、日本人客でごったがえす空港からまず水原に向かう。
そしてソウルに戻り 韓国の有名な寺院を巡る。
あーひさしぶりだ。 解放感となぜか落ち着くこの雰囲気・・・女は勢力的に目的地をめぐる 。
ソウルに戻ってから東大門市場で買い物し屋台でとっぽっきをほおばる。
夜七時・・・女はとっておきの場所に向かった・・・
宗廟。
若い頃何度か来た韓国の中で自分が一番好きな場所…
この時間はまた格別なのだ。ひとけもあまりなく幻想的な風景である。
ゆっくり歩きながらしみじみ満足していると自分のすぐ近くに人影が近づき顔をあげたとき、いきなり強く抱きしめられた。
リョウヘイだった 。
「・・・高岡さん!」
唇をふさがれ男の手はきつく女をだきしめている。
長いキス・・・
女は何もできないまま男のキスを受け入れ自分も男の背中に手をまわしていた。

ソウルの Rホテルの一室・・・むさぼり合う二人。
男は女をいとおしくはげしく愛し女もそれに応えている。
一生懸命忘れようとして自分の小さな世界を守ろうと理性的に振舞おうとしてきた。
しかし 目の前の溶けていくこの感覚の前では それは遠くへ追いやられてしまうのだった。
二人のたった一つの共通の話題だった韓国で、今まで会えなかった分を取り戻す様に何度も何度も二人は確かめ合った。一晩中・・・

男はアキ子から女が一人で韓国に行くことを聞きすぐに自分も手続きしたことを話してくれた。
行かずにはいられなかったと男は言った。
以前一度だけ韓国の話をしてもりあがった話を覚えていて絶対 宋廟へは女も来ると信じて昼すぎに韓国に到着してからずっと待っていたと話した。
同じだ。
いつも 覚えていることも考えることも。
女は男の胸の中で満たされた時を感じていた。

翌朝、ホテルで朝食をとり二人で目的地をまわる。
今までできなかった恋人同士のように歩いた。
景福宮をかわきりに、古宮をゆっくりとまわる。
アプクジョンドンまで地下鉄で出て「ギャラリア」でウィンドウショッピングをした。
食事は女の希望でタコイカ鍋をおなかいっぱい食べる。
まわりの人は二人を見たら夫婦と思うだろうか・・・
女は二人で歩きながらふと考えた。
そしてホテルに戻り体が求めるままにむさぼりあった。
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# by juno0501 | 2007-02-22 21:28 | 聖域 ③

聖域 ②

雪の降り続く夜は本当に静かである。
室内は二人の荒い息遣いだけが聞こえている。
男の素肌が自分の胸に触れ、男の体温を感じた瞬間 女は溶けていた。
男は優しく女を確かめるように愛撫する。
男に抱かれて女は初めての感覚に捕らわれていた。
慣れた手つきではない男の愛撫が今まで感じたこともない不思議な感覚を与えていた。女は男に導かれるままに新しい場所に行くようだった。初めての場所へ・・・

長い時間が過ぎた。ベッドで二人は無言で天井をみていた。
男は天井を見ながら女と同じことを考えていた。
今日知り合ったばかりの女とベッドをともにしたことも自分にとっては初めてだったが、抱かずにはいられない衝動を抑えることができなかった。
男はけしてもてない訳ではない。
今までつきあった女も3,4人はいる。いつもまじめに付き合ってきたし、その結果結婚になればと思いながらつきあってきたつもりだ。
でもいつも踏ん切りがつかず、男から別れを告げていた。何が原因なのか、なぜ、この女、と決められないのか自分でもよくわからなかった。
今 女を抱いてその原因がはっきりした。
自分の求めているものをこの女がすべて持っていた。
自分は相手に体の相性を求めていたのだろうか・・・
二人はそのまま眠った。外は雪が降り続いていた。

翌朝は快晴だった。
女は目がさめると衣服を整え、男の部屋を出ようとした。
男が声をかける。
二人はきまづい雰囲気を感じてはいたが、あえて女は男を見て言う。
「この足では今日もスキーはできなそうなのでチェックアウトして 東京に戻ります。」
右足の痛みは昨日より痛む。右足をかばいながら歩く女を見て男は言う。
「僕も今日帰ります。東京まで送りますよ」
二人はそれぞれ別々に朝食をとり、チェックアウトをし、10時にホテルのロビーで待ち合わせをした。
10時少し前にロビーに行くと男がすでに待っていた。
「車を持ってきますから5分後にあそこで待っててもらえますか?」男はホテルの入り口を指差した。

車に乗り込む時、男は女の足を気遣ってからだを支えてくれたが、自分の体に触れる男の手に女はドキッとしてしまった。
二人は車のなかで一言も話さなかった。
女は昨日自分がしてしまったことを後悔していたが、今は後悔しても取り返しがつかないんだと思う。
ただ昨日自分が味わった感覚は何だろう。
学生時代から付き合ってきた今の夫とそのまま結婚し、平和な毎日だった。
夫はやさしく思いやりのある人だ。
大手精密機械メーカーの研究員として平均以上に恵まれている。
女自身も税務署勤務で、仕事を持っており、夫の理解と強い勧めで仕事を続けてきた。
子供をもうけてからも公務員の恵まれた環境と夫の全面協力で乗り切ってきた。
娘ももう小4である。
幸せな毎日の中で不満もなく生活していたが男との一夜で彼女は自分の知らない感覚に初めて出会いむしろとまどっていた。
夫も自分もセックスに関してはかなり淡白で、今までそれに対しても疑問も抱かずにきた。自分の体の深いところで隠れたものがあったことに女は少し恐れを感じていた。

長野を出るまではかなり雪も深かったが、東京に近づくにつれ、車のスピードも上がってきた。
練馬の近くまで来ると、女は家の近くまではあえて頼まずにそろそろ降りてタクシーをひろおうと考えた。
過ちを犯したことへの後ろめたさがあった。
「次の信号のあたりで降ろしてもらえますか?」
女は男を見ずに言う。男は車を信号の近くのコンビニの駐車場で止めた。
「ありがとうございました・・・」男は「あの・・・」と言いかけ、そのあと女の目を見て会釈した。彼の車が過ぎ去るのを待って女はタクシーを拾う。
自宅に着くと夫が心配そうに駆け寄ってきて女の荷物を取る。
「散々だったね。足はどうなの?」車の中で女は夫にメールをした。足をくじいてしまってもう帰ることを。娘も奥から出てきた。
「大丈夫。大したことないのよ。」
娘が言う「ママはもうとしだね!」
笑いながら家にあがり、「ちょっと疲れたからシャワーを浴びるわ」と 女は荷物をリビングに置いたまま浴室にむかった。
一人になりたかった。体に残る余韻を確かめるようになぞるようにシャワーをあびる・・・でも今日からまたいつもの毎日がくる。忘れよう。

それから一月。 税務署の忙しい毎日。残業で遅くなる日は彼女の母が娘の夕ご飯を用意してくれる。
残業を終えて赤坂の駅に向かう。 ふとホームの反対側で電車を待つ男に目を留める。
「彼?・・・」 地下鉄で反対方向に行き過ぎる男。
「なぜ赤坂に?会社がここなのだろうか?」胸のたかまりを押さえながらも甘美な記憶に女は酔った。
自分は何を考えているのだろう。
自分は自制心くらい、理性くらい持っているはずだ。関係のないことを考えちゃいけない。

税務署は4月くらいまでは繁忙期である。
連日残業続きだったがたまたま今日こそ早く帰れそうと駅に向かいながら 娘に電話をしようと携帯をバッグから取り出した。
そのとき  自分の前に立ちすくむ影を感じた。
見上げると彼だった。一瞬 恐怖感で引き返そうとする。腕を掴まれた。
「少しお話させてくれませんか?」振り切って帰らなきゃと考えながらも女はその場にたちすくんだ。
ホテルのロビーで二人はコーヒーを飲んだ。
食事を誘われたのだが、それほど時間を採る気が自分にはなかったのでコーヒーにしたのだ。改めて 自分の自己紹介をしながら足はもう大丈夫かと男は気遣った。
スーツ姿の男はスキー場で見た彼よりずっと大人っぽく見えた。
ゲレンデで恋人をみつけて都会で会うとがっかりするというような話を聞いたことがあるが、彼はむしろスーツ姿の方が似合っていた。
赤坂周辺で何度か女をみかけたと男は言った。
ていねいで誠実な口調はあの時の雰囲気を思い起こさせる。
白馬での夜のことは忘れようとしてきた。会わなければ忘れられる。と。
「 いったい彼は私になんの用があるのだろう?」
沈黙をやぶり男が話はじめる。・・・一夜をともにしてから忘れられないことを 。
「申し訳ないが、愛していると言う感覚ではないと思うんです。 体の相性の善し悪しがあるのならまさにその人をみつけたと自分は思ったんです。あなたの 生活に踏み込む気持ちは全くない 。常識はずれ変態と思われるだろうがもう一度・・・」
「抱かせてくれませんか・・・」男は一気にそういうと女を見つめた。
この男は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか?自分には平穏な毎日がある。 男の担当直入なせりふをききながらいろんな思いをめぐらす。
めぐらしながら自分と全く同じ思い 相性のこと 初めての感覚を抱いていたことに驚いた。
長い 長い沈黙。
沈黙を破って男が言う。
「すみませんでした。常軌を逸してるってやつですよね。びっくりされて当然です。失礼なこと言ってすみませんでした。お会いしたとしてももう声かけたりしません。ご迷惑はもうかけません」
彼が立ち上がりかけたとき女は信じられない言葉を発した
「・・・私も・・・同じ気持ちでした・・・」

そのホテルの一室 男と女は同じ感覚を思い出そうとしていた。
長いキスをして素肌を触れ合わせると女は求めていた感覚に出会えた。お互いの体の隅々までを昔から知っているかのように二人は確かめ合った。

その日から月に一度くらいのわりでホテルで女は男と会うようになった。
男は女のことは名前とメールアドレスしか知らない。
最初の日に薬指の指輪を見たから既婚者であろう。
男はたまに仕事の話をするが女はプライベートをけして話さない。
男も女のプライベートに関与する気はまったくない。
心底 彼女の家庭を壊す気はない。
むしろ自分の本能につきあわせていることは肝に命じてる 。
女も楽しんでいるとしても・・・
二人は会えば限られた時間を惜しむように楽しむ。
世間の恋人であれば映画をみたり、食事をしたりするのがデートであろう。
二人は恋人ではない。ベッドの中で二人の感覚を楽しむための時間なのだった。
ホテルで会うと、二人はベッドで貪りバスルームで貪った。
最初から数ヶ月たった今、二人の相性はまさに開花したようなものだった。
幸せな震えに涙さえ出る女も自分から大胆になることもできる。
そして5時間ほどの逢瀬のあと 何事もなかったように別れるのだった。
お互いの心の中に一月後に会える楽しみを含ませて・・・
男は体だけ求めているといいながらも女との会話や何気ないしぐさ、男の話しを静かにきいてくれるその雰囲気が、自分を心から落ち着かせ、癒してくれることを感じた。
例えば何かプレゼントを送りたい気持ちもある。
しかし彼女の気持ちの負担になることは絶対してはいけない。
彼女の持っている小さな平和な世界を壊してはいけないし そんなおそれも感じさせてはいけないのだ。
会うようになってから七ヶ月がすぎた。
男との逢瀬のとき彼の口から「ドイツに転勤が決まり、3、 4年帰れない」と、女につげた。
最後の逢瀬を楽しみあっさりと別れる二人。
男は一抹の寂しさを、女も同じ寂しさそして少し安堵を・・・危険で綱渡りをしてきた思いとはお別れ・・・また当たり前な毎日 平穏な日々・・・心の片隅で欲望におぼれる自分を責める気持ちがいつもあった。

5年の月日が流れた。
赤坂税務署から小石川の税務署に転勤した女。
相変わらす毎日忙しい日々。
女は韓国語を習い始めた。以前から好きな韓国の詩を韓国語のまま読んでみたいと思っていたのだった。
そこで知り合った30才の佐伯晶子とうまがあい 韓国語のない日も夕ご飯を一緒に食べたりしている。
ある時アキコからのメールで夕ご飯のお誘いが来た。
「会わせたい人がいます。私の片思いの人をやっと夕ご飯に誘えたの!二人っきりじゃ緊張しちゃいます!つきあって!おごるから!」
自分とは10も若いアキコ。
好きな人ができるとまず自分を誘って食事…これで二度目である。
アキコは男二人で会うほど親密ではなく、かといって同じくらいの友人を誘ったらもしかしたらとられる恐れもあって、射程距離にはいない自分を誘うのだろう。
自分は友人というより叔母とか後見人のような存在なのであろう
「了解です楽しみ!」と弾んだメールを返し明日の仕事の調整をする。(残業しないように。)
今は繁忙期をすぎてかなり余裕のある時期である。
夫はこの数年で出世し最近は連日帰宅が遅い。
というより子供が小さい時は夫自身も残業しないように心がけてくれていた。
むしろ自分の方が気を使わずに残業してきたくらいだ。
多分研究所では使いづらい社員だっただろう。
女の母親のヘルプもあったが 税務署勤務を続けられているのも夫のおかげなのだ。
自分も39になりこの静かな穏やかな環境をもたらしてくれる夫に感謝している。
翌日仕事を早々に切り上げ待ち合わせの麻布のレストランへ早めにつきアキコを見つける 。
彼女に近づきながらその向かい側で自分を見ている男性・・・彼だった。
五年たってまた大人の貫禄を漂わせていた。
男も女を見つめて驚いた顔でたたずんでいる。
そして初対面の振りを二人はしながら会釈し、女は席についた。
「こちらは会社の先輩高岡りょうへいさん…こちらは私のお姉さんのような存在久保田絵里さん・・・」
男は女を見つめた。
確かに五年たった 。
しかし穏やかな感じ人を暖かく包み込むような感じ、芯の強い凛とした感じはかわらない。
元気そうだ・・・二人でむさぼりあった日々が脳裏によぎった。
二年前ドイツから帰国してしばらくの間本社の仕事で忙しかった。
落ち着き始めると同じ空の下 おそらく近くで働いているのだろうか・・・そういう思いがつのり、男は以前のメアドに「帰国しました」とメールしたが即座に「アドレスがみつからない」と返信されてきた。
その画面をみつめながら、思い切るように男は彼女のメアドを削除したのだった。
女はかつて逢瀬を繰り返した彼の目が見れずにアキコのほうを見て テンションの高い話にあいづちを打っていた。
アキコがトイレに行き二人になったとき男はじっと女を見つめた。
帰国してからメールをしたことなどは言えずに沈黙していた。
女も「相性の合う人は見つかったの?」と一番聞きたいことを心の中で叫びながら口を開いた。
「いつ帰国したの?」
「二年前」
「元気そうね・・・」
「ええ・・・」
大人の貫禄の中にも少しも変わらない誠実な様子。
もしかして帰国してから自分にメールをくれたかもしれない・・・と思いながら また二人は沈黙した。
女は五年前 男と別れるとすぐアドレスを代えた。
自分のけじめのためにもう終わらせろと言う神様の示唆・・・若者が出会い系で知り合って素性もしらないまま関係を持つのと同じことをしていたのだ。
男は湯島で一人暮らしをしているらしい。
自分の勤務先のすぐそば!神様は私たちをどうしようと言うのか?あの日々は自分の心の中にしまっておけばいいと思い続けていたのになぜこんないたずらをするのだろうか・・・試されているのだろうか・・・
独身生活が長く一人の生活に慣れてしまったとアキコに男は言う。
「 先輩はもてもてなのにどうして?私は料理は得意ですから 今度みんなで押し掛けていいですか?」などと明るく聞いている 。
彼を中心に会社の中で同じチームで働いているようだ。
アキコが韓国語教室で最近仕事が楽しいと女によく話していたことが思い出される。
アキコはテンションは高いが 彼女ならきびきびと会社で働いていることを想像させた。 同じチーム内で上司と部下お似合いのカップルだ。
自分はその中には全く関係のない、いてはいけない存在。
時間をみると九時だった。女は二人に挨拶をして先に失礼することを述べた。
女は出口に向かいながら男の強い視線を背中に感じていた・・・
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# by juno0501 | 2007-02-22 21:27 | 聖域 ②

聖域 ①

  「聖域」(仮)
                         
     ☆前編です。この前編、携帯に打ち込んでんで作ったのよね・・・どうりでブチブチきれてる感じね。


白馬は雪がかなり降っている。バスの窓越しに女はわくわくする思いを抱いていた。スキーツアーに一人で参加するなんて何年ぶりだろう、、、学生時代は毎週スキーに行っていたこと
もある。
結婚して子供が生まれてからは家族で来ることはあっても思う存分楽しむ学生時代のようなことはしていなかった。今回大学時代の友人が一泊二日のスキーツアーに誘ってくれたのだが、夫が快く出してくれたのだった。
ところが前日になって友人がひどい風邪で行けなくなったと連絡が入った。
女は自分もキャンセルするつもりだったが今日のために有休をとり、子供の段取りもしてあるのだからと夫に背中を押され出てきたのだった。
予約したスキーバスも満員だった。回りをみると一人で来ているものも結構いるようだ。白馬が近づくにつれ女も気持ちが軽くなる。
スキーを始める前に今日はしっかりストレッチをしてからじゃなきゃ、、、とつぶやいた。最近は仕事が忙しく体を動かしたりすることはほとんどしていなかった。
それに学生時代の柔軟な体ではない、苦笑しながら窓の外を覗いた。
白馬に到着した。雪はやんでいたがしんしんと冷えた澄んだ空気が気持ちよい。
貴重な一泊二日だ。思いっきり楽しまなくちゃ!
女はバスから荷物を取り出し早速ゲレンデに向かう。最近はスキーよりスノーボードをする人が圧倒的に多くそれも下手なボーダーがたくさんいて結構こわい。
ゲレンデもたくさんのボーダーで賑わっていた。
女は二日間乗り放題のチケットを買い板をレンタルショッップで借りてゲレンデにむかった。板をつける前に膝をのばしたり、アキレス腱をのばしたり、手をぶらぶらしたり、心ははるか高いあの上級者コースを目指す。
高速リフトを乗り継いで上級者コースに向かう。
女は厳密に言えばスキーの腕前は中級レベルである。
ただ白馬の上級コースは学生時代から無理やり連れていかれてなんとか制覇したコースだった。家族でスキーを楽しむときはどうしても子供中心のファミリーゲレンデばかりだったし、今回は心置きなく滑れる、、、
女はストックを手に持って滑り始めた。
下半身に力が入り相当緊張していた。女はブランクが大きいために自分の足が弱くなっていることを実感しコースの隅で止まった。
あーあ最初から飛ばしすぎたわ。このコースまだ下までかなりあるしこぶも多い。
自分と同じくらいのレベルの、つまり無理やり連れてこられたスキーヤーも結構いる。
ため息がでた。はるか下をみて女はつぶやく。
「とりあえず降りるしかないわ、、、」意を決して慎重にすべりはじめたその時だった。
下手なスキーヤーの集団が女と同時に滑り始めコースの真ん中で次々とこぶに板をとられて転び始めたのだ。
女の後ろからすべってきた若者が女に激突し、女が前のめりになってバランスを失うとそこに滑り込んできた男に激突し、女は気を失った。
目が覚めるとレストハウスの医務室のベッドに自分はいた。目の前に心配そうに覗き込む男の顔があった。
「気がつきましたか?」
「・・・」
「よかった!」
男がやっと安心したという表情で女に説明してくれた。
上級者コースの上で、自分は団子状にころび始めたところに突っ込んで、その際 男と激突して気を失ったのだと。
恥ずかしかった。
自分のようなおばさんが無理をするからそうなってしまったんだ。
自分よりも年下であろうその男は優しそうな目をして飲み物を持ってきてくれた。
「連れの方はいらっしゃいますか?」男に聞かれ一人できていることを告げた。
「もし連れの方がいらっしゃったら心配してると思って」
女はお礼を言いベッドから降りようとした。
右足に激痛が走った。
男は心配そうに女を支え「捻挫したのかもしれませんね。すぐ見てもらったほうがいい」と女を促した。
女はそっと右足をついてみたり少しまわしてみたりしてから、
「多分大丈夫です・少しひねっただけですから」と男に伝える。
「もし捻挫だったら早くきちんとケアをしないと長引きますよ。常駐している医師がいるようですから今呼んできます。」そういうと男は部屋を出て行った。

女は誠実に対応してくれるその男に感心しながら自分が無理したせいで迷惑をかけて申し訳ないと思う。
男とともに医師がきた。
医師は女の右足をさわりながら、ここは痛いですか?と何箇所か質問をくりかえした。
スキー場に常駐している医師だけあって捻挫や骨折などは日常茶飯事なのだろう。
数分で「大丈夫です。捻挫ではないようですね。シップをしておきますから。ただしもう今日はスキーはしないで下さいよ」
そう言うと男に会釈し医師は部屋を出て行った。
女もいつまでも救護室にはいられない。
けがをしたスキーヤーが次々と手当てに来ていた。
女は「本当にありがとうございました。この近くにホテルを予約しているのでひとまずそちらに行きます。」
「どのホテルですか?車で送りますよ。」
「いえほんとに大丈夫です。ひとりで行けますから」
女は何から何まで迷惑をかけていることが申し訳なくてベッドからおりて歩こうとした。、とにかくみしらぬ男性に親切にされて恥ずかしくてたまらなかった。
右足は痛かったがなるべく平気な顔をして歩こうとした。
男はずっと足元を見ながら
「・・・むりしないで下さい。ホテルはどちらですか?送りますよ。荷物もあるしその足では無理ですよ。僕と激突して足をくじいてしまったんですから気にしないで僕を使って下さい」男はもう一度ホテルはどこか女に聞く。
「・・・Mホテルです」
「本とですか?僕もそのホテルなんです。じゃあ尚更気にしないで下さい。ついでなんですから」男は笑顔で答えた。

女が迷惑をかけていることを心苦しく思っていて遠慮しているのがよくわかったからだ。女は男の申し出を感謝を伝えながらうけた。
実際この足で荷物を取りにロッカーにいったり板を返したりすることは大変だったと思う。男はきびきびと女のかわりに手続きをすべて済ませ車を一番歩かなくて済む場所まで持って来た。
4WDのワゴンに女を乗せ車を発信させる男。
道に出るまでしばらくバックで進まなくては行けないのだが、男は左手をサイドシートにかけて首を思い切り後ろに向けて右手できびきびとハンドルを操作しながら、アクセルをふかす。
そのしぐさがさっきまでの誠実さの固まりのような雰囲気から男らしい、色気さえ感じるものににガラリと変わったと女は感じた。
車の中で男は自分を高岡と自己紹介した。
自分もスキーに来たのは久しぶりだと話す。
休みがあればこんなふうにふらっと一人で来たいのだが、仕事が忙しくてなかなかこれなくて・・・と続けた。
女は「久保田」と自分のことを伝えたがそれ以外は男の話の聞き役だった。
ホテルにすぐ着き男は女の荷物を自分で持ち、足をかばう女を気遣いながらフロントに向かう。

ホテルも周辺のスキー客で込み合っていた。
女はチェックインをすると男に丁寧にお礼を言った。
女の後ろでベルボーイが荷物を持って女を待っていた。
男はひきずっている女の足を見ながら部屋まで送っていったほうがよくないか?と一瞬考えたが 見知らぬ男が一人旅の女の部屋に行くなんて 思いっきり警戒されてしまうか・・・と思い、フロントで会釈し女を見送った。

女は6階の部屋に着くと荷物を置いてベッドに横になった。
ついてない・・・せっかくの一人旅、仕事や夫や子供のことを全部前もって段取りしてきたのにけがをしてしまうとは・・・足を見るとやはりさっきより腫れてきている。
痛みもある。これじゃ明日もスキーは無理だ。窓を見ると夕方になってからまた雪が降り始め遠くのスキー場ではナイターのライトがぼんやりと見えた。
さっきの人も同じホテル、このホテルのどこかにいるのか・・・親切な人だったな・・・30代だろうか・・その割に落ち着いて自分のためにきびきび動いてくれた。。車の中で初対面の自分に言葉を選びながら気を遣って話かけてくれた。
ベッドの上でぼーっとしながらしばらく男のことを考えていた。
「私ったら何考えてんの?!」

女は白馬についてから肝心のスキーはほとんど楽しまないうちに今日は夜になろうとしていることがおかしかった。
あまりおなかが空いてない。
温泉が有名なこのスキー場では、このホテルにもロテンブロを去年作ってそれが好評らしいと聞いた。
でも足が腫れているようでは温泉にも入れない。
長い夜になりそうだと女はため息をついた。
東京の自宅に電話をしてみたが誰も出なかった。
娘と二人で外に食事に行っているのかもしれない。
女はソファに座って窓の外の雪景色を見ながら一人の時間が自分にとって本当に久しぶりであることをつくづく感じた。
今回だって本来なら友人と二人の旅行だった。
女は昔から一人旅がすきだった。
ホテルにいる静かなこの一人の時間が自分をリセットしてくれるような気がするのだ。
結婚して子供もいて仕事も忙しい毎日・・・スキーができないのは残念だがこの時間は貴重に思えた。
女は部屋の中を少し歩いてみた。少し足は痛いが、大丈夫だ。下に下りて軽く食事をしよう。
女は部屋を出てエレベーターに乗った。
かなり混んでいたがそれに乗り込んだ。エレベーターがしまり、また下に下りていく。
レストランのある階で降りると女は足をかばいながら歩いていった。
この階には食事をできるところがいくつかあるようだが、三連休の初日のせいかメインのレストランは家族連れでにぎわっている。

女は 少し高級だがあまり混んでないイタリア料理の店に入った。
雪景色が見れるように窓を広くとってあり照明も押さえ気味で雰囲気がいい。
女は窓際の席に案内されメニューを開いた。、
グラスワインとシーフードのカルパッチョを注文し、窓の外をみる。
ふとみると一面のおおきな窓ガラスが写すレストランの室内の中に男の後姿をみつけた。後ろ姿というより窓の外をみつめる横顔が窓ガラスに写ってわかったのだ。

「彼の長い夜もはじまったんだわ」
男はビールを飲みながらずっと窓の外を見ている。
降り続く雪を見ているというより考え事をしているようだった。しばらくして女の席にグラスワインとカルパッチョが運ばれてきた。
アマダイやタコが意外と新鮮で、おいしかった。

女の席の三つ前に男はすわって窓の外をみていた。
そして今日の出来事を男もまた思い出していた。一人でスキーに来ていたのに足をくじいてしまった女 自分のせいで大切な休暇がだいなしだ。自分が世話を焼くのを申し訳なさそうに、遠慮がちに応じる姿を思い出しながら微笑んだ。

女はパンも注文した。それほどおなかもすいていなかったし、ニンニクをきかせたフランスパンが少しあればそれで十分だった。
スキーができないなら明日チェックアウトしたらそのまま帰ろう・・・ため息をつきながらワインを飲み干す女。
ふと前をみると男はすでに席にはいなかった。
入り口で支払いをすませてレストランを出るところだった。
女は男の背中を見送ってまた食事を続けた。窓の外は雪が相変わらず降り続いている。
窓ガラスがさっきまで座っていた男の席を写す。
女は椅子のところにフリースのジャケットがかけてあるのに気づいた。
「忘れたのかしら?」
女は軽い食事を終え 水を一口のみ 席をたった。男の席に行きジャケットを手にとった。会計をすませフロントに向かう。
「高岡という名前だけで彼のところに届くかしら」
すると男がフロントまで行く横の売店で買い物をしていた。女は彼を見つけると「あの・・・」男に声をかける。振り向いた男は少し驚いて「あ どうも」と笑顔を浮かべる。
「あの、これ忘れられましたよね・・・」
「あ!全然気づかなかった。助かりました」男はうれしそうにジャケットをうけとった。
「買い物ですか?」
「ええ。まだ寝るまでには早いんで、ちょっと・・・」そういいながらビールとつまみを買い込んでいたようだった。女は微笑んで会釈し離れようとすると、男が声をかけた。
「・・・あの・・・もし よければ・・・一緒に飲みませんか?」男が言う。
女は一瞬驚いた。
「かれの部屋で?一緒に?」女は男が自分で誘っておきながら困ったような顔をしているのがおかしかった。女は少しはにかみながら言った。「ええ!」

男は女の返事を聞くと嬉しそうにビールやソフトドリンクを何本か買い足した。
「まだ八時になったばかりだものね。」女は長い夜をすごす相手が出来たことを喜んだ。

男の部屋は7階だった。
7階の角で窓が大きくて五角形の広めのシングルルームだった。
男は「写真かたづけなきゃ」とあわてていいながらテーブルの上に広げた写真をまとめはじめた。
食事の前に写真を広げて、仕事をしていたのだろうか?スナップ写真のように見える。
女は片付けがすむまでは入り口のあたりで待っていたのだが、それを気にして「あ どうぞどうぞ」と男は窓際のソファのほうに促した。
部屋を進むと多くのスナップ写真の風景が女にも馴染みのあるものであることにきづいた。
「あ、これ 韓国ですか?」
「え?そうです。あなたも行ったことありますか?」
男は写真を片付ける手をやめて写真の束をどうぞ、と女に差し出す。
「水原(スウォン)ですね・・・」男は、自分と共通の話題があることに驚き喜んだ。
「僕は学生時代に韓国にはまってそれ以来何度も行ってるんです。最近は冬ソナファンが多くてホンとに込み合ってますよね」
男は韓国のいくつかのスポットを写真をみせながら話してくれた。
1ヶ月前に一人で久々韓国に行ったこと。写真をとったのだが、忙しくてDPEに出すこともできず、今回のスキーのための休暇で写真を整理しようと思い袋のまま車の中に投げ込んで出かけてきたことなどを。
今は元気な冬ソナファンに圧倒されていることなどを面白おかしく話すので、女もおもわず噴出してしまった。
女も20代から韓国ファンで何度も韓国へは行っているが、最近はもう何年も行ってないので、この写真を見ると本当に懐かしいと答える。
二人は自分たちがお互い韓国のどこがどんな風にすきなのかを争うように話し合った。
江陵の日の出の美しさ、鎮海の春の風景、また明洞のトウフ鍋のおいしい店・・・そしていつも感じる韓国人の親切なことなど・・・趣味のあう人に出会えたことが、二人とも警戒心も遠慮も取り払っていた。こんなに楽しい夜がすごせるなんて思っても見なかった。
彼はビールを、女は少し日本酒を飲み、延々と韓国の話を続けた。
最近ではさすがに、にわか韓国ファンが増えたが、自分の趣味とはだいぶちがうため、そんなときは韓国の話もここまで遠慮なく話せることは少ない。
二人は今まで自分の感動を聞いてほしくて、聞いてもらえなかった分 話し続けた。

男の部屋に来てから何時間たっただろう。男が窓のカーテンをあけて外を見る。
「まだ降ってますね」
しばらくの沈黙。
女も窓の外を見ようと立ち上がったときにテーブルのコップを落として割ってしまった。「すみません!私ったら酔ったのかしら・・・」床に散らばったコップの破片を片付けようとする女。
「痛い!」
コップの破片で女は指の先を少し傷つけてしまった。
「大丈夫ですか?」男は女に駆け寄る。
少し指から血が出ている。
男は腰をかがめて女の傷ついた指をつかんだ。
静かな時間・・・
「あの・・・」女が口を開こうとした時だった。
男は女を抱きしめ唇を重ねてきた。
驚く女。一瞬身を硬くした女だが、男のキスを受け入れた瞬間女には何も拒む力はなかった。
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# by juno0501 | 2007-02-22 21:25 | 聖域 ①

NEW SKIN!

ありがとう~

サイレントさん~

この画像、い~いよね~

記事は一つだけ表示するようにしてみたんだけど、
これで軽くなったかな?

ここの別宅、訪問者すっごく少ないんだけど、もったいないわ・・・

ありがとうね・・・
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# by juno0501 | 2007-02-11 15:49

工事中・・・

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いろいろ工事中・・・
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# by juno0501 | 2007-02-08 22:38

ONE LOVE ⑰

カンヌでパルムドールを受賞した彼らの映画は韓国でも単館上映ではなく改めて全国公開され大ヒットした。
そのおかげでファンドの出資者には出資額の2倍で償還できた。
海外でも高い評価を受け、HとM監督はアジアのみならず、ヨーロッパにも招聘され今までで一番忙しい日々を過ごすことになった。
パルムドール受賞後、海外で絶賛されたHを国内の映画界が放っておくわけがなく、改めてHに次々に出演依頼が飛び込んだ。

そしてスケジュールが落ち着いたときに・・・
ユリは日本に行って「彼」の墓参りをするつもりだとHに告げた。
「あの時」以来一度も日本に行くこともできず、忘れよう、忘れなければと思い続けてきたが、今なら静かに彼の冥福を祈ることができると思ったのだった。
「許してほしい」と言うつもりはなかった。
彼の気持ちにこたえることはできなかったが、自分はやはり彼の分まで生きていかなければと思っていた。
Hはその提案を受けいれ、自分も一緒に行くと言ってくれた。
そして8年ぶりにユリは自分が生まれた日本に行き、Hとともに彼の墓のある京都にむかった。
「野村家之墓」
八年前、ユリは両親に震える体を支えられながら、墓参した。
今 ユリは穏やかな気持ちで彼の墓前にいる自分に気づいた。
墓に水をかけて、花を手向け、線香に火をつけながら、心の中で彼に話しかけた。
「何年もここに来れなくてすみませんでした。もし、あなたが生きていたらきっとすばらしい作曲家になったでしょうね。」
「私はあなたの気持ちにこたえることができなかった。あなたは死んでしまい私はまだ生きています。あの時一緒に勉強したことを 今私は仕事にしています。」
「これからも生きていくわ。あなたの分まで。どうぞ安らかに眠って下さい。」
ユリは静かに手を合わせた。
冥福を祈ることはできても「自分を許して欲しい」と言うつもりはなかった。
Hもユリの隣で一緒に手を合わせていた。
「野村さん・・・あなたがユリを束縛しようとしたこと・・・ユリがそこから逃げ出そうとしたこと、僕はあなたの気持ちがわかる様な気がします。でも僕は気づくことができた。
ユリが一番望んでいることを。僕の愛はあなたのような激しく強い愛ではないかもしれない。でもユリを深く愛しています。愛し続けます。あなたがユリにそうしたかったように僕は彼女と結婚しこれからも彼女と一緒に生きていきます。彼女のあふれる才能には驚くばかりですが、僕は彼女の人間としての部分を愛し、魂の片割れと思えた。どうぞ 僕らを見守っていてください。ユリはきっとあなたの分まで生きていくはずですから・・・」
二人は長い間 墓前に手を合わせていた。

韓国に戻った翌日だった。
ユリは激しい耳鳴りに襲われ自宅で意識を失ってしまった。
目が覚めたとき、ユリは病院のベッドにいた。
自分の周りで、NYの母親、クアンジュの母親、弟のC、妹のY、そして自分の手を握っているHの顔が見えた。
皆 ユリが目をあけたとき 喜んだ。
ユリの目にも喜んでいるそれぞれの顔が見えた。
ただユリに話しかける声、それぞれの声が全く聞こえなかった。
ユリのまわりは恐ろしく静寂だった。
ユリは完全に聴力を失っていた。

その後、脳の検査、内科的な検査を全て終えると主治医がデータを一つ一つ確認しながら
ユリを見て、そして傍らのHに向かって言った。
「特に異常はないようですね・・・」

Hが医師に尋ねた。
「原因は何ですか?」
「妻の聴力は戻りますか?」
ユリには二人のやり取りは一切聞こえなかったが、医師の口元、Hの口元を見つめながら必死で読み取ろうとしていた。
医師は少し首をかしげながら言った。
「突発性難聴ですね。ただこれは、必ず治るとか約束は・・・できないですね。」
ユリはHが少しがっかりしている表情を見逃さなかった。
医師は「次からは心療内科にエスカレーションしてあるので、耳鼻科と並行してそちらにも通ってほしい」とHにつげ、ユリを見た。

Hはユリの肩を抱いて病院の廊下を歩いた。
ユリはHが一語一語ゆっくり話す口元を注意深く見つめていた。
そしてHに
「心療内科・・・私 また通うの?私の精神状態はベストだったんだけど・・」
そう声に出した。
もちろん自分の声はユリ自身には届いてなかったが。

耳が全く聞こえなくなってしまうと初めて様々なことで生活にも支障を感じてきた。
家では携帯電話のバイブのみが電話が来たことをしらせる手段だった。
料理は相変わらず好きで毎日作っていたが、鍋が噴きはじめた音が聞こえないためいつもより何倍も注意する必要があった。
カンヌ以来、映画のサントラのオファーが、特にヨーロッパから多く届いており、
それらの要請を今断るしかないことがユリにとってはつらい決断だった。
ソウルに新しく購入した二人の新居に、ユリの母親はしばらく付き添ってくれた。
特に外出の時は、無音の中で暮らすことに慣れてないユリには危険なことが多く母親がそばについて一緒に買い物したり、時には仕事場にもついて行った。
耳が聞こえなくなったせいでレコーディングスタジオに行ってもつらい思いをすることが多かったが、やりかけの仕事はきちんと最後までやるためにユリは一生懸命筆談を交えながら自分のイメージを伝えることを努力した。

ユリを悲しませたのは耳が聞こえなくなってしまったことだけではなかった。
目が覚めてから夜眠るまで それまでのユリの頭の中には絶えずメロディが浮かんでいた。
Hのしぐさを見てはあるメロディが浮かび、すぐにそばにあるノートに書き取ったり、DVDを見た後や、新しいシナリオを考えている時も同時進行でメロディがユリについて来た。
それが今は・・・周りの音も全くなくなったばかりか頭の中にも一切 新しいメロディが浮かぶことはなくなった。
ユリにとってはそれが一番つらかった。
DVDを見ても、俳優のACTIONを無音の中で見るしかなく、あえて字幕のものを探さな
くてはいけなかった。
実際のところ、自分が気落ちしているせいか、あんなに好きだった映画もそれほど見たいとは思わなくなっていった。

心療内科のカウンセリングで医師はユリのこれまでの話をじっくり時間をかけて聞いてくれた。
Hはできるだけスケジュールを調整してユリに付き添うようにし、ユリと医師の通訳の役割をしてくれた。
今までのユリの仕事や生活の様子を聞きながら、途中で医師はユリを見ながら
「スーパーウーマンですね!あなたは!」
と言って微笑んだ。
医師はHに向かって言った。
「突発性難聴は原因がいろいろあるんですよ。今回のケースでは耳鼻科的な要因は全く見つからない。ストレスが発症に関わっていることが多いのですが・・・今回の場合は・・・」
医師はレポート用紙にさらさらと走り書きをしながらユリの目の前に差し出した。
「①作曲 ②シナリオライター  ③映画批評 →どれもハイレベルに昇華させている。
その間は あなたは幸せでしたか?疲れたりしませんでしたか?」
ユリはそれを見るとすぐに医師に言った。
「ええ!幸せでした。ストレスどころか、その世界に携わっていることが私の幸せだったんです。しかも映画作りを夫と共同でやれたことは 私の夢が叶った瞬間でした。」
医師はにっこり微笑んで 
「よかった!根の深いストレスを抱えたケースが意外と多いですからね・・」
と紙に書いた。
ユリはそれを見ると
自殺した彼の墓参りに行った直後にこうなってしまったことで、また彼のことが原因なのかどうかを医師に尋ねようかと思いあぐねた。
するとユリの心配を悟っているかのように医師がHに伝えた。
「先ほど、バークリー時代の話を少しして下さいましたが、うかがった限りでは奥様に関しては そのことについてはもうそれほど心配いらない状態だと思います。つまり、彼のことが今回の原因かどうか・・・そういう事ではないと思います」
ユリはHと医師が何を話しているのか不安に思ったが、Hが笑顔で頷いているのを見ると
少し安心できた。

薬を処方され、Hとユリは病院を出た。
気落ちしているユリを慰めようとHはゴルフの練習で思いっきり体を動かそう!と無理やりユリをKにある打ちっぱなしに連れて行った。
映画のインタビューで初めて会った日、ユリとM監督と三人でここに来て、楽しい時間を過ごしたことを今でもHは鮮明に覚えていた。
ユリは久しぶりにゴルフクラブを握った。
最初はなかなかうまく飛ばなかったが、次第に以前のユリのようにまっすぐ、力強く遠くに飛ばすようになってきた。
ユリは夢中でクラブを振っていた。
しばらくするとユリは汗を拭きながらHに声をかけた。
「気持ちよかった!」
Hは笑顔でユリとハイタッチをした。

自宅に戻るまでの間、車の中でユリは久しぶりに機嫌がよかった。
「音が何も聞こえないって・・・すごく集中できることなのね」
Hはユリのその言葉が嬉しかった。
そう。ひとつひとつ今を受け入れることができればいいんだ。
ゆっくりと。

ユリは相変わらず通院治療、カウンセリングを続けていた。
Hが仕事で家を空けるときは、クアンジュの母が来てくれていたし、妹のSもユリに会うことを楽しみにしてしょっちゅうソウルの自宅に遊びに来ていた。
ユリはSにゴルフを教えてあげたり、Sのショッピングにつき合わされたり、皆 気を遣うと言うより、毎日家にいるようになったユリの今の状況を本当は歓迎していた。
今までのユリは、もちろん自分で仕事を選んでいたが、以前よりはずっと仕事が増えて、
会うための時間をなかなかゆっくりとれなかったし、特にカンヌ受賞後は、自分一人ではさばききれないオファーがあったのだから。

最近弟のCはHが家を空けるときはユリをクアンジュに連れて行き、そこでHの家族とのんびりと過ごせるようにしていた。
ユリも意外なほど気を使わずに、義母と一緒に台所に立ったり、庭の手入れに余念のない義父にお茶の用意をしてあげたり、Hの部屋で昼寝をしたり、自由に過ごした。
撮影のため一週間家を空け、久しぶりにHがソウルの自宅に戻ってきた。
離れてもメールで頻繁にやりとりをしていたので心配はしていなかった。
Hがドアを開けるとリビングからピアノの音が聞こえてきた。
「ONE LOVE」を弾いていた。
Hはリビングに入って荷物を置くと声をかけずに(肩を叩かずに)少し離れてそのピアノを聴いていた。
すると突然 ユリはピアノを弾くのをやめ、Fの音を何度も弾きながら左耳を近づけていた。
そして今度はAの音を人差し指で強く引きながらやはり左耳を鍵盤の近くまで持っていった。
ユリの右耳は完全に聴力を失ったままだったし、左耳はかすかに、すごく遠くで聞こえているような・・・つまりほとんど聞こえないのだが、右耳よりは数値はまだよかった。
そして諦めたようにため息をついているユリを見た。

Hは切なかった。
最近はずいぶん元気になり、手話を勉強しようと言っていたのだが、やはり音楽への拭いきれない渇望があるのだろうか。
Hは気を取り直してびっくりさせないようにユリがまたピアノを弾き始めたのを確認すると大回りしてピアノの正面に立ってユリに挨拶した。

ユリは笑顔で「お帰りなさい!」と言って、両手を大きく広げて待つHのところにむかって歩いた。
Hのために用意しておいた夕食を、二人で静かに終えると
Hは後片付けをしようとしているユリの手を取ってソファに座らせた。

ユリの肩を抱きながらしばらく何も言わなかったが、おもむろにそばにあったメモ帳を取り、ペンで何かを書いてユリに見せた。
「音のない世界ってどんな感じ?」
それを読んでユリは少し考えると言った。
「すごく不思議・・・周りは動いていて、自分だけが止まってそれを見ているような、自分がその場にいないような感じがするの。」
「耳がきこえなくなってから、人の動き、表情、そればかり気にしてる。あなたの表情も。これからなんて言おうとしているのかとか今どう思っているのとか・・・」
そう言うとユリは言葉を区切った。
そしてHにこう聞いた。
「H、私の声、ちゃんと届いてる? ちゃんと私 話せてる?」
不安そうなユリの目を見てHは大丈夫、大丈夫とOKサインを出して、ユリを抱きしめた。
そして またメモ帳に書き始めた。
「君が倒れた時、先生が『命に別状はない』って言ってくれて、そう聞いたとき、それで充分だと思ったよ。」
「音楽をやり続けてきた君にとって耳が聞こえないことは致命的なこと?だよね。
ユリ、耳が治るためだったらこれからも努力して行こう。でも、もし元通りに戻らなくてもそれはそれで受け入れて行こうよ」
「2回目のカウンセリングの後、君は僕に『彼はまだ私をきっと許してくれてないんだわ』って言ったよね。僕は違うと思う」
「君が彼の墓前でこれからも彼の分まで生きていくって約束しただろ?その為に 彼が君にプレゼントした長い休息だと、僕は思ってる」

ユリは次々に差し出されるHのメモを見ながら少しずつ心を落ち着けていった。
「君はあれだけあふれる才能をすべて出し切って、きっとOUTPUTしきって、今 からっぽになったんだよ」
「ゆっくりゆっくり また満たしていけばいいんだよ。それは音楽じゃないかも知れないし、シナリオでもないかもしれない。きっと何かみつかるよ」
「だから 仕事が今までどおりできないことをそれほど悲しまないでほしいんだ。君には今時間が与えられたんだ。ゆっくり考える時間が、ね」
「多分 人間はハイテンションで突っ走って行ったら自動的に信号が変わるようにできてるんだよ。僕が『CLOUDY HORIZON』を君と始める前に仕事を降板させられたのも
あれはまさに、自分に黄色信号がともっていたときだったんじゃないかな?って今 思うんだ」
「だから、今 あえてスクリーンクオーター制度の基金を設立したり、新人監督、俳優賞の設立を賛同する仲間と一緒に計画中なんだ。 自分を常にニュートラルに保つためにもね」
「僕が言いたいことは こんなことくらいかな・・・」
Hはメモを読み続けているユリの肩をポンポンと叩くと、自分の口元を指差した。
Hはゆっくり一語一語 大きく口を開けて言った。
「き・み・が・・・き・み・で・あ・る・こ・と・に・か・わ・り・は・な・い・だ・ろ?」
ユリは
「ありがとう・・・」
そう言って微笑んだ。

ユリは病院のベッドで窓の外の木々に生い茂る濃い緑を見ながら、自分たちにあった様々なことを思い返していた。
ユリの聴力は右耳は一向によくなる兆しがなかったが、主治医の薦めで左耳の治療を集中してやってみようと一週間前から入院していた。
点滴の管からぽたりぽたりと薬液が落ちるのを眺めながら、二週間後に退院したら何をしようかと考えていた。

最近は手当たり次第に本が読みたくてHも弟のCもしょっちゅう、本を差し入れてくれている。
そのおかげでベッドサイドが本の山になっていた。
たとえ聴力が戻らなかったとしても、Hが言うようにそれはそれで受け入れるしかない。
Hの愛や家族や友人の愛に包まれている自分は幸せだといつも思った。
神様から突然与えられた 長い長い休暇をユリは楽しんでみようと思った。
もうすぐ来るはずのHを待ちながら・・・
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# by juno0501 | 2007-02-08 22:04 | ONE LOVE ⑰

ONE LOVE ⑯

カンヌに滞在する最終日。
受賞式が始まるまでの間、3人は記者会見をいくつかこなし、ブースにいる買い付け希望の担当者の問い合わせに答え、どんどん増える仮契約の書類をブリーフケースに詰め込んだ。
途中でソウルから社長が汗をぬぐいながら到着し、不慣れなHとM監督に代わって手際よく契約書の説明を始めた。
夕方5時からの受賞式を控え、とりあえず、支度に時間のかかるユリは先にホテルに戻り、ぎりぎりまでM監督とHは記者会見に応じた。

いよいよ受賞式が始まった。
皆 疲れてはいたが、予期せぬ仕事に嬉しい悲鳴をあげてこのセレモニーに臨んだ。
これが終われば帰国・・・
帰国したら、M監督は撮影のためにシンガポールに直行する必要があったが、Hとユリ
は、常にアドバイスをくれた投資顧問の会社に電話を入れ、映画ファンドの償還延長を依頼しなければいけなかった。

コンペティション部門はパルムドール(最高賞)、グランプリ、監督賞、男優、女優賞など主要な賞を競い合う。
もともと下馬評ではイタリアからの出品作品か?と書かれていたが、どれも拮抗していて
どれが賞をとってもおかしくないと3人は思っていた。
M監督は席につきながら、会場を見回しそうそうたるメンバーを見ながら、出品リストをながめていたが、そのいくつかは昨日実際3人でみていて、心の中でこうつぶやい
ていた。
「もしかしたら・・・いや、まさかね・・・」

席に着くと、その中の多くの人が「CLOUDY HORIZON」の上映に行っていて、何人もの人に声をかけられた。
主演のHに「君の演技はすばらしい」、と言われ、後ろを振り向いてHに握手を求めるイギリスの俳優や、フランスの監督もいたし、ある国の監督はM監督の演出手法を席の後ろから熱心にM監督に話すのだが、中近東の言葉なのか、たまに使うなまりの強い英語のフレーズ以外はさっぱりわからず、わけもわからずうなずいていた。
M監督をたたえていることだけははっきりわかった。
そして、ユリの美しさも皆の目をひいていた。
昨日に比べて、ユリはメイクにも慣れ、大胆なドレスに臆することもなく、カンヌの雰囲気にも慣れ、これが終わったら帰国と思うとこの最後の何時間かを楽しもうと考えていた。

授賞式が始まった。
コンペティション部門ノミネート作品が次々に大きなスクリーンに紹介され、その都度
監督や主演俳優がたちあがってアピールしていた。
「CLOUDY HORIZON」は十五番目に紹介され、スクリーンにHのモノローグのラストシーンに物悲しい、美しいギターソロが流れ始めると会場は大きな歓声に包まれた。たちあがって答える四人も感動の中にいた。
社長は昨日Hからこの映画の反響のすごさを電話で聞いたとき、一瞬は信じられなかった。
しかし、今このカンヌの会場でHの言うことがまちがいなかったことを実感していた。
Hが社長に何度も「CLOUDY HORIZON」のすばらしさを力説し、協力を求めたとき、この勝負に勝ち目はあるのか?と思いながらもサポートすることを決めたのだが、今 この映画が認められたことがひしひしと胸に迫ってきた。
順番に作品が紹介され、審査委員長であるイタリアの監督の総評、そしていよいよ各賞の発表になった。

まずはじめに、審査員賞が発表された。
イスラエルのA監督の「DESPERADE」が受賞した。
ユリは昨日、いくつか見た中で一番好きな映画だったので自分のことのように嬉しかった。
表彰された関係者も嬉しそうだった。
次に監督賞の発表だった。
プレゼンターが高らかにそれを告げた。
「CLOUDY HORIZON、M監督!」
Hとユリは自分たちの作品の名前が呼ばれ驚いたが、M監督はその瞬間を待っていたかのように堂々と前に出て行った。
Hもユリも感動していた。
昨日のレッドカーペットの時以来、自分たちに風が吹いてきた。と思った。
M監督は大きな歓声に包まれながらそれが沈むのを待っていた。
そして会場が彼のスピーチを聞こうと準備が整ったのを確認すると英語で話し始めた。
「今回、私は低予算のため、ノーギャラでこの演出を引き受けました」
M監督が大げさに言うので会場は笑いのうずに包まれた。
「まあ、反対にノーギャラでもやらせてほしいと思った作品でした。この原作の質の高さと同時に主演のHそしてYURI、この二人の映画への熱い思いの中で監督できたことはすばらしい経験でした。この無類の映画好き、韓国映画を愛する二人をこれからも応援します!ありがとう H、YURI!」
そう言うとブロンズを高く差し出した。
会場は割れんばかりの拍手だった。
席に戻ってきたM監督とHとユリは硬く握手をした。
次にシナリオ賞。
フランスのJ監督の「NOTRE MUSIQUE」
これも妥当だわ・・・とユリは思った。
次に男優賞の発表となった。
ノミネートされてる俳優の顔がスクリーンに大写しされた。
ユリは隣にいるHを見た。
Hは気負い無く平然としてスクリーンを見ていた。
プレゼンターがわざと間を持たせて発表する。
・・・・・・・・
「CLOUDY HORIZON」のMR.・H!
スクリーンはHの顔が大写しになった。
まずM監督がHにだきついた。
「おめでとう!H!」
Hは信じられないという顔でM監督とだきあっていた。
社長が半泣き状態でHに抱きついてきた。
自分の隣で、呆然としてHをみつめるユリをHは強く抱きしめた。
その様子がまた、スクリーンに映し出され、会場はわれんばかりの歓声でいっぱいになった。
Hに手をさしだして握手を求める俳優や監督たちの間を縫ってやっとステージに
あがるとブロンズを受け取り、興奮した面持ちで会場を見つめた。
Hがスピーチを始めると会場がシーンとなった。
「今回この映画に協力してくれたスタッフにまずお礼を言います。M監督、ノーギャラですみませんでした。買い付けのオファーがたくさんあったのでちょっとはギャラ払えそうです」
会場は爆笑の渦となった。
「このブロンズをまさか手にできるとは思っていなかったので・・・どうコメントしていいのか言葉につまります・・・厳しい状況の中で私たちは、いい映画にしたい、ただこのひとつの思いのもとで作り上げて来ました。作品ができあがるまでの様々な苦労さえ楽しい記憶です・・・ユリ・・・君の一言がなかったら何もはじまらなかった。ユリ!ありがとう!」
会場にいるユリの顔がスクリーンに大きく映し出された。
ユリは涙をためた目でまっすぐHを見ていた。
会場からも暖かい拍手が続いた。
「今回の映画作りは、自分が改めて映画の世界に携わっている幸せを噛み締めることができました。」
Hはそう言うと少し下を向いて一瞬言葉につまり、そしてこう締めくくった。
「自分を育ててくれた韓国映画界に感謝いたします」
Hのコメントが終わると、歓声とともに次々と席を立って拍手する人が増え、スタンディングオベージョンとなった。
M監督とユリは自分たちの席で抱き合って喜んだ。
社長も「ほんとに夢じゃないだろうな?」と自問自答しながらステージのHをみつめていた。
四人の席の周辺に座っている人たちも声をかけてくれて、ユリを抱きしめてたたえてくれた。
Hが席に戻り、ユリと抱き合い、M監督そして社長と再び固く握手をした。
女優賞の発表が終わると、次はグランプリの発表となった。
カンヌではグランプリはパルムドールの次、つまり二位の成績となる。
M監督は手の汗をタキシードのポケットでぬぐった。
「THE TALKING DOLLS!」と発表されると、イタリアのその映画の監督とPD、主演俳優がステージに上がって会場の賛辞を受けていた。
M監督はスピーチを聞きながら
「この映画、確か パルムドール最有力候補だったよな?」とHに聞いた。
そして 
「じゃあ・・・パルムドールは・・・」
Hは監督がステージをみつめながらぶつぶつ呟くのを聞いて
「M監督・・・何が言いたいんです?」
Hまでどきどきして来た。
社長もぶつぶつ呟くM監督を見てそしてHを見た。
監督は、
「ありえないよな・・・監督賞、主演男優賞までもらえて・・・まさかね」
Hとユリも何も言わずにお互いにつないでいる手を強く握った。
いよいよ、最後のパルムドールの発表となった。
会場は一瞬暗くなり、会場もシーンと静まり返った。
「第60回カンヌ映画祭、コンペティション部門、栄誉あるパルムドールは・・・」
しばらくの間。
・・・・・・・・
Yuri Kuramoto原作、M監督作品「CLOUDY HORIZON」!!
H達はそれを聞いて立ち上がり手をつないだまま万歳をした。
スタッフに促され、四人ともステージにあがった。
会場一体が歓声の渦だった。
四人はステージの上で、カンヌに来てからあまりにも幸せなことが続いたことが信じられない気持ちでいた。
カンヌ映画祭にノミネートされただけでも自分たちの仕事が報われたと喜んだのだが、それが監督賞、主演男優賞、そしてパルムドールまで獲ったことで、この幸せを一体どうあらわしたらいいのかと途方にくれた。
ステージでユリはHに思い切り抱きしめられ、人目もはばからずキスをした。
その様子は待機していたカメラマン達のフラッシュの嵐を受けて明日の「ル・モンド」に大々的に載ることになった。
そしてM監督はHとユリの肩を抱きながら
「言ったとおりだろう?やっぱり 俺たちの映画が間違いなく一番だったってことだな」

カンヌ映画祭の授賞式のライブ中継をNYのユリの両親もずっと見守っていた。
母親は、「あの大胆なドレス、意外とユリは負けてないわね・・・」と言った。
父親は涙をぬぐいながら、母親の冷静なそのことばを横で聞いて笑った。

Hとユリは、授賞式を終え、ホテルの自分たちの部屋にいた。
社長はパルムドールを獲った事の詳細をソウルの事務所に電話をしに行った。
それに伴うソウルでの対応を細かく手配する必要があった。
予定では今回のすべてのノミネート作品のパーティがありにカンこのすぐ後のにL’hotel de Croisett」に受賞作品関係者は参加するようにと言われていた。
ユリはM監督の口利きでもう一着、パーティドレスを借りに行くことになっていた。
パルムドールを受賞したことで、取材攻勢も予想され、まして世界中に配信されるのだから、ユリは授賞式とは違うドレス、もう1パターン用意しておいたほうがいいと監督にアドバイスされていたのだった。
ユリはHに「あなたももう一着持ってくるべきだったわね」と言った。
Hはベッドに腰掛けて、何か考え事をしていたようだった。
そして、決意したようにユリを見て言った。
「ユリ、結婚しよう!」
「え?」
「今すぐに!」
「だって、パーティが・・・」
「今日の最終便で帰国しなくちゃいけないんだ。だから今!このカンヌで結婚式をあげたいんだ!パーティは社長に任せておけばいい。答えは?YES?OR NO?」
ユリはすぐに答えた。
「YES!」

M監督が部屋に来た。
「Conguraturation! 今日はうまい酒が飲めそうだな。さて ユリさん 早速ドレスを物色しに行こうか!」
HがM監督に行った。
「パーティドレスじゃなくてウエディングドレスを借りてきてもらえますか?僕たち これから結婚式をあげることに決めたから!」
M監督は目を丸くした。
「えっ?!君たち、受賞パーティはどうするんだよ!」
Hは平然とした顔で言った。
「それは社長にまかせますよ。 監督、もちろん立ち会ってくれますよね?」と言った。

ユリはM監督の友人のフランス人の口利きでドレスのレンタルショップに行き、数点のウエディングドレスの中からシンプルなものを借りた。
M監督がユリに言った。
「今 思えば・・・あのインタビューの時から何かこうなるような気がしたよ。直感ってやつかな?Hの奴とは長いつきあいだが、本当にいい奴なんだ。ちょっと正直すぎるけどね。ユリさん、Hのこと、宜しく頼むよ。」
ユリの笑顔も輝いていた。

Hは同じ頃、カンヌの町で指輪、それもリーズナブルな結婚指輪を取り扱う店を探していた。
ブランド関係のショップは並んでいたが、今のHにはお金がなかった。
今回の映画制作でほとんど投資したため、今二人の結婚指輪に費やせるお金は千ユーロ(約十三万円強)しかなかった。
Hは歩き回り、街のはずれの小さな宝石ショップを見つけそこに入り、ユリと自分の分のシンプルな結婚指輪を買った。

ユリとHとM監督はホテルで合流すると受賞パーティを社長に任せ、タキシードとウエディングドレスをバッグに入れ、ホテルのフラワーショップでM監督画が調達したカラーを束ねたブーケを慎重に扱いながら、街を出た。
突然 一人になることを知って慌てる社長の声を背中で聞きながら。

受賞パーティが始まった。
今回の注目は何といっても三部門を制覇した韓国映画「CLOUDY HORIZON」だった。
マスコミ関係者は肝心の三人がいないことにすぐ気づき、社長のところに押し寄せた。
「彼らはどこですか?」
「なぜ、ここにいないんですか?」
社長は自分のまわりに丸く集まった大勢の記者達にうんざりしながらこう言った。
「二人は今 結婚式をあげるために教会に向かってます!M監督は立会人!」
そう憮然と答えるとすぐに記者達から
「どの教会ですか?」
と矢継ぎ早に質問されたが
「全く聞いてません!」と更に憮然と答えた。
記者達はそのニュースの価値にすぐ気づいて
「どこだ?あの教会?それとも・・とにかく行こう!」
等といいながら蜘蛛の子を散らすように社長の前からいなくなった。

ユリは高校生の頃に、やはりカンヌ映画祭の雰囲気を楽しもうと友人と遊びにきたことをうっすら覚えていて、確か町外れに教会があったはず・・・とタクシーの運転手に尋ねながらその場所に急いでいた。

町外れの教会に着くと、三人は中に入りチャペルにいた神父に結婚式をあげさせてほしいと頼んだ。
神父は快諾してくれたが、
「オルガニストも聖歌隊も用意できないが、いいのかな?」と言った。

二人は狭い控え室でタキシードとウエディングドレスに着替えた。
シルクタフタの、シンプルなマーメイドラインのウエディングドレスを着たユリを見て、以前弟のCが言った様に真珠のようだとHは思った。
気高く、純粋で、けがれのない宝石・・・カットも研磨もいらない唯一自分の力で光を放つ真珠そのものだった。
ユリもHのことを思った。
自分の過去をうけいれ常に深い愛で支え続けてくれたH・・・
自分をみつめるHを感じてはいたが、今 Hの目を見たら、涙があふれそうでユリはずっと下を向いていた。

神父の祈りが始まった。
Hはフランス語はわからなかったが、厳粛な気持ちで祈っていた。
少し間を置いて、神父はまずHに尋ねた。
「病めるときも健やかなる時も・・・」
「OUI.」
Hは神父をまっすぐ見て答えた。
そして今度は神父はユリを見て尋ねた。
ユリの心に、「病めるときも健やかなる時も・・・」というフレーズが心に響いた。
涙をこらえて「OUI」と答えた。
神父は二人に指輪を交換するように指示した。
ついさっきHがカンヌの町外れで見つけたシンプルな結婚指輪だった。
Hはユリの左手をとり、薬指にはめた。
ユリもHの大きな左手をとり、薬指に指輪をはめた。
Hとユリは向かい合ったまましばらく見詰め合った。
ユリの目からは涙がこぼれ落ちていた。
Hはゆりの頬に伝う涙をやさしくぬぐいながら言った。
「約束する。これからも、どんな時も君と一緒に歩いていくよ。」
ユリも涙をためた目でうなずいた。
それを脇でずっと見守っていたM監督も思わず目頭が熱くなって鼻をすすった。
そしてHとユリは神父とM監督の前で長いキスを交わした。

Hとユリがカンヌで結婚式をあげてから一年が過ぎた。
ユリは病院のベッドで静かに本を読んでいた。
ベッドサイドに置かれたカンヌでの結婚式の写真がシルバーのフォトフレームに収まって飾られていた。
ユリはそれを見ながら、めまぐるしかった一年を思い返していた。

カンヌの町外れの教会で結婚式を挙げたとき、かぎつけたマスコミに教会の前で囲まれてたくさんのフラッシュをあびたこと。
そのあと、報道陣に囲まれ、結局その日の最終便では帰国できなかった。
結婚式の二人の美しい写真が週刊誌を賑わしネットで配信され取材がたいへんだったこと。
二人は翌日の朝、ホテルの一角でパルムドール受賞と結婚式について記者会見をする羽目になった。
もちろんM監督も社長も同席した。

パルムドールについて多くの質問をこなしたあと、記者たちは二人の結婚について質問を始めた。
その質問のひとつに答えてHは
「彼女とは共通の価値観を感じている」と答えた。
別の記者がユリに尋ねた。
「共通の価値観とは具体的には?」
ユリは一瞬Hを見て、そして記者たちに向かって言った。
「私たちの結婚を二人とも大事に思っているということです。」

クアンジュの実家でも前日からのカンヌ受賞中継から結婚式の記者会見までを4人そろって一睡もせずに見ていた。
弟のCは「兄貴!やったぜ!ついにあの真珠を手にいれた!」と言いながらリビングのソファの上でジャンプした。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:27 | ONE LOVE ⑯

ONE LOVE ⑮

Hはユリの前では努めて明るく振舞っていたが、今後の自分の仕事について思いあぐねていた。
日本、台湾、香港からオファーはかなりあったが、乗り気になれずにいた。
ある日の夕方、ユリは買い込んだ食材と数枚のDVDを抱えて帰宅した。
Hは窓の側で本を読んでいた。
キッチンで冷蔵庫に食材を入れていると、ユリの携帯が鳴った。
「もしもし・・・」
事務所の社長からの電話だった。
「全く!Hのやつ!携帯はいつでもつながるようにしとけって言ってるのに!
H、いるんだろう?」
いつものように挨拶なしの社長の声にユリは笑いをこらえてHを見た。
Hはなに?という顔をした。
ユリはくすくす笑いながら携帯をHに渡して小さな声で「社長からよ」と伝えた。
「Hか?よく聞けよ!」
電話口で紙をめくるような音がした
「CLOWDY HORIZONが、お前たちの映画が、カンヌ映画祭のコンペティション部門にノミネートされたぞ!」
「え?」
「社長?何ですって?!」
「カンヌだよ!カンヌ!全く 携帯がつながらないってどういうことだ・・・」
社長の言葉を最後まで聞かずにHはユリの携帯をソファにポーンと投げるとユリに叫んだ。
「ユリ!カンヌ映画祭のコンペ部門にノミネートされた!」
そう叫ぶと、驚いてポカンとしているユリを抱きしめた。
Hに強く抱きしめられながらユリはもう一度Hに聞いた。
「ほんとなの?H?ほんと?」
Hはユリを抱きしめてる腕にさらに力をこめた。

自分たちの映画を認めてもらえた事が素直に嬉しかった。
ついさっきまで、Hは少しずつ自分の気持ちを前向きにさせる方法をさがしていたが、この信じられない事実がそんな努力をどこかへ吹き飛ばしてしまった。

韓国の映画の質の高さは最近、世界中で評価されカンヌ映画祭でも昨年「オールドボーイ」がグランプリをとったことは二人ともよく覚えていた。
今年も韓国からカンヌのコンペ部門には自分たちの映画のほかに2つがノミネートされていると聞いたばかりだった。
そのどちらもヒットし国内で高い評価を受けていた。
後日、国内の映画誌にはカンヌ関連の記事として、Hとユリの「CLOUDY HORIZON」は付けたしのように書かれていた。

Hは役者人生の中でいつか自分もレッドカーペットの上を歩きたいと思っていたが、こんなに早く、突然実現したことが信じられなかった。

一ヶ月後のカンヌ行きまでの準備は楽しかった。
M監督は撮影中の仕事があり、シンガポールから直接現地入りするため、Hとユリはインターネットで会場周辺の安いホテルを探していた。
予定としては、カンヌに到着してから4日後の授賞式に参加し、その日の最終便で帰国するというものだった。
M監督の好意で便利のいい会場のすぐ近くの高級ホテルに泊まろうと申し出があったが、二人は当初のとおり、少し不便な、あまり高級ではないホテルをブッキングした。

カンヌに行く2週間前に、ユリのNYの母親から大きな荷物が送られてきた。
あけてみると、目のさめるようなローズピンクのジバンシーのドレスと靴などの小物が一式入っていた。
「Congraturation! H&Yuri. We are proud of you!」と書かれたカードと共に。

当日、二人は、カンヌに向けてエアフランスに乗って仁川空港を飛び立った。
海外に二人で行くのはユリの両親に会うために行ったNY、そのすぐあと短い休暇を楽しんだカナダについで3回目だった。
飛行機の中で、自分たちがノミネートされたことも嬉しかったが、この際、カンヌの4日間で、他のノミネートされた作品や招待作品などできるだけ見て回ろうと話し合った。
映画好きの二人は、招待状に同封された出品作品のリストを見ながら、
「この監督の作品はね・・・」とか
「これが最有力候補らしいよ・・・」などと睡眠もとらずに、体をぴったり寄せ合っていつまでも話をしていた。

約8時間でカンヌに到着すると、抜けるような青空だった。
ユリは高校時代2年間だけフランスにいたことがあり、町中がフランス語にあふれているのを見ると、フランス映画をむさぼるように見ていた当時を思い出しテンションがあがった。
南フランスのコートダジュールの高級リゾート地、カンヌを舞台に繰り広げられる映画の祭典・・・
会場前の階段に敷き詰められた真紅のカーペットをゆっくり上るスター達・・・
自分たちも明日の夜にはドレスアップしてその階段を登ることになるなんて・・・
Hもユリもホテルに向かうタクシーの中で手を握りながら感慨にふけっていた。

ホテルに着くとユリは、Hのタキシード、シャツ、カマーバンド、バタフライなど一式と自分のドレスをしわにならないようにベッドに並べ始めた。
母親の贈ってくれたドレスは思い切り体のラインを強調するピッタリしたロングドレスだった。
背中も大きくあいており、ユリは身に付けるのに多少勇気が必要だった。
Hはドレスをチェックしているユリに
「これを着た君ってどんな感じなのかな?セクシーなんだろうね」
と楽しそうに言った。
ドレスが到着した時にユリの母親にお礼の電話を入れたとき、
「大胆なドレスでびっくりしなかった?」と母親が聞いた。
昔から母親が懇意にしているスタイリストに「カンヌ映画祭で着る娘のドレス」を探してもらったら、ユリをよく知っている彼が
「カンヌだったら、これくらい大胆なドレスでちょうどいいくらいですよ」と決めてきたのが、このジバンシーのドレスだったと言った。
「そうよね。ママがこんな大胆なデザインを選ぶわけないわよね」と笑ったことを思い出していた。
Hが更に言った。
「これを着た君をみんなに見せるのがちょっと悔しいような気がするよ」と茶化した。
Hは今までの役者生活の中でタキシードを何度も着る機会があり、何着も持っているうちから今回はユリのドレスの雰囲気にあわせて、ヨーロピアンスタイルのグッチのタキシードにした。
持ってきた荷物を整えると二人はホテルを出てカンヌの喧騒の中に身を投じた。
世界中の映画関係者で街はにぎわっていた。
「SCREEN誌」でいつも見る有名俳優、女優、監督などを見かけることもたやすかった。
スケジュールを見るとHとユリの「CLOUDY HORIZON」はハリウッドの大作と同じ時間帯、明日の夜9時からの上映とあり、記者会見もその後の同じ時間であることを確認すると、少し気落ちしたが、すぐに気をとりなおしレッドカーペットを歩く自分たちに思いを馳せた。
レストランで二人はワインを飲み、軽く夕食を済ませてホテルに戻ると、M監督からのメッセージが残されていた。
「さっき会場前のLホテルに到着しました。明日の朝から出品作品のチェックに行こう!
ロビーに10時集合!」とあった。
M監督も、Hとユリ同様、一映画ファンとして、自分たちのノミネートの重要さより、わくわくした思いが強かった。
その夜、ベッドでHとユリは、今回のカンヌ行きを心から喜んでくれたスタッフ達のことを思い出していた。
「今回の仕事をして、映画作りに参加してよかったと思ってます!」
「自分がこれほどわくわくした思いをしたことはなかった!」
「また、ぜひこのスタッフでやらせてほしい!」
「カンヌで自分たちの分も楽しんできてください!」
と口々に言ってくれた。
もちろんHもユリも同じように感じていた。
苦い結果に終わってしまったが、カンヌに来れたことで報われた思いがあった。

翌日 10時にM監督の逗留している会場前のホテルのロビーで落ち合うと早速 会場内の上映作品をできるだけ見ようと、すぐ会場入りし、出品リストを見た。
フランス語で書かれたパンフレットしかなく、M監督は英語のがあるはずなんだが・・・と残念がった。
ユリはフランス語がわかるが、上映作品の説明になると、M監督もHも英語でなければ
ほとんど理解できなかった。
ユリは、
「あそこにRECEPTIONがあるから 聞いてくるわね」と言ってHとM監督を残して
会場内の入り口にあるその場所に戻っていった。
その途中で、ユリは急ぎ足で自分のほうに向かって歩いてくる中年の白人男性とぶつかってしまった。
彼は手に荷物をたくさん抱えており、見たところ多くはパンフレットやレポート用紙の類のようだったが、それらが通路にちらばってしまった。
彼は「EXCUSE MOI!」とフランス語でユリに謝ると、急いでちらばった書類を集め始めた。
ユリも一緒に手伝った。
「これで全部ですか?」とユリが流暢なフランス語で話しかけると、その男性が
「え?ああ・・ありがとう。あなたも今回の出品作品の関係者ですか?」
と彼が聞いた。
ユリは
「OUI!私たちは韓国から、「CLOUDY HORIZON」でコンペ部門にノミネートされているんです」
それを聞くと彼は驚いて
「そうですか!・・・ノミネートおめでとうございます」と言うと、また急いでどこかに走っていった。
走り去るその中年フランス人男性の後姿を見ながら、RECEPTIONに行き、ユリはM監督とHのために英語で書かれているパンフや会場案内などを調達して彼らの待つ場所に戻った。

映画祭と並行して行われるマーケット(国際映画見本市)も世界最大の規模で、それらの案内をするブースもにぎわっていた。
3人は上映スケジュールを見ながら、自分たちがレッドカーペットを歩く午後8時ごろから逆算して夕方5時まで、できる限り作品をみることに時間を費やした。
M監督もHもユリも、それぞれの作品の質の高さに今更ながら驚き、また自分の好きな作品の志向が3人ともちょっとずつ違うので、遅いランチをしながら見た作品の批評を言い合った。
「まあ 俺たちの作品には負けるけどね」と作品を批評するたびにM監督はこのフレーズを言い、その都度Hもユリも大笑いした。
夕方、HとユリはM監督と別れ自分たちのホテルに戻り、最大のイベントである、レッドカーベットを歩くための準備を始めた。
Hはホテルで買った、ローストビーフサンドをつまんでいたが、ユリは全く食欲がなかった。

Hはタキシードを着るのに、本人も慣れているし時間もかからないので、のんびりできたが、ユリに関しては時間がかかった。
まずシャワーを浴びて髪を乾かす。
カンヌに来る前に、「CLOUDY HORIZON」のメイク担当の女性がユリのドレスに合うメイク、パーティ用のメイクをTV局のメイク室で教えてくれた。
ヘアスタイルの感じ、アイメイク、チーク、ホワイトの入れ方、口紅の色とひき方ETC・・・
そして必要な化粧品を一式揃えてくれた。
ユリはそのときのアドバイスを思い出しながら慎重にメイクをしていった。
通常は俳優や女優にはスタイリストや専門のメイク担当が帯同するのであろうが
カンヌ内の美容サロンはすべて予約も取れないだろうし、ユリは自分でやるしかないと思い、彼女にきちんと教わったのだった。
髪の毛を大きめのロットでゆるくカールさせたあと、髪を束ねてUPにし、くずれないように教えられたとおりのポイントをピンで押さえた。眉もいつもより少し角度をつけ、ドレスに負けないようにした。アイメイクは特に念入りに、ユリの大きくてきれいな目を生かすように、けばくならないように慎重にアイラインを引いた。
ドレスの色に合わせた口紅をつけるとメイクが完成した。
胸のふくらみが強調されたカッティングで、背中も大きくあいているドレスなので上半身にも少し光るボディローションをつけた。
こういったドレスは下着のラインが見えないようにする必要があり、大きく開いた背中にブラの跡が残らないようにユリは昨日から落ち着かないヌーブラですごしていた。
ドレスを着て、鏡の前で前と後ろと横、そしてメイクを再チェックして、すべて完了した。
両耳にHからプレゼントされたパールのピアス、首には母親から譲り受けた長いパールのネックレスを無造作に真ん中で結わいてバランスを整えると、はじめて大きなパーティに参加する実感が湧いてきた。

すでにタキシードを着てベッドに座って、テレビで流されるカンヌ情報を見ていたHは、ローズピンクのぴったりしたロングドレスを着たユリの姿を見ると、指笛をならしてユリに抱きつこうとした。
「ユリ・・・完璧だ!」
「キスしちゃだめ・・・だよね?」
ユリはいたずらっぽく微笑むとHに軽くキスをした。
カンヌには女優やセレブなど、美しい女性であふれていたが、Hはユリを見て、自分のパートナーこそ誰にも負けない、一番美しい・・・と思った。
Hは女王様にかしずく家来の様にうやうやしくユリの手を取るとその手にキスをした。
「君と二人でカンヌに来れるなんて、夢の様だね」

二人で腕を組んでホテルを歩くと、皆ユリの美しさを見て振り返った。
ヨーロッパ系の参加者が圧倒的に多いだけに余計にユリの美しさが目立つことになった。
M監督はホテルのロビーでユリを見て、
「C’est Manifique!」と叫んだ。
ユリを真ん中にM監督とH、三人は腕を組んでレッドカーペットの側まで来た。
自分たちの前にハリウッドの大作の監督と主演俳優達が大勢のカメラマンのフラッシュを浴びていた。
彼らにむかって歓声が上がっていた。
彼らが最上段にあがり、手を振ると更に歓声があがった。
そしていよいよ 三人の番だ。
さっきまで大勢いたマスコミ達はハリウッド映画のメンバーを追って散って行った。
閑散としてしまったことにユリは気後れしたが、Hがユリを見て
「さあ!レッドカーペットだよ!ユリ!」と言って組んでいるユリの手をぽんぽんと叩いた。
何人かのマスコミが「作品名は?」とか「コンペ部門?」とかささやいているのが聞こえた。
M監督、ユリ、Hは三人で腕を組んで ゆっくりゆっくり、階段を登って行った。
苦労した映画作りも今は楽しい思い出。
三人とも最後にこんなすばらしい思い出をプレゼントされて本当に報われた思いをそれぞれ抱いていた。
三人とも子供の様に階段の数を数えながら、最上段に登った。登りきった。
そして顔を見合わせて同時に後ろを振り返った。
振り返った途端、一斉にフラッシュの嵐を浴びた。
目をあけられないほどのフラッシュだった。
階段の下にはいつの間にか百人、いやそれ以上のマスコミ関係者、カメラマン、一般ギャラリーで埋め尽くされていた。
ギャラリーの歓声、記者の掛け声、カメラのフラッシュ・・・
三人は何がおきたのか呆然としていた。
ユリはHの顔を見て「何なの?」と言う顔をした。
映画祭のスタッフは三人に「手を振って答えてあげてください!」と言われ はっとした。
ぎこちなく手を振り始めた三人に対してまた歓声が沸き起こった。
さっきのスタッフがM監督に新聞のコピーを差し出して
「私もこれから見させてもらいますよ。楽しみです」と言った。
M監督はフランス語で書かれたその新聞をユリに渡して
「何が書いてあるの?」と言った。
ユリがそれをもらって読むとそれは、カンヌ上映作品すべてを三人の批評家で手分けしてコメントしてある最新版号外だった。
今日の4時にUpされたものだった。
M監督の「CLOUDY HORIZON」については辛口批評で有名な(そう書いてあった)HL氏によって書かれてあった。
ユリはその批評家の顔をみて、
「あ、この人、あそこで私とぶつかった時の・・・」とつぶやいた。
彼の担当する七作品のうち、「CLOUDY HORIZON」については一番めだつようにレイアウトされており、
この作品だけコメントの枠が大きくとってあった。
星取表も全作品中、たった一つだけ五段階の五がつけられていた。          
その彼のコメントにはこう書いてあった。

「このすばらしい作品が韓国内で単館上映のみ、という現実を知ったとき、ひどく落胆した。この映画は世界中の人に見てほしい。原作の素晴らしさ、演出の素晴らしさ、主演俳優の素晴らしさ、それらがベストな相乗効果をかもし出している。この現場に立ち会えたスタッフは皆、映画作りの幸せを共有できたであろう。現実を俯瞰する大らかさ、家族への愛、大地に根ざした生命力が息付いている、切ない人間賛歌である。そして・・・
この作品のシナリオ、音楽を担当した才能あふれる美しい女性が主演俳優H氏の恋人であることに軽いジェラシーさえ覚える。」とあった。
M監督とHはユリになんて書いてあるのかせかした。
ユリが二人に内容を伝えている間もフラッシュの嵐は続いた。

この号外がUPされてカンヌの会場に配られたことを三人は全く知らなかった。
これらの批評は今日、インターネットで配信され、明日「ル・モンド紙」に掲載されると聞いた。
三人は上映予定の会場まで歩き始めたが、その間もマスコミたちが彼らのまわりを取り囲んでうまく歩けないほどだった。
試写会場につくと、すでに満員の客が上映を待っていた。
チケットはとっくに売り切れ、急遽明日と明後日、二回ずつ追加上映されることになった。
満場の拍手に迎えられ、試写が始まった。
会場の真ん中に座った三人は改めてこの自分たちの映画を見返して、それぞれの思いを胸に抱いていた。
映画が終わると、観客は涙をぬぐいながらスタンディングオベージョンで彼らを讃えた。
3人は真ん中で立ち上がってそれに答えた。
拍手はいつまでも鳴り止まなかった。

翌日、この映画の買い付けが殺到し、3人は寝不足を押してブースに行った。
買い付けの契約書などもちゃんと用意してなかったため、昨日、ソウルの事務所に電話して今日の夕方にはHの事務所の社長がカンヌに来ることになっていた。同時に事務所からすぐフォームをFAXしてもらい、とりあえず「仮契約」という形でしか扱えなかった。
仮契約だけで一挙に20カ国から買い付けの予約が入り、3人は一日中ブースを離れることができなかった。
その間に記者会見に何度も応じ、とりあえず開放されたのは夜12時をすぎてからだった。
3人はカンヌのクロワゼット通りのカフェで今日初めての食事をとった。
空腹さえも感じることのできない一日だった。
ワインとチーズを頼み、メインディッシュが来るまでの間、3人とも何も話すことができないほど疲れていたが、その間も3人それぞれにサインをねだる客がいて、なかなか落ち着くことができなかった。
M監督がぼそっと言った。
「だから言っただろう?俺たちの映画が一番だって・・・」
Hもユリも何も言わなかった。

二人がホテルに戻ってきたのは真夜中の2時を過ぎていた。
あす、カンヌの受賞式が夕方5時から始まり、それに出て最終便で帰国する予定になっている。
明日も授賞式まで記者会見の要請がいくつか入っていた。
買い付けのオファーも今日、すべての依頼に対応できなかったため、多忙な一日になることが予想された。

ユリは疲れてベッドに倒れこんだHの隣に腰掛けて、
「こんなことってほんとにあるのね・・・神様ありがとう・・・」と言った。
Hは傍らに座るユリを自分の方に強引に抱き寄せると、そのまま寝息を立て始めた。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:25 | ONE LOVE ⑮

ONE LOVE ⑭

本格的な映画制作が始まった。
細部にまで拘るM監督はこのファンドの資金約三十五億ウオンでは さまざまな部分を妥協せざるを得なかった。
しかしユリのシナリオは主要人物も少なく、どちらかというとHの心理描写などに重きを置いている内容であり、舞台装置も特別に高価なものをそろえる必要がなかった。
製作発表も興味本位のマスコミが多少集まっただけで寂しい記者会見だった。
Hには厳しい質問が飛んだが
「今回の映画に関係のない事なので・・・」とM監督がそれを制した場面があった。
その後全員スタッフの揃った打ち合わせの後、監督がユリに声をかけた。
「音楽、期待してるよ」
ユリは明るく言った。
「もう ほとんど出来上がってるんです。話を書き進めながら同時にメロディが浮かんでくるんですよ。レコーディングさえ終わればCD-Rにおとしてすぐにお持ちします」
M監督はユリの笑顔がまぶしかった。
あのインタビューの時の透明感、聡明さ、それにたおやかさと自信のようなものが加わったユリを見た。
しばらく見とれてしまいユリの顔をじっと見ていた。
「監督・・・?」ユリに怪訝な顔をされ、ハッとして
「ユリさん。君 幸せなんだね。今」と言った。
ユリは照れたように笑った。

撮影は当初から監督自身のたてた綿密なスケジュールに乗っ取って順調にすすんだ。
初日の休憩時間にコーヒーを飲んでいるときにM監督とHは主人公のキャラクターの設定を話し合っていた。
Hの話に頷きながら、
「そんな感じでいいんじゃない? この話はあまり難しく考えないでやってみよう。
INPROVISE(即興)、例えば、台本与えられて、読んですぐに舞台で演じるような・・・」
「だからこそ、今回の役は君にとって、楽なのか難しいのかよくわからないが・・・君のそんなところを見たいね」と言った。
Hはユリにも数日前に言われて、そのことを考えていた。
監督の演出に従い、今回は自分の、その時感じたまま、エモーションに動かされるままでやってみようと思っていた。

ユリはHに撮影所に来てみれば?と何度も誘われたがけして行こうとしなかった。
現場の風景は見たくてしようがなかったが、UPする日まで感動をとっておこうと決めた。
同時に自分の書いたシナリオがどういうふうに形になっていくのか興味があるというよりも怖い・・・感覚があった。

ユリは音楽担当としてサウンドトラックについては早々に曲は完成していたが、今回はアコースティックな音にこだわり、いつも多様していたシンセサイザーは一切使わずにアコースティックギターの音を中心にして曲を書いた。
ギターソロ、ギターアンサンブル、ギターとウッドベースなどユリがイメージするこの作品の持ち味を生かして作り、すでにNYのジョディに連絡を入れ、「MOVA」のメンバーに全曲のレコーディングを依頼してあった。
ギャラが満足に払えないかも・・・という遠慮がちなユリの申し出に ジョディは言った。
「ぜひやらせてちょうだい!私 いつかユリの手がけるサントラ製作にも参加したいと思ってたのよ。」
そしてエンドロールに流れる曲にはジョディの歌う一曲を入れた。
ユリは一旦渡米し、メンバーとの再開を喜びつつ、ほぼ一週間で全曲のレコーディングを終了した。
ユリは思い通りにできたことに満足していた。
CD-Rにおとして監督に渡すと、ユリは映画以外の自分自身の仕事にとりかかった。

Hは よく、M監督を連れて二人のマンションに帰ってきた。
M監督はHより十歳年上でバツイチで現在独身のせいか、夜中まで撮影にかかると、撮影所の仮眠所で食事もとらずに寝てしまうのをHが見かねて一緒に連れて帰ったのだった。
二人は夜中近くに帰宅することがほとんどだったので、ユリの手作りの夜食を食べて、少し眠りそして朝、二人を起こして撮影所までユリが車で送る・・・そんな毎日だった。
Hを見ていると睡眠時間が十分とれていなかったが、充実していることがよくわかった。
食事時に話す内容で撮影が大体どこまですすんだかユリにも手に取るようにわかった。
自分たちが映画作りの真っ只中にいることが信じられない気持ちだったし、ましてユリの書いたシナリオが現実に作品になりつつあることを考えると身の引き締まる思いがした。

八月初旬にクランクインし、かなりのハイペースで撮影が進んでいた。
秋になっていた。
HはよくM監督と連れ立って帰宅することが多いため、ユリはいつものように多めに夜食を作って待っていた。
十時。いつもより早くHが一人で帰宅した。
「あら、今日は一緒じゃないのね」
ユリがそう言うとHはユリを抱きしめた。
「ユリ・・・誕生日おめでとう!今年はNYに帰れなかったね。」
そう言って小さな箱を取り出した。
中には真珠のピアスが入っていた。
「少し前ならどんなものでも選べたんだけど・・・ごめん」
Hは照れたように言った。
ユリはそれを受け取ると、そのピアスをみつめ「ありがとう・・・」と言った。
「私も今日、あなたへの感謝の気持ちを用意しておいたの」
プレゼントの中身は、ZIPPOのライターだった。
シルバー製でサイモンというデザイナーの手による、全面にネイティブアメリカンの植物模様の手彫りが施されたしゃれたものだった。
Hが気に入って使っているベルトのバックルに合わせた雰囲気のものをユリはずっと探していたのだった。
Hはそれを手にとって何度もつけたり消したりしながら
「これで またタバコがうまくなりそうだな!ありがとう、ユリ! でもタバコの本数は増えないようにしないとね。」
といたずらっぽく笑った。
「でも普通は、もう少しタバコを控えて・・・とか、言われないかと思ったこともあるんだ。僕の体のことを心配してファンからはよく言われるんだよね」
Hがそう言うと
「だって H タバコが似合うもの!あなたは!」そう言ってHの頬にキスをした。
Hはユリの誕生日をソウルで2人で迎えることができて本当に嬉しかった。
「ユリ、ありがとう。よかった。今日は監督に、ユリと待ち合わせしてるからって先に帰って来たんだ。今日はどうしても二人きりでいたかったから」
Hとユリは2人が出会ってから今日までにいろんなことがあったことを静かに思い返していた。
今 ユリが自分のそばで微笑んでいてくれることがHには最高に幸せだった。
ユリも同じだった。
今までのことを思えば信じられない程自分は強くなれた。というより元の自分に戻れた。
ジョディに言われた通り、自分がHのそばにいることが彼の幸せであることを今は実感できたし、ユリにとってもHがそばにいてくれることが自分の幸せだった。
Hはソファに座りなおすとユリを抱きしめて髪の毛にキスをした。
長い睫毛に、頬に、そして柔らかなユリの唇にキスをしながらHは思った。
「この映画をきっと成功させてユリにプロポーズしよう・・・」

季節は冬になっていた。
監督の残された猶予期間が迫ってきていた。
最後の主役の男のモノローグのシーンさえ撮ればこの映画の完成というところまで来た。
Hはさほど緊張せず、クランクインの時から ゆったりと素のままで演じてきた。そのままの雰囲気でそのシーンに臨んだ。
そのシーンは20分に及ぶ容疑者役のHの法廷でのモノローグであり、判決を前に語り始める容疑者の心の内・・・黙秘を続ける容疑者の心―家族への思い、恋人への思い、母親殺しにまつわる意外な事実も含めて、クライマックスシーンの中でもHの一番の見せ場だった。
それを1カットで取るため、現場のスタッフはみな少し緊張して見守っていた。
ユリは家にいて、いくつかの仕事をこなすためにピアノの前に座っていた。
「うまくいったのかどうか」が気がかりだった、と言うより「ちゃんと無事に終わったのか」が心配だった。
ラストシーンはユリが何度も何度も書いては消し、また考えて少し変えてみたり、かきあげるまでに一番時間をかけた場面だった。
Hの演じる主役の容疑者がどう語るのか?
ユリは落ち着かない気分で家にいるのをやめ、撮影所に行くことに決めた。
現場につくと、Hを中心にスタッフみんなが拍手をしているのが見えた。
「無事おわったんだ!」
ユリは嬉しくなってその場所にかけていった。
監督から花束をもらったHがユリをみつけて大声で叫んだ。
「ユリ!」
皆 一斉にユリを見た。
チノパンにキャメルのタートルネックのセーターを着た化粧っけのないユリがHに近づいた。
Hはユリを抱きしめて、監督からもらった花束を渡した。
スタッフは皆 涙をぬぐっていた。
ひとつの映画を制約の多い中で苦労して作り上げた。
尊敬できる監督、俳優に出会え、いい映画を作り上げることができたことで皆 充実感で満たされていた。
M監督はユリとHの肩を抱きながら
「ゆっくりしてもいられないよ。これから編集して、公開にむけて動き出さないとね」
と言った。

クランクアップしてからのM監督は編集作業で睡眠時間がとれないほど忙しかった。
彼の猶予も1ヶ月ちょっとしかない。
連日の徹夜でなんとかそれを終えると試写の日が決まった。
その日、ユリはM監督とHとは別にその試写室に入り、一番後ろで一人で上映を待っていた。
Hはきょろきょろしながらユリを見つけると、安心したように他のスタッフと真ん中に座った。
今朝 ユリは「今日は一番後ろで一人で見させて」とHに告げ、Hは試写室の最後列の真ん中の席に「RESERVED」の紙を貼っておいてくれたのだった。
映画が始まった。
ユリはスクリーンをみつめながら静かに見ていた。
完成した映画にはユリの映画への思い、主人公への思い、スタッフ達の思いすべてが込められていた。
110分間の上映が終わると皆 拍手をした。涙をぬぐうもの、隣のものと抱き合う笑顔のスタッフ・・・
M監督はユリの方に向かって歩いてきた。そのすぐ後ろにHがいた。
M監督は「ユリ先生、いかがでしたか?」とわざとあらたまって聞いた。
ユリはいきなり 監督の首に手をまわし、抱きついて
「ありがとう!・・・」と言った。
それ以上、何も言えずに嗚咽していた。
大粒の涙をポロポロと流していた。
M監督はふいにユリに抱きつかれ驚いたが、ユリを抱きしめながらHに向かってピースサインをして「役得役得」と言った。

映画は完成した。
ただこの映画の公開はずっと交渉していたが、やはり全国展開を受けてもらえず、単館上映でスタートするしかなかった。
全国ロードショーを強く希望しあちこちにかけあったが映画の内容を聞く前に門前払いだった。
Hとユリは希望を捨てなかった。
単館でもヒットにつながればロードーショー展開もありうる。この映画にはその価値があると信じて疑わなかった。
映画の宣伝も地味だった。
単に予算がなかったのだが、TVやインターネットに映画情報を流すことも限定された。

映画の公開日、単館ながら初日はHのファンで埋め尽くされ、Hは遠くから見に着てくれた客の顔を見ながら感謝した。
批評家も、絶賛してくれた者、好意的な批評をくれた者が多かった。
映画批評誌「映画人」は「いままでのHから一皮むけた感のある彼の演技は特筆すべき点」とHを高く評価してくれて、星取表も5段階の5になっていた。
ただ、初日はともかく、宣伝が行き渡ってない単館上映ということで、コアな 映画ファンがパラパラ見に来るだけで、席が埋め尽くされる・・・ということは無かった。
口コミでじわじわと観客は増えてはきたが、結果的には興行成績には結びつかなかった。
Hとユリはこの結果に何か、消化不良のような、やり足りないようなものを感じて、どうやって自分たちを納得させるか毎日自問自答した。
マスコミは
「H 惨敗!」
「中身はともかく宣伝力不足」
「結局資金面での手当てもできないHの見切り発車が失敗のもと」
そういったコメントが相次いだ。

Hとユリは自分たちの映画に出資してくれた個人投資家(主にHのファンが多かったが)に元本割れで償還することを考えると心が沈んだ。
全面的に協力してくれたスタッフにだってギャラと言えるほどのものが払えていなかった。

3週間の上映期間が終わり、興行収入、観客動員数はHとユリの期待に反した低い数字だった。
監督はその結果に渋い顔をして
「俺たちの自己満足で終わる映画のはずないんだよ!」
と叫んだ。
1週間後、M監督は次の仕事のために韓国を発った。

苦労して作り上げた自分たちの映画が、あっけなくおわってしまったことに二人はまだ納得できないでいた。
ユリの仕事は特別減ったわけではなかったが、Hについては韓国内での仕事が全く入ってこなかった。
今回の「CLOUDY HORIZON」の興行的な失敗が彼のイメージを払拭させることができなかったばかりか、かえってイメージダウンにつながったとも言えた。
Hは失意の中にいた。
自分とユリは家を売ってまで映画のために投資した。
批評家たちは一様に高い評価をしてくれたが、でも結果は?
自分は降板のきっかけになったあの番組で単なる理想論を展開しただけなのだろうか・・・
質が高ければ結果がついてくると自分は断言した。
今の状況を考えるとその絶対的な自信さえゆらいできた。
Oプロデューサーの高笑いが聞こえてくるような気がした。
「映画制作の本当の苦労を知らない青二才め!思い知ったか!」
Hはたばこを立て続けに吸った。

依頼されたCMの曲を作っているユリをHは窓辺のソファに座ってじっと見ていた。
ソファの前の低いテーブルの上には何冊かの映画誌、映画批評誌が置いてあった。
先日 上映が終了し、はっきりと興行的な失敗を自覚させられたばかりだったが、Hは
いいようのない虚しさの中にいた。

今まで何作もの映画に出演してきた。
それらすべてが大ヒットした訳ではなく、興行成績だけで言えば初期の作品などは失敗と言えるものも何作かあった。
しかしHにとってはあくまでも興行成績は流行や人気に左右されるものと考えていたし
自分が精魂こめて役作りをしたことに対して後悔したことは一度もなかった。
批評家達は「CLOUDY HORIZON」を一様に高く評価してくれた。
容疑者として語る最後のシーンを絶賛してくれた「映画人」のコメントをHは何度も読み返した。
でも、今回 彼はどうしても興行成績にもこだわりたかった。
それは、ユリが自分のために書いてくれたシナリオだったということももちろんだったが
このすばらしい作品が限られた観客にしか見てもらえずに上映期間を終え、監督や自分のために集まってくれたスタッフに充分報いることができなかったことがHを失望させていた。
ユリもおそらく同じ気持ちでいたとは思うが、彼女に対しての多くの仕事が落ち込む時間をユリに与えなかった。
Hにも韓国以外のアジア圏からのオファーは来ていて、今日も事務所に行った時に社長に叱咤されて帰宅したばかりだった。
「気持ちを早く切り替えろ!お前はいつもそうして来ただろう?」
社長に言われてHは力なく笑った。
そう、なぜ自分はいつもの様に切り替えができないのか?
自分から仕事を奪った業界に対してのうっぷんがはらせていないせいなのか?
そうかもしれない・・・とHはつぶやいた。
「スタッフのために、と言うより自分のプライドを満足させたかったのが本音なのだろうか・・・」
Hは頭の中でそれを否定しながらどうすれば前向きになれるのかを考えていた。
いつも次の仕事に取り掛かればその仕事に没頭できるはずだ。
Hはユリのピアノを聞きながらユリに微笑むと社長から渡されたいくつかの仕事について検討を始めた。

ユリは上映期間が終了してからHが気落ちしていることが気がかりだった。
自分の作品がHを主演に据えて現実に映画にすることができたことが最高に幸せだったし、その作品が自分の想像をはるかに超えたすばらしいものになったことに対して、H
、そしてM監督には感謝の気持ちでいっぱいだった。
興行成績は振るわなかったが、自分達は資金面の制約以外は一つも妥協せず持っている能力を総動員して、スタッフ全員で力を出し切ったのだ。
それでよしとするしかない・・・そう思っていた。
しかしHについては割り切れた自分と違って、どうやら未だに消化できないようだった。

夕食を終え、ユリは残っている仕事を片付けるためにピアノに向かっていた。
ふと気づくとすでに12時をすぎていた。
Hはいつのまにかリビングにはいなかった。
ユリは小さくため息をつくとバスルームに行きシャワーを浴びるとリビングに戻り、今日買ったボサノバのCDを聞き始めた。
ボサノバのリズムを刻む乾いたギターの音色が心地よかった。
しばらくそれを聞いていたが、ユリはふいに音楽を止めてそのCDを取り出すと、それを持って寝室に行った。

ベッドで横になりながらHはオファーのあった海外からのいくつかの映画の企画書を読んでいた。
寝室に入ってきたユリに気づくとHはにこっと微笑んでキルトを持ち上げてユリを促した。
ユリはすべるようにHのとなりに入り込むとベッドサイドのコンポにCDを入れた。
さっきまでリビングで聞いていたボサノバが寝室に小さく流れ始めた。
「素敵な曲でしょ?」
「最近 私ボサノバばかり聞いてるの」
ユリがそう言ってHを見るとHもしばらく流れている曲を静かに聞いていた。

「あなたを興奮させる企画はあった?」
ユリがHに聞くと
「強いて言えば・・・香港の映画が今のところ一番おもしろいかもしれない」
そう言うとHはまた企画書を読み始めた。
ユリはしばらくHの顔を見つめると体を起こしHの顔を優しく撫でながら軽くくちづけをした。
そして着ていたTシャツを脱いでHの顔を自分の胸元に持ってきて抱きしめると、優しくHの髪を撫でた。
Hはユリの胸元に抱かれたままユリの白い、柔らかな乳房に唇をあてた。
Hの髪をなでながらユリは言った。
「H・・・納得できない仕事なら無理にしない方がいいと思うわ。今までのスタンスを変えるべきじゃないと思う・・・」
ユリはHが韓国の映画界に認めて欲しかったという強い思いを充分わかっていた。
Hは黙っていた。
「あなたが今回の私たちの映画がヒットしなかったことで気落ちしていることはわかってるわ。もちろん私も残念に思ってる。でも・・・」
「CLOUDY HORIZONであなたは私の想像以上に、本当に役者としてすばらしい演技をしたと思ってる。あなたを主役にして書いたシナリオだけど、それが現実に映像になって見たときの感動は今でもはっきり覚えてるわ」
ユリは試写会の時の震えるような感動を思い出しながら言った。
「あの映画で、何か心残り、ある?後悔すること何かあった?」
Hはユリの胸に頭をゆだねて、右手で乳房をもてあそびながら「いや」と言った。
「H、あなたがスタッフのことやファンドに投資した人たちのこと、そして今回の映画が私のシナリオだったってこと、それを考えていることはよくわかってる。」
「でも、スタッフもファンもそして私も、あなたが役者として納得する仕事ができたかどうか、それがいつも一番大事なことだと思ってるの」
そう言うとユリはしばらく黙ったままHの髪の毛を撫でていた。そして言った。
「あなたのことを誇りに思ってるわ」
ささやくように、しかしきっぱりと言ったユリの言葉を聞いてHは顔を上げた。
そしてクスっと笑いながら言った。
「どんなときでも、やっぱり女性の方が勇敢だね」
Hはそう言ってユリを見つめ、体を起こすとユリの頭の下に左手を入れ、右手でユリの額の生え際をなぞると、ゆっくりと唇を重ねた。
ユリの白い滑らかな曲線をやさしく撫でながらHは思っていた。
「一番残念なことは・・・君にプロポーズをするのがまた遅くなってしまったことかもしれない・・・」
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:23 | ONE LOVE ⑭

ONE LOVE ⑬

何時間か過ぎた。
部屋はきちんと掃除され料理もとっくにできあがった。
手持ち無沙汰になってキッチンで立ったままコーヒーを飲むユリをHが呼んだ。
Hはユリを呼び寄せると自分の隣に座らせ、自分のほうに強く抱き寄せた。
「ユリ・・・君の才能はいったいどれくらいあるんだ?」
「映画を作ろう・・僕たちがどこまでやれるのかわからないけど、君のシナリオを読んで
今 無性にこれを演りたい」Hはユリにそういうとしばらくユリを抱きしめたまま黙っていた。
リビングで温めなおしたチゲの鍋をHに取り分けながら2人はこの映画のことを話し合った。
ユリは、これからこなしていかなければいけないことを一つ一つメモに箇条書きして行った。
①資金調達→映画ファンド?どうやって集めるか?最低でも50億ウオン?
②監督
③キャスティング→主役はHで決定 それ以外は?
④照明、タイムキーパー、プロンプター、スクリプター、メイク、舞台装置、衣装・・・
⑤音楽、脚本―ユリで決定
⑥全国上映にもっていけるかどうか?
⑦ADVERTISEMENT!
⑧PD→H&ユリ?
決まっているのは シナリオ、主役、音楽・・・それだけだった。
二人はユリの作った料理を食べながら この、今までで一番困難な仕事に取り掛かることを決めた。
キムチスープを飲みながらHが言った。
「監督は誰にしようと思った?」
「M監督しか考えてなかった・・・」
Hはにやっと笑って
「うん。実は僕もM監督に頼みたい。まさにM監督の演出の本領発揮できるシナリオだよ。ただギャラもろくに払えないし、まず彼のスケジュールが空いてるかどうか・・・」
M監督は「R」の成功以来、海外でも高い評価を得て、H同様、ずっと忙しい日々をすごしており、今は香港に招聘され そちらでメガホンを握っていた。
ユリは言った。
「とりあえず、M監督のPCのアドレスに今回の事と、このシナリオ送ってみるわ」
Hはユリが目を輝かせながら今回の映画作りの話をしていることはわかっていたが、資金調達(スポンサー探し)、宣伝に伴う、表立った仕事は彼女にはさせられないと心の中で思っていた。
それを見透かすようにユリが言った。
「H、この件は私も一緒に動くわ。一緒にというより手分けしてやったほうが効率がいいかもしれないわね」
Hは首を振った。
「ユリ、気持ちは有難いけどこの逆境の中で頭を下げながらスポンサーを探したりするのはハードだよ。僕に任せて・・」
ユリも首を振って
「どうして?私たちの映画作りで私は作曲だけしていればいいってこと?」
「私のことを心配してくれているのはよくわかってるけど、今回は私も動きたいの。もう私、大丈夫だから。それに後悔したくないの」
ユリのきっぱりとした態度にHは驚いた。
以前の、表に出ることを極力きらっていたユリとは別人のユリがいた。
Hはユリの手を取ってしばらく黙って彼女を見ていた。
「・・・ほんとに大丈夫か?」
うなずくユリ。
「よし、一緒にやろう・・・」
ユリは微笑むと、ソファの脇に置いた自分の荷物を手繰り寄せて言った。
「ソウルの私の家で、ネットもつながなければいけないし、元のように生活を戻す準備をしなくちゃ。一端 戻るわ・・・」
そう言ってソファを立ち上がろうとしたユリの手を突然つかむとHはきつく抱きしめて
荒々しく唇を重ねてきた。
ユリは驚いたが、そのキスを受け入れるとゆっくりと両手をHの首にまわしてHの唇を味わった。
HはユリのVネックのプルオーバーの下から手を入れると一瞬にしてブラジャーのホックをはずした。
舌を絡ませながら、Hは狂おしいほどにユリを求めていたこの二年半の空白を埋めるようにやわらかなユリの乳房を愛撫した。
ソファにユリを寝かせるとユリのプルオーバーを脱がせ、Hは自分もシャツを脱ぎ始めた。
ユリを抱きしめて裸の体を合わせるとユリの心臓の正確な鼓動を感じた。
そして、ひとつひとつ確認するようになめらかなユリの皮膚に指を滑らせた。

自分の腕の中にいるユリの生身の体に触れていると、かつて二人が過ごした三ヶ月の甘い日々に戻ることができた。
Hは仰向けのユリの髪の毛にキスをしながら言った。
「ユリ、もうどこにも行かないで」
ユリはHの顔を見上げて頷くと両手で彼の顔を優しくなぞった
Hは窓際に置いてあるリモコンのスイッチを手をのばして取ると、MDコンポに向かってスイッチを入れた。
音楽が始まった。
ユリは「え?」と小さく声をあげてHを見た。
流れてきたのは「ONE LOVE」だった。
「知ってる?いい曲だろ?今でもよく聞いてるんだ」
Hはジャズが好きだった。
大分前に、FMで聞いてすぐ気に入り 買ってから今でもよく聞いているといった。
ユリは笑いながら手を伸ばし、CDケースを取ると
「私の愛、あなたに届いてたのね」
そう言って、サブタイトルのところを指差した。
「Dedeicated to H」(Hに捧げる)
ユリがHを思いながら作曲したことを初めて知ると、Hは信じられない顔をしてユリを抱きしめた。

翌日ユリは自宅に戻るとすぐにインターネットが使えるように手配し、まず一番にM監督に今回の映画のことについて長いメールを書いた。
「ギャラが払えるかどうかわからない・・・」と書いたときにユリは少し不安になった。
自分の書いたこのシナリオを監督が気に入ってくれるかどうかが問題だ。
今は高額のギャラを取る監督だが、彼自身はギャラで動く監督ではないように感じていた。
ユリの書いたこの「CLOUDY HORIZON」を是非 M監督に託したかった。
そしてメールを書き上げるとそれを添付して送信した。

Hがユリのマンションに来た。
記者をまくのが大変だったとため息をつきながら・・・
そしてまずは資金調達のことを話し始め、早速二人で出かけていった。
投資会社、映画ファンドを取り扱うコンテンツ会社、銀行融資と投資を組み合わせたH自身の提案など毎日、Hもユリも慣れないことで時間が費やされた。
ある投資顧問会社で、その担当者が言うには、リスクヘッジすればするほどハードルが高くなる、つまり興行成績を確実にあげなければ失敗すると具体的な数字をあげて説明してくれて、二人は初めて、映画制作上の成功、失敗のボーダーラインを実感した。
Hは自分の逆境を充分承知した上で、率直に話してくれるその担当者を信頼し、映画ファンドはそこに任せることにした。
Hはユリの家に来る前に事務所の社長に今回の映画作りの件を話したが、予想通り反対された。
なんとか説得をして協力をしてもらうつもりだったが、結局自分たちの手でできるだけやるしかなかった。
GOサインが出るまで待っていたらいつになるかわからない・・・Hはそう思った。

ユリの家で食事をしているとき、ユリがHに言った。
「私、このマンションを売ろうかと思ってるの」
Hは驚いてユリをみて、言った。
「映画の資金作りのために?君がそこまでしなくていい。僕のマンションは実はもう売却するつもりで知人に頼んであるんだ。それと僕の車、貯蓄・・・それでどれくらいになるか・・・映画ファンドも今の状況ではどれだけ集められるかわからないし、とりあえず自分のは処分して足しにできればとおもってるんだ。でも。君はそこまでしちゃだめだよ。」
Hはユリにそんな負担を掛けるつもりはさらさらなかった。
資金不足の部分は銀行の融資を取り付けるために動くつもりだった。

ユリは心の中で決めていた。
Hに依存して全てを委ねてきた自分と今の自分とは違う。
自分で考え自分の意志で決めていこうと思っていた。

ユリは決心するとNYの両親にソウルのマンションを売って自分たちの映画の資金の一部にしたいと伝えたとき、父親は何のためらいもなく
「ユリの思うようにしなさい」と言ってくれた。名義はユリ自身だったが、ソウルに一人で住むことを決めたときに父親がチェジュ島の別荘を売却してユリのために贈与してくれたマンションだった。
贈与されたものでも、ユリは少しずつ父親に返済してきたのだが、残っている約半分も父親は「もう心配しなくていい」とユリに言った。
ユリはその半分残っている父親への負債もユリ自身で請け負うと伝え、それを納得させた。
父親は電話を切ったあと、ユリを思った。
平穏な、何も起きない静かな生活・・・ユリは何年もそれを望み努力してきた。
「挑戦」などと言う言葉とは無縁の生活を。
だが、今のユリはどうだ?
おそらく高校生からの夢だったろう、映画作りをしようとしている。
親から見れば、勝算があるのかないのかわからないが、ユリは決意し果敢に挑もうとしている。
それも愛する人と一緒に。
「過保護はやめて!」何度もユリに言われた。
もう そろそろ、ユリに嫌われないうちに彼に託そう・・・
父親は静かに笑った。
                                           
結局Hとユリはお互いのマンションを、 そしてHはアストンマーチンV12 VANQUISH、ベンツAMG、フェラーリ575M 合計3台の愛車を売却し、そして今まで放っておいたHの貯蓄などをあつめ、合計12億ウオン(約1臆2千万円)を出資し、資金計画はスタートした。

Hのアジア中のファンも次々に個人向け映画ファンドに出資してくれて、少しずつまとまった金額になってきた。できればすべての資金をあわせて50億ウオンくらいはなんとか集めたかった。
ただ、映画ファンドはヒットしなければ元本割れで償還される。それも今回はリスクヘッジなしだ。もしヒットしなければ 最悪20%程度しか投資者には戻らないことになる。
今の自分に投資するのはハイリスクだった。リターンがどれだけ見込めるか?自信も情熱もあるが、その不確かなものがどれだけ確実なものになっていくのか、今の段階ではわからなかった。
マスコミはHとユリが自宅を売却してまで、映画作りをしようとしていることに否定的な意見だった。
「Hは悪あがきをしている」
「結局 日本人女性とつきあった結果がHを悲運にさせている」
「今回の映画はリスクが高すぎて投資にはお勧めではない」
「Hのように 国のやり方を否定するものは映画界から追放しろ!」などなど厳しいコメントが相次ぎ、Hとユリを取り巻く状況が逆境であることに変わりはなかった。

M監督からの返事は一向になく、ユリとHはため息をついた。
二人は同時期に家を売却したため、賃貸の物件を一つ借りて一緒に住み始めた。
お互いの膨大な荷物はクアンジュのHの実家のほとんど使われていないHの部屋(15畳と20畳の部屋)に押し込んだ。
仕事に必要なもの(ほとんどユリの音楽機材だったが)と少しの身のまわりのものだけを新居に移動した。
映画作りの事だけを考えた二人のささやかな生活が始まった。
二人とも当面の生活資金以外はほとんどファンドに投資したため、Hは学生時代の時のように節約を強いられることになった。

ユリはメールを毎日チェックして、自分のやりかけの仕事を整理しながらすすめた。
今の最優先はなんといっても「映画作り」だ。
ユリがソウルに戻ってきたことがマスコミによって公になってから、皮肉にもユリを待っていたさまざまな韓国内の企業からのオファーが飛び込んだ。
ユリは慎重にそれらの仕事の内容を吟味しながらメールで返事を書いた。
演出はM監督にオファーしたかったが返事がない以上監督は誰か他の人も検討しないと・・・それなら早く決めてコンタクトを取らないと、と二人は考えはじめていた。
二人の投資と設立した映画ファンドの合計は役30億ウォンになっていたが、そのほかにも映画作りは山積みの問題が解決せずに残っていた。
嬉しいことに「Hと一緒に仕事をしたい」と言ってくれる若いスタッフがポツポツといてくれて、彼らと会ってこの映画の説明をする機会を持つようになった。
企画制作、映画ファンドの設立まで行っても、クランクアップがなかなか決まらず
「H氏、映画作り頓挫?」と言う記事が出て、ある重鎮の批評家が
「今の状況では何をやってもだめでしょう・・・静観すべきでしたね」
とわかりぶった口調でテレビで言っていた。
Hとユリの映画作りのことさえ新鮮味のない話題となり、段々批判さえも取り上げられることがなくなっていった。
そんな中でもHはユリと食事しながらユリの書いたシナリオについての自分なりの解釈を伝えた。
そして「君はどう思う?」と聞いた。
ユリはうなづきながら、
「H、深く分析する必要ないわ。作りすぎる必要なんてない。直観で、素のままで‘演技すること’から少し離れてやってみれば? あなたの演技には感性とか瞬発力をいつも感じてきたわ。あなたはそういう役者だと思う・・・」
そう言ってユリはHを見つめた。
Hはシナリオの持つ情緒を考え、その中で登場人物になりきろうとしてきた。
ユリのことばはともすると、自分の演技スタイルを変えたほうがいいと言っているような一言だった。
「ユリ・・」
そう言いかけた時 チャイムが鳴った。
ユリがドアをあけるとそこにM監督が立っていた。
「監督!」ユリが声をあげると奥からHも出てきた。
Hと監督は何もいわずに抱き合った。
M監督はソファにすわりながら「狭いけど、なかなかいい部屋じゃないか・・・」と笑った。
実際 70平米強の広さの中に二人の荷物がぎっしりと置かれていた。
M監督はユリに向かって言った。
「ユリさん・・・どうして僕はもっと早く君の作品を見せてもらわなかったんだろう・・・
あのインタビューのとき、君はいくつか書いてるものがあって・・・って確か言ってたよね?君と映画の話をしていて、実はものすごく君の書いてるものにも興味があったんだ。
そのあと忙しくて・・・今回、二日前に帰国してPCを立ち上げたら・・・宝物がプレゼントされてた・・・」
Hは監督に「一緒にやってもらえますか?」と聞いた。
M監督は「それはこっちの台詞だよ。ギャラを払ってもやらせてもらうよ!」と言った。
Hとユリは顔を見合わせて抱き合った。
M監督は続けて言った。
「君たちの事、Hの今回のこと、だいたい聞いてる。確かに逆境には違いないが、久々新人時代を思い出して興奮してるよ。」
そう言うとバッグからプリントアウトしたユリのシナリオを出して言った。
「寝ずに読んだよ。何度も何度も・・・」
そしてHに
「やっぱりこの主役はアンタしかいない・・・」
とニヤリと笑った。
ユリもHも同じ興奮に包まれていた。
「さて、資金、スタッフ、何せ プロデユーサーもいないから僕も動くしかないね」
そして、次の映画がもう決まっているために監督には五ヶ月しか猶予がないと言った。
一切今後のスケジュールのないHと違い、M監督のタイトなスケジュールに合わせて
事を運ぶしかなかった。

Hとユリの映画作りにM監督が加わったことが一部のマスコミに取り上げられていくつかM監督に取材要請が来た。
「H氏と組むことであなたも韓国映画界に対して同意見ということですか?」
という類の質問ばかりのため、彼はそれ以降の取材は拒否することにした。

照明、撮影監督、メイクなどM監督となら仕事をしたいと申し出るスタッフが次々に現れた。
すでに「Hのためなら協力する」と言ってくれたスタッフを合わせるとほとんどのスタッフが揃うことになった。
ありがたかった。
彼らにちゃんとギャラを払える興行成績を出したい。とHは思った。
今まで自分はそれには拘らずに仕事をしてきた。
しかし、自分が製作側に立ってみると、今この逆境の中で応援してくれる純粋なスタッフ
達のためにはなんとか成功させたい!と心から思った。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:22 | ONE LOVE ⑬

ONE LOVE ⑫

ユリは初めてジョディ達のツアーに参加することになった。
いつか一緒に・・・と以前からメンバーに請われていたのだが、ユリ自身の仕事が少しずつ増え始めてきて長い日数の拘束が難しかったのだが、今回 ユリは前もって仕事を調整し、やっと参加することができるとジョディに伝えた。
ジョディは大喜びした。
「ONE LOVE」だけでなく、ユリのピアノが入ると「MOVA」のサウンドの奥行きが全く違ったし、今回のツアーは大きなコンサートに初めて参加することで、ジョディとしては絶対に観客にアピールする必要があった。
不思議なことに、少しずつ売れ始めると意識がちがうのか、メンバーそれぞれが実にいい音を出すようになっていた。
もちろんジョディも相変わらずパワフルな歌いっぷりだったが、それだけでなく、バラードも聴かせる歌手になりつつあった。
今回はユリが参加してくれることもあり、皆 ライブに集中できるように、今まではロンとスティーブが交代で運転手をつとめていたのだが、今回はスティーブのつてでツアー専用のドライバーをやとった。
大きなキャンピングカーを借り、今回はNYからロスまで7箇所を回るため、以前はツアー終盤はへとへとになっていたのだが、移動中は最低限メンバー全員が睡眠を取れるようにと手配したのだった。
当日、NYを出発する夕方5時に彼はやってきた。
25歳の韓国人の男性だった。
彼がほとんど英語しか話さなかったので、ドライブインで休憩しているときにユリは彼に尋ねた。
彼はアメリカ生まれアメリカ育ちであり、両親は今でも家では韓国語を話しているので韓国語を聞いたり話したりするのには支障はないが日常生活が100%英語なので、実はあまり韓国語は得意でないと話した。
ユリはそれを聞いてがっかりした様な安心した様な複雑な気持ちを抱いた。

ツアーはライブハウスが多かったが、ロスでは野外でのジャズコンサートに参加し、大喝采を浴びた。
ラスト曲の「One Love」はクラブチャート1位をとって以来、「MOVA」の18番となっており、何度もアンコールを求められた。
ユリは自分がジョディ達とこの場にいて、気持ちよくピアノが弾けることに満足していた。
「気持ちよく」というのはライブでのメンバーとの呼吸も今ではピッタリ合ってきており、曲によってはメンバーをユリがリードすることもあったのだが、その時の雰囲気でinproviseするのが最高に心地よかったのだった。
ロンが言った。
「よければ僕らのグループでこれからもやらないか?」
ユリは彼の申し出がありがたかったが、映画作りの世界に携わって行きたいという自分の夢を話した。
「MOVA」と知り合えたおかげでこれからユリの音作りに影響を与え、引き出しが増えたことを感謝しながら。

NYからニュージャージー、、ペンシルバニア、フロリダ、ワシントン、ロスそして最後にマサチューセッツで何箇所かのライブも好評を博し、メンバーはNYまでの最後の旅の最中だった。
ジョディ達は疲れてぐっすり眠っていたが、ユリは助手席に座りアルバイトの韓国人ドライバーの労をねぎらった。
途中立ち寄ったドラッグストアでコーヒーを2人分買い彼に差し出した。
「お疲れ様!あなたのおかげで今回 みんなライブに集中できたわ」
彼は嬉しそうに言った。
「いやあ、とにかく今回のギャラでテレビを書いたいんですよ。僕専用のね」
「テレビ?」
「リビングのテレビは親がずっと韓国放送を流しっぱなしで、夜は母親が韓国ドラマを見ているし、俺の見たいNBAのバスケを見せてもらえないんですよ!」
ユリはそれを聞いて笑って言った。
「だって韓国ドラマって面白いもの!」
ユリはふいにHのことを思い浮かべた。
きっと元気で活躍しているんだろう・・・

タイミングよくアルバイトのドライバーが聞いた。
「ユリさん、Hっていう韓国俳優知ってます?」
ユリは自分の心を見透かされたようでドキッとした。
「え?ええ」
「うちのおふくろはそのHっていう俳優の大ファンなんですよ」
「そうなの・・・」
彼は話を続けた。
「そういえば、そのHが今 仕事を干されているって知ってます?」
「え?」
「なんか、わかんないけど、なんて言ってたかな・・・国策を批判したとか?だったかな?」
ユリは思った。
国策を批判?考えられない。Hは政治には全く興味ない、関与するつもりもないと常々言っていたことを思い出した。
「それ、詳しい話、聞かせてくれない?」
「いや、詳しいことは全然わからないんですけど、おふくろが騒いでて、確か2ヶ月か3ヶ月くらい前の事ですよ」
「今も仕事してないってこと?」
「どうなんですかね・・・多分そうだと思いますけど。この前もHがテレビで見れないんじゃ楽しみがないっておふくろが嘆いてたから・・・」

ユリは心臓がどきどきし、手の平に汗をかいてきた。
「なぜ?どうして?」
ユリはNYに着くまでの時間がもどかしかった。
NYに着くと挨拶もそこそこにアパートに戻り、ユリはすぐにPCを立ち上げてHのことを検索し始めた。
Hと別れてからあえて一度もHのサイトは見ないようにしてきた。
Hの3ヶ月前のことを詳細に綴ってあるサイトにたどりつきユリは夢中で読んだ。

Hは韓国映画界の将来を案じて彼らしい率直な意見を述べた結果スポンサーサイドからクレームがつき降板となったことを知った。
同番組に出ていたプロデューサーの意見、Hを批判するコメントも読んだ。
映画の降板のみならず、CM契約も無くなり、Hは完全に業界から干されてしまった様だった。
その後 彼はよく参加していたチャリティにも出席せず動向がつかめなかった。
彼のファンサイトでも、彼を心配し心を痛めるファンの書き込みが多数あった。

PCの前で目をつぶって下をむいて黙ったままのユリを見て声をかけた。
「ユリ、どうかしたの?」
ハッとしてユリはジョディの方を向いて言った。
「ジョディ、彼が、彼が、今 大変なの・・・」
ジョディはハングルで書かれているその画面を理解することができなかったが、あの韓国俳優Hの身に何かよくない事が起きた事だけは感じ取れた。
「私、どうしたらいいんだろう・・・」
ユリは青い顔でそうつぶやいた。
黙ってPC画面を見つめているユリの目に涙が浮かんできた。
「ユリ!今 あなたにできること?決まってるじゃない。彼に会いに行くことよ!」
「彼に会いに行く・・・?私 会いに行って・・・いいのかな?・・・」
「もうじれったい!ユリ、もう そう決めてるはずでしょ!」
ジョディにそう言われてハッとしたユリはPCの自分のファイルを呼び出してスクロールし始めた。
そして書き溜めてあったいくつかのシナリオの中から一つを選び 推敲を始めた。

自分が今できることは?
2人でできることは?
「映画をつくること」

ユリは朝までかかって手直しをするとそれをプリントアウトし、その間に自分の荷物をバッグに詰め込み始めた。
そして実家に電話を入れた。
「ママ、ユリです。私、これからソウルに行ってきます。しばらく戻れないかもしれないけど、また連絡するね」
母親はユリからの突然の電話でわけも分からないうちに電話を切られてしまい、受話器を見つめた。
「ソウル?」

ジョディは朝 起きると必ず冷蔵庫のグレープフルーツジュースを飲む。
ユリはジョディがすぐに気づくようにキッチンに置手紙を置くことにした。
冷蔵庫にジョディの走り書きがマグネットで張ってあった。
「Good Luck!ユリ。サンドイッチ作って置いたから食べてって(味は保証しないけど)」
ユリはそれを読んで
「ジョディ!ありがとう」と言いながら冷蔵庫を開けて、アルミホイルに包まれたジョディのお手製のサンドイッチを持って空港に向かった。
ユリの左手の薬指にはHから贈られた指輪が光っていた。
ソウル行きはすぐ席が取れ、ユリはJFK空港に着いてから40分後には空の上にいた。
飛行機の中で、昨日ジョディに言われたことを思い出していた。
「ジョディ、ありがとう・・・私 あなたには本当に感謝してるわ」
「私に感謝?ユリったらぁ まだわからないの?あなたが変われたのは彼のおかげなのよ。
彼の愛をいつも感じてたんでしょう?一日も忘れずに。私がユリに出会えたのは偶然じゃない。彼の愛にはっきり気づくためにあなたが選んだのよ。私を」

8時間後ソウルに到着。
約2年半ぶりのソウルだった。
あの時、気分が悪くなるほど自分の顔が週刊誌を賑わしていたのに、ソウルに戻って来た今、自分が全く動揺していない事を感じた。
それ以前に今はユリを見ても誰一人振り返ることもなかった。

ユリはHのプライベート用の携帯電話の番号を呼び出してかけた。
何回呼び出しても出なかった。
ユリの携帯電話の番号はあの頃とは違う番号、つまりHにとっては見知らぬ番号になる。
H自身の番号だって変えている可能性がある。
ユリは祈るようにもう一度かけた。
・・・・・・8回、9回、10回・・・

「もしもし・・・」
2年ぶりに聞くHの声だった。
ユリは叫びたい衝動にかられたが、抑えて言った。
「ユリです」
その声に驚いたのか、しばらく何の反応もなかった。
「ユリ?ユリなのか?・・・今 どこ?」
「仁川空港にさっきついて、あなたの自宅に向かうタクシーの中」
「え?」
Hはすぐ言った。
「ユリ、今は来ない方がいい。僕のマンションのまわりには記者達がうろうろしてるから」
ユリは苦笑した。
H自身のほうが逆境なのに、相変わらずユリのことを気遣ってくれるHが変わらないままでいることが嬉しくなった。
「平気よ。私 あなたに話したいことがあるの」
「・・・わかった。待ってるよ」
Hは、何のためにユリが自分のところにくるのかいぶかしく思ったのか、低い声で答えた。
Hの気落ちした声を聞くとユリの胸が痛くなった。
ソウルのHの自宅マンション近くに着くと、マンションの手前でタクシーを降りスーパー
マーケットで一通りの食材を買い込んだ。
自分では料理をしないHが、今 ちゃんと食べれていないはず・・・
ユリは両手一杯に買い込んだ食材と共にHの自宅マンション前についた。
2人ほど記者らしき人物がうろうろしていて、その一人がユリに気づいた。
「倉本悠里さん?ではないですか?」
フラッシュを浴びた。
「H氏に会いにきたんですね?」
「今の状況、ご存知ですよね?」
「お二人は別れたんじゃないんですか?連絡を取り合っていたんですか?」
彼らの質問には一切何も答えず、ユリはHの部屋の番号を押すとオートロックのドアの中に入っていった。

Hの部屋の前に着き、チャイムをならすとすぐドアが開きHが出てきた。
2年半ぶりにあうHを見た。
髪が少し伸び、無精ひげとこけた頬、何より目の輝きのないHが立っていた。
「セクシーになったじゃない?・・・」とユリはわざとHに言った。
「ユリ・・・」
Hはドアのところに立つユリの腰を引き寄せ きつく抱きしめた。
二人とも何も言わずお互いの胸の鼓動を、体温を感じていた。
Hは体を離してユリを見つめた。
無言の中に二人は数え切れない言葉を交わした。

何度も何度もHはユリの夢を見た。
「笑っているユリ」の時もあったし「泣いているユリ」の時もあった。
そのたびにHは目を覚まし、そのまま眠れぬ夜を過ごした日々を思い出した。
ユリに別れを告げられた後、HはユリのいるNYに行こうとした。
どうする事がユリにとって一番幸せなのか、自問自答を繰り返した日々を思った。
ユリもまたHにだきしめられながら感じていた。
自分から別れを告げてしまったことへの後悔。
「ただ自分が楽になりたかっただけ」とジョディに言われ、気づいたこと。
ジョディの言う通り、会えなかった今日まで、ずっとHを感じていた。
Hはユリの頬をなでながら顔をみつめた。
自分の腕の中にユリがいることは夢じゃないのか?本当に現実なのかと思いながら。

「心配かけてごめん」Hは言った。
俳優として自信を持って歩んできたH.
興行成績にこだわること無く「役者」として生きることに情熱を傾けてきたH。
目の前にいるHは、迷い道に紛れ込んで途方にくれている子供のようだった。

二人はリビングのソファに座ると、ユリが聞いた。
「ちゃんと食べてた?」
Hは首を振りながら
「いや、実はろくなもの食べてない。外に出れば記者達に囲まれるし、先日弟が持ってきたインスタントのものとか・・・」
Hはタバコを吸いながら下を向いて話した。
マルボロの空き箱がごみ箱に何箱もあった。
「僕の今の状況 知ってるよね。今回は参ったよ・・・仕事がないってこんなに辛いことなんだって・・・あの映画は自分でもすごくやりたい仕事だった。いつまで続くかわからないこのオフで、本を読んだりしようと思ったけどそれも集中できない。」
「役作りに集中していた途中で突然 お預けになってしまって・・・」
目の前にいるHは演技をする事に飢えていた。
ユリはHの手の上に自分の手を重ねて言った。
「また、ソウルで仕事をしたいの。あなたと一緒に」
「僕と?」
「ユリ、知ってるだろ。僕の状況・・・」
Hはつらそうな顔で言った。
ユリはHから体を離し、バッグから紙袋に入っているファイルを取り出した。
「映画を作らない?私たちの手で」
「え?」
「今のあなたの状況は知ってるわ。本当に驚いた。でもあなたらしいと思ったわ」
「私 以前から少しずつシナリオを書き溜めてたこと知ってた?」
ユリはJFK空港に向かう直前にプリントアウトしたシナリオをHに差し出した。
「もし、これを気に入ってもらえればなんだけど・・・」
Hはユリから差し出された分厚いシナリオを取り出してみつめた。
そしてユリを見た。
ソウルでHと過ごしていた頃のユリとなんとなく感じが変わっていた。
透けるように真っ白だったユリの肌は少し陽に焼けていたし、いつも何かに怯えているような感じがなくなって、自信にあふれているような雰囲気を持っていた。
ユリが暇さえあれば、シナリオを書いていることは知っていたが、Hが「読ませて」と何度言っても「完成したらね。」と言って読ませてもらえなかったことを思い出した。
Hはシナリオを見つめて言った。
「これは・・・?」
「私があなたを主人公に想定して書いてきたシナリオの一つなの。ソウルにいた頃からほんとに少しずつ、何回も書き直しながらいつか映画にできれば・・・と思ってきた私の夢」
Hはしばらくユリをみつめるとそれを読み始めた。
ユリは買いこんできた食材を冷蔵庫に入れ、コーヒーを入れ始めた。
真剣にシナリオを読んでいるHの邪魔をしないように、散らかったリビングを少しずつ片付け始めた。
コーヒーをHの前に差し出した時もHはそれに気づかない様だったが、声はかけずに
キッチンに行くと、シンクに置き去りにされているグラスを洗い始めた。
なべに火をかけチゲを作り始めた。
チャプチェ、チジミ、キムチスープ・・・Hのマンションに来る前にスーパーで調達した食材を次々に調理した。

Hはたばこを吸いながらユリから渡されたシナリオ「CLOUDY HORIZON」を読み続けていた。
ユリに渡されて読み始めるとHはすぐに主役の男が自分の目の前で語り始め、動き始めたことを感じた。
Hが次の作品を選ぶときにいつも、そのシナリオを読んだときの直感を大切にしているのだが、このシナリオはまさに最初からそれを感じた。
主人公の男は病気がちの母親を抱えた無口な男。
社会の底辺で生きる母親思いの息子。彼には恋人もいて貧しいがささやかな幸せの中で生きていた。
ある日、その母親を殺害した容疑で彼は逮捕される。
彼はあっさりと罪を認めるがその動機も全く語らず、決定的な証拠もなかった。
取り調べていくうちに少しずつ彼の生い立ちにかかわる様々な人間模様が浮き彫りにされてくる。
男は誰かをかばっているのか?
そして、検察側がある事実を男に示した時 男は語り始める。
そこには死んでしまった母親への思い、幼い時に生き別れてしまった父親への憎しみ、自分の感情では理解できない母親が抱いてきた父親への愛。
そして 男の恋人への思い・・・
男は本当に母親を殺したのか?・・・・

Hはシナリオを読み進めながら、自分にとって初めての役どころだと思った。
大げさなシーンもなく、日常も淡々と描かれ、主役の男は最後のモノローグのシーンまで
台詞もそれほど多くなかった。
つまり、心理描写・・・台詞ではなくまなざしや手のちょっとした動きで彼自身の心を表現する必要がある・・・と感じた。
Hはそのシナリオ「CLOUDY HORIZON」の中に入り込んでいった。
主役の男として。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:20 | ONE LOVE ⑫

ONE LOVE  ⑪

夏の終わりだった。
ある日ユリからマンハッタンにある実家に電話がかかってきた。
父親は久しぶりのユリからの電話に嬉しそうに声をあげた。
「ユリ!たまには顔を見せなさい。元気にしてるのかい?」
「パパ、私は元気よ。仕事も最近忙しくなってきたの」
弾んだユリの声を聞いて父親は安心した。
「ユリ、今年のお前の誕生日だけど、どうする?今回はおいしいフレンチでも食べにいくかい?」
「パパ・・・そのことなんだけど、ごめん・・・その日ジョディ達が私のためにパーティを開いてくれるっていうの。それでね。他のメンバーも来るから・・・」
「だから、ごめん。今年は行けそうもないわ。でも、10月に入ったら必ず一度帰るから。
ママに宜しくね」
一方的にユリに電話を切られて父親は唖然とした。
「あのユリが?誕生日に友達がユリのためにパーティを開いてくれる?それを楽しみにしてる・・・?」
父親は受話器を置いたまま自然と笑みがこぼれた。

父親はユリが、Hと別れてから夜と昼が逆転する様な不規則な生活をしている中で、なにかを忘れようと必死になっているユリがいたたまれなかった。
つてを頼って高名なカウンセラーにユリを託そうと夫婦で考えた事があった。
もちろんそれはユリに拒否されたが。
ジョディと言う黒人の女性歌手とユリが一緒に暮らすようになってからのユリの変化(嬉しい変化だが)には父親自身も驚いていた。
「1時間100ドルのカウンセラーよりよっぽどジョディの方が腕がいい・・・」
父親は満足気に頷いた。


ユリと別れてから2年が過ぎ、さらに季節が過ぎていった。
Hは韓国映画史上最高の制作費をかけた映画の主演に決まり、その役作りに日々を過ごしていた。
その映画の主役として出演するHのギャラも最高額であることも話題になっていた。
撮影の合間にもHは雑誌の取材、グラビア撮影、TV出演などがいくつか入っており多忙を極めていた。

HはあるTV番組に出演していた。
一週間後に東ヨーロッパにロケに行くのを控え、目の回る忙しさだったが、番組の内容が「韓国映画界の現状について語る」というテーマであり、スクリーンクオーター制を保守するストライキなどに必ず積極的に参加するHには強い出演要請があり、それを受けたのだった。
Hをはじめとする実力派俳優数名がコメンテーターとなり、様々な意見交換する、という設定の番組だった。

番組の収録がスタートすると司会者はまず、重鎮の元プロデューサーのOに問題提起をした。
そのプロデューサーは、韓国映画が今活況を呈している現実を自画自賛しながら今の方向を維持すべきだと力説していた。
それに対してHのとなりに座っている老年の俳優が
「全くそのとおりですね。やっとこんな時代が来たと今 思いますよ。まあこれからは若手の人もこの方向性は見失わずに行ってほしいもんですね。アジア、特に日本からのオファーが相当増えていることを思えば、そちらのほうも市場としては侮れない・・・」
Hは彼らのやりとりを聞いてうんざりした。
「全く机上の空論だ」
Hがこのディスカッションに積極的に乗ってこないことに気づいた司会者がHに尋ねた。
「Hさん、先ほどのO氏の意見に対して どの様に思われますか?」
Hはこの場をとりつくろって次の議題に進めさせるべきなんだろうと思ったが、しばらく考えて切り出した。
「先ほど、O氏の意見、アジア、特に日本からのオファーが増えていて・・・と言う話ですが、それらの国に迎合するあまりに映画の中身、質はどうなんだと言いたいですね」
その答えに司会者は職業的な勘でさらにHにあおってきた。
「つまり、HさんはO氏にはある意味反対の立場ということですか?」
それをOが憮然として聞いている姿がTV画面に映し出された。
「反対・・・ではなく、迎合するのではなく、本来、韓国内で作り出されたきた映画の高いレベルを維持するほうが大事と言うことをいいたいんです」
そこにパネリストとして参加している俳優や元プロデューサー達は、場の空気が変わったことに気づいた。
「質が高ければ評価がついてくると僕は信じてるんです。問題なのは、最近の傾向はアジア圏で売れるのかどうかを制作の基準にしている、その損得勘定ではないでしょうか」
Hの発言は参加者を黙らせてしまった。
中年の実力派俳優Tが発言した。
「確かにH氏の言うことは正論です。だからと言って韓国内での映画制作の現状にどれほど問題がありますかね?実際 質を高めたからこそ海外のオファーが増えたわけだし・・・」
そう言うと同意を求めるようにまわりを見た。
皆 一様にそうだそうだと言わんばかりに頷いていた。
司会者は更にHに聞いた。
「その意見についてはいかがですか?H氏」
「率直に言って、いくつもの映画が輸出され高値で買い付けされる。そしてもてはやされる。興行成績をあげるもの=いい映画。最近はこの図式が業界の常識なのではないですか?」
「その、本当にいい映画をつくることを許してくれた過去の土壌が今 失われつつあるんじゃないですか?もてはやされた映画のどれほどが、今後も語り継がれるような価値があることか・・・疑問ですね」Hは言った。
「今までの先輩たちが苦労して映画を作り続け、やっと韓国映画の質の高さを認めてもらえるようになった。大事なのはこれからですよね。興行的な成績を第一に考え始めると絶対にその弊害があるのではないでしょうか?」
「君もまさに、アジア圏に輸出した映画にいくつも主演しているじゃないか」
Hのとなりに座っていた俳優が言った。
「そのとおりです。でも、僕自身は、シナリオを読んで、まず、この映画はあたるかどうか?それを基準に考えたことはないです。むしろ、そういう雰囲気のぷんぷんした映画はあえて選ばないようにしてます。全部が全部、そういった企画のものではなく、メッセージを伝えたいと言うシナリオのパワーを感じるものは今でもたくさんあります。ただ、先ほど言ったように、多くの企画がそういう流れになっていることを言ってるんです」
苦虫を噛み潰したような重鎮たちの顔が画面に大写しされる。
司会者はこの場の雰囲気を取り繕う必要があると感じた。
「まあ、H氏の言われている芸術性、質の高さとかは確かに商業主義とは往々にして相反するものですよね。これからの若い監督たちにとっても永遠のテーマでしょう。先日、O氏が審査員をしている、新人監督賞のお話ですが、いかがでしたか?今年は?」
Oは自分にカメラが向けられると、気を取り直したように威厳のある態度で話し始めた。
「毎年、100本くらい出品されるんですが、その審査をしていると実にすがすがしい気分になりますね。今年もいい作品に出会えました。ぜひ彼らにこれからの韓国映画界を担う存在になってほしいと思ってます」
司会者はO氏を讃えるコメントを言った。
そしてまた、Hに振った。
「Hさん、こういったO氏の新人発掘という地道な活動も大切なことですよね」
Hは言った。
「そうですね。昨年、僕も審査員として参加させてもらったんですが、O氏がおっしゃるように、監督の視点とか、撮影の手法や、せりふまわしなど、本当に新鮮でした。でも、それら受賞作品のいくつが実際に上映されたんですかね」
「この賞はせめて、あたるかどうか関係なく、陽の目をみさせてあげたいですね。新人たちを育てる、応援する、そのバックアップ体制がもっと充実すればいいと思います」
Hのコメントがまた出演している重鎮たちを黙らせてしまった。
OがHに言った。
「では、君は今ある新人監督賞がいかにも有名無実とでも言いたいのかね?」
Hがそれに答えた。
「夢を持って応募した新人たちの新鮮な作品も結局、上映されるのかどうか、その基準が問題なのではないでしょうか?少なくとも彼ら新人の、これらの作品を商業主義からはなれて、上映する機会をもっと多くしてほしいと思ってます。考えても見て下さい。今はデジタルビデオで素人さえも気軽に映画らしきものが撮れる時代なんです。自由な発想、新鮮な発想は、映画を学ぶ学生たちのそんなところからも出てきていると思います。ただ、彼らの柔軟な発想も結局、大作と同じ基準で是非を問うた時、彼らの未知数の可能性は閉ざされるとおもってるんです。O氏も審査委員長をやってみて感じられたと思うんですが、出品作の中には宝石のように光り輝いているものもあった。映画界のいろんなKNOWHOWを知らない彼らだからこそ作れる作品です。僕はさきほど、質の維持に拘るべきと言いましたが、今 一線で活躍しているクリエイターの10年後、20年後を考えて見て下さい。層をあつくしておかないと韓国映画界の将来はどうなるかと思います」
Hがコメントするたびに緊張感をもった場の雰囲気になった。
Hは生来の率直な性格から、お茶をにごしたり、その場を取り繕うようなコメントをするようなことはできなかった。
いつしか6人のパネリストは H対他5名でくっきりと立場が別れてしまった。

そのあと、Hはスクリーンクオーター制のストライキに参加した時のことを質問され、それに答え 番組は終了した。
30分の番組ながら結局Hの「韓国映画界の現状批判」のイメージで終わった感があった。
テレビ局に電話が鳴り始めた。
Hの姿勢を応援するコメントも数多くあったが、韓国映画の反映を国策でもりあげていることを考えると、国策批判ではないかというオーバーな意見を持つ意見がどんどん増えていった。
特に、新人監督賞のスポンサーは今回 Hがクランクインした映画の主要スポンサーでもあり、そこからクレームがついた。
「Hは降板させろ。」

翌日、Hが事務所に行くと社長が青い顔をして待っていた。
「H! 降板だ!」
Hは一瞬、?という顔をしたが、すぐに社長に尋ねた。
社長は「お前が昨日の番組で言ったことで、スポンサーが決断したとのことだ。全く!」
「それに、同じ番組で参加してた、Oプロデューサーが相当 お前にかんかんらしいぞ。彼はもう現役ではないが、まだまだこの業界に相当影響力を持っている。いけすかない奴には違いないが、それにくいついたお前に、相当腹をたててるらしい。番組内で恥をかかされたってね」
「降板・・・・」Hはどう考えてもその言葉が理解できなかった。
あの映画はシナリオの段階から、自分の熱い思いを感じた作品であり、クランクインしてから毎日 その映画に打ち込んでいた。
インターネットでは昨日の番組終了後からHについてのさまざまな意見が賑わしていたが
Hは自分が言うべきことを言ったまで、という思いからまったく問題にしていなかった。
降板させられた事実を知って、「なぜ?」という思いが強かったが現実を受け入れるにはまだまだ時間が必要だった。
記者たちが 大勢事務所の周辺に集まってきた。
事務所のまわりが騒がしくなってきたことで、事務所のスタッフも対応に大わらわだった。
社長室でHと社長は黙って外に群がる記者達を見ていた。

Hは何もいわない社長に「すみません・・・」と言って頭を下げた。
社長は
「おまえの言っていることは業界人、本当に韓国映画界の将来を思っているものなら誰しも実感してることだ。しかしね。スポンサーのことも お前は考えるべきだったし、Oプロデユーサーでは、相手も悪かったな・・・」
社長はたばこを吸いながらHに言った。
「お前の性格では前言撤回などはするつもりもないだろうが・・・どうしたもんかな」
Hは心の中で「政治家じゃあるまいし、前言撤回なんか誰がするか!」と考えていた。
Hが事務所を出ると記者たちが取り囲んだ。
「映画の主役を降板させられたことについてコメントお願いします」
何人もの記者たちが一斉にHに尋ねた。
「残念ですが、甘んじて受けるしかないです。自分としては間違ったことを言っているつもりはないので、きっとわかってもらえると思っていたんですが・・・」
Hは駐車場に向かって歩きながらそういった。
今回の映画のスポンサーに、大分前に接待を受けたことがあり、社長自身もHと同意見で
あの席ではもりあがったはずだった。

Hの降板劇はそれだけでは終わらなかった。
Oプロデューサーの差し金なのか、今契約しているCM三社もHを降板させる、あるいは今期で契約打ち切りと表明した。

Hはあの日を境にぱったりと仕事を奪われてしまった。
記者会見を、と言う要請もあったが、いまさら何を言えばいいのだ?
Hはソウルの自宅にとじこもるしかなかった。
記者の中にはしつこく自宅マンションまで来て、
「前言撤回するつもりは?」と聞いてくるものもいたが、その都度
「そのつもりはありません」とHは答えた。
結局、その強気の姿勢が関係者を硬化させ、
「韓国映画界の反逆児」とか
「追放したほうがいい」などと言うものもいた。
あれだけあの映画に打ち込んで、充実した毎日を送っているHにとって、今の状況はこれまでの役者人生の中でも経験したことのないほどの逆境だった。
それも出口の見えないトンネル・・・ずっとこの暗闇が続くような気がした。

降板が発表されてから10日ほど経ち、映画はHの後輩の若手俳優が抜擢され、準備に入ったと報じた。
少しずつHの降板劇についてはマスコミの関心も減っていったが、Hの今の最悪の状況には全く変わりはなかった。

Hは自宅をあまり出ることもなく、何をするでもなく、時間をつぶすしかなかった。
若い頃から役者としてそれほど苦労もせず、今までつっぱしてきたおかげで、すぐに生活に困るということはなかったが、役者にとって、仕事がないというこの状況は彼にとっては拷問のようだった。
しかも新作の映画の役作りに没頭していた矢先の事だったため、突然仕事を奪われてしまったことを受け入れるまでに時間が必要だった。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:16 | ONE LOVE ⑪

ONE LOVE ⑩

リビングにある古いピアノを弾いているユリに、ジョディはいつも「ブラボー!」と叫んで、「ねえ、これ弾ける?」と次々にユリにリクエストした。
ビリージョエルの「ニューヨークの想い」やレオンラッセルの「A SONG FOR YOU」
を弾くと、そばでジョディがそれに合わせて歌った。
ジョディはユリがバークリーで勉強していたことは聞いていたが、ユリのピアノを聴いていると心が癒された。
「このピアノ、調律しなきゃね!音がひどいわ!」
そう言いながら、一音一音確かめているユリに、ジョディが声をかけた。
「ねえユリ、今度 私たちとセッションしない?参加してよ」

ジョディはユリが作曲の仕事をしていて、アジア圏の映画音楽やドラマの挿入歌などを請け負っていることは聞いていたが、ユリの音楽のセンスを高く評価していた。
ユリは日本で生まれ、韓国、フランス、アメリカと様々なところで、多感な時期を過ごしたおかげで、既成の曲とは一味違うセンスを持っていた。
コスモポリタンであるということに加え、専門的な勉強に裏付けられた音楽的な知識、大学時代に「音楽と映像」を勉強してきたおかげで培った映画への深い理解、それらが彼女の作る曲に大きな影響を与えていた。

ただ、ひたすらピアノを弾いているかと思えば、朝までDVDを見ていたり、一日中PCに向かって打ち込んでいたり、ジョディのダウンタウンのライブを見に行く以外は ずっと家にこもる生活をしているのが気にいらなかった。
ある日の日曜日の朝、ジョディは朝食を食べながらユリに言った。
「今日、夜、ロンの家でパーティするの。あなたも行かない?」
ユリは首を振った。
「今 仕事を抱えてるから・・・ロンに宜しくね」
ジョディはその答えを聞いてフォークをテーブルに音をたてて置いた。
「またなの?これで断られたの2度目よ!ユリ!何よ!あなたの禁欲的な生活は!あなた 恋人もいないんでしょ?つまりSEXもない生活? あー信じられない・・・・」
「休みと言えばDVD見まくって、INPUT INPUT INPUT・・・そしたらOUTPUTしなくちゃ! パートーナーほしくないの?そんなきれいな顔して あなたは聖女?」
「ユリ、行くわよ!ロンの家に。今日は音楽仲間がたくさん集まるから私が あなたにふさわしいパートナーを見つけてあげるわ!いいわね?」
強引にユリに言い放つと 無理やり「YES」と言わせた。
するとジョディがいたずらっぽく言った。
「ユリ・・・お願いがあるんだけど・・・パーティに持ってくお料理作ってくれない?私の腕前知ってるわよね? 今日 サラダ担当なのよ・・・」
ユリは笑って「OK!」とジョディに言った。

ジョディと一緒にロンの家に着くと、すでに20人くらいが集まっていてパーティは始まっていた。
ユリは緊張した。
手に汗をかいていたが、ジョディに悟られないようにそっとジーンズでぬぐった。
皆 ロンの音楽仲間でユリを歓迎してくれた。
ユリの作ったアボガドとマグロとおくらのサラダはパーティに来ている人たちに受けて、「作り方教えて」とか「このドレッシングはどうやって?」とか質問された。
ジョディが脇にいてくれて
「もう レシピがほしければあとでユリからFAXさせるから!さあ みんなこの子を自由にして頂戴!」
ユリが少し緊張しているのをすぐに察知してくれてそう言ってくれたのだった。
ジョディはユリに、集まってるメンバーの中にあなたの好みのタイプはいないの?と聞いた。
ユリは大げさにまわりを見ながら「今日は私のタイプは誰もいないわ!」と言った。
ロンの家は広かった。
広い芝生の庭もついていて、今日の大勢の客も無理なく自由にできるスペースがあった。
ジョディがユリに言った。
「親の遺産で買ったらしいわよ」
そう聞くと、ミュージシャンという不規則な生活を送っていそうなイメージにもかかわらず、手堅く家を購入しているロンを意外に思い、ジョディと笑いあった。
一時間ほど経つと、ウエスがギターを弾き始めた。
すると、今までジョデイと体を密着させて踊っていたロンがウッドベースを持ってきてそれに合わせてきた。
ジョディはユリをつれてピアノの前に座らせると、みんなに言った。
「聞いて!今日から セッションに参加するユリでーす」
皆 拍手をしたり口笛を吹いたりしてそのセッションを見守った。
「黒いオルフェ」のテーマだった。
オリジナルはトランペットで旋律を吹くのだが、その部分はギターのウエスが担当した。
ユリの好きな、いや、ユリの父親の大好きな曲だった。
ユリはすでに始まっているセッションを注意深く聞きながらピアノのソロパートから合流した。
ユリは自分が全く緊張もせず、自由に、気持ちよくピアノを弾いていることに驚いていた。
ピアノソロが終わるとパーティの参加者が皆大喝采をしてくれた。
メンバーも演奏を続けながらにこにこしながらユリを見ていた。
結局 ユリはみんなに請われてメンバーと3曲も弾くことになった。
最後にチックコリアの「スペイン」を演奏したときは 皆 ユリのピアノに聞きほれていた。
ユリはライブの楽しさを初めて味わった。
演奏が終わると、拍手の中で、まずメンバーがユリのもとに駆け寄ってきた。
そしてユリをハグして暖かい言葉を口々にかけてくれた。
ジョディと知り合い、このメンバーと知り合い、ライブのグルーブにユリ自身が酔いしれることができて、久々に思い切り気持ちがよかった。
ジョディの言うようにOUTPUTができた気がした。

その日を境にユリはジョディ達のグループ「MOVA」の臨時ピアニストとしてユリのスケジュールの空いている日にステージに立つことになった。
最初は緊張していたものの、セッションが始まればユリはその世界に集中した。
ユリのピアノでジョディもいつにもましてソウルフルに歌った。
今 思えば 今までのユリの仕事はすべてコンセプトが決まっており、その要求どおりに曲作りをする必要があった。
しかし、MOVAとのセッションはユリにとっては始めての経験、毎日が
Very Special One –Time Performance だった。
ライブとのメンバーとの呼吸、直接感じるお客の反応など、今までに経験したことのない感動だった。
その演奏でユリが自分をさらけ出して、解放していることに気づくのにはまだ少し時間が必要だった。

ある日、ジョディはアパートでDVDを見ながらうたたねをしているユリに毛布をかけてあげようとした。
その時 ユリの傍らに数冊のノートとクリアファイルにはさまれた楽譜があることに気づいた。
その楽譜を手にとって一番上の「ONE LOVE」というタイトルの曲の譜面をハミングしながら追っていった。
ジョディはその楽譜をメンバーの人数分コピーしてすぐにロンに電話を入れた。

ユリはたまっていた本業の仕事を片付けると2週間ぶりに「MOVA」のライブセッションに参加する準備をしていた。
開店する少し前にジョディがユリに楽譜を渡した。
「今日のラストはこれだから」
ユリは楽譜を受け取ると「ONE LOVE」と書かれてあるのをみてジョディの顔を見た。
「ごめんね。でもすっごくいい曲だから、ロンに頼んでみんなでできるようにアレンジしてもらったの。いいでしょ?」
ユリは困惑した。
この曲は・・・・Hと出会い、Hにホテルのラウンジで告白され、それを断ったあと、毎日浮かんでくるHを思いながら書いた曲だった。
「私にこの曲が ちゃんと弾けるだろうか・・・」
ユリがとまどっているのを無視してジョディがメンバーに合図をした。
ドラムのスティーブがワイアブラシでストロークを始めた。
ユリは目をつぶったまま、ピアノを弾き始めた。
ウッドベースが加わり、ギターも加わり、ジョディがスキャットし始めた。
美しいスローなジャズのバラードだった。
ユリは楽譜を全く見ていなかった。
Hとの日々を思い出しながら弾いた。
自分に告白をしてくれて、同じ気持ちでいたことを知り、初めてHに抱かれた日を思った。
いつでも ユリを気遣い、守ってくれたHを思った。
幸せな日々を思い返しながら引き続けた。

曲が終わると皆 黙っていた。
ユリはトイレに行くと言って席を立った。
ジョディが心配してトイレに行くと鏡の前で涙を拭くユリを見た。
ジョディは声をかけずにそっとドアを閉めた。
ライブが始まった。
ユリが時々参加するようになって、つまりピアノが加わり、音のひろがりが出たおかげでこのジャズバーに来るお客もだいぶ増えてきた。
満員の日もあった。
何曲かスタンダードナンバーを演奏したあと、最後の「ONE LOVE」を演奏する時間になった。
ジョディはユリをちらっと見たがユリは「大丈夫!」とジョディに合図を送った。
曲が始まった。
客席はシーンと静まり返った。
「MOVA」はどちらかと言えばジョディのパワフルなボーカルで持っているバンドだったが いつもの雰囲気とはまったくちがう美しいバラードに観客は酔いしれた。
ユリはやはり目をつぶりながら弾いていた。
ロンもウエスもスティーブも、そしてジョディもユリを思いながらユリのピアノにあわせてセッションした。
曲が終わった。
客席は一瞬静まり返ったままだったがその後、すぐに一斉に拍手が沸き起こった。
「ブラボー!」
「アンコール!」
ユリ達はこれだけ多くの観客が感動してくれているのを感じるのは初めてだった。

「ONE LOVE」は少しずつ評判になり2ヵ月後には今回レコーディングするアルバムにその曲もいれることにした。
計10曲をレコーディングし、「ONE LOVE」はそのアルバムの1曲目を飾ることになった。
ユリはクレジットには自分の名前を載せずに、その曲の副題を
「Dedicated To H」(Hに捧げる)とつけた。
この曲はラジオで取り上げられて以来、じわじわとファンを増やし、発売から3週目でクラブチャート一位になった。
この曲を境にユリは 作曲の仕事を依頼されることが増えてきたが、それよりも嬉しかったのは映画のサントラの仕事も顔の広いロンの口利きで少しずつ増えていったことだった。

ある日、アパートでジョディはTVを見ていた。
ユリがそのそばを通ったとき、懐かしい韓国語がTVから聞こえてきた。
ユリは画面を見つめた。
「この番組、どうして・・・?」
「ああ、前のルームメイトが韓国人でケーブルテレビの契約の時にこの番組もチョイスしたのよ。私は興味ないけどユリ 見る?」
それはあるチャリティに参加している韓国の俳優たちをインタビューしている番組だった。
TV画面が次々にチャリティに参加した俳優達を映し出した。
Hもいた。
司会者がHにインタビューを始めた。
ユリはその場面に釘付けになった。
2年ぶりに見るHの姿だった。
元気そうだった。何も変わらないHがいた。
たまにジョークを交えながら話すHの低い声。
ユリはTV画面のHを見て、、声を聞いた途端 涙があふれてきた。
Hのことを忘れようとすごしてきた日々だったが2年ぶりにHを見ると、懐かしさ、愛しさで胸がいっぱいになった。
ユリは涙を隠すようにキッチンに行った。
ジョディはユリの後を追いながら言った。
「ユリ、彼と何かあったの?もしかして・・・あなたの恋人だったの?」
ユリはそれには何も答えずに涙を拭いて、ジュースを取り出し、グラスに注ぐとリビングに行こうとした。
キッチンを出ようとするユリの前に大きく手をひろげたジョディが立ちはだかった。
「STOP!ユリ!」
「この際だから言わせてもらうけど、私 ユリには何でも話してるわ!ユリもちゃんと聞いてくれて、本当に今までの友達の中で一番信頼してる。でもユリはどうなの?何も話してくれないし、いつもあなたは自分の殻にとじこもってるじゃない!何よ それ!
私の一方的な愛なの?私を信頼してくれてないの?話してくれてもいいじゃない!
私はあなたの様に頭はよくないけど、でもあなたの事が大好きなの!いつも どこか寂しそうなユリのことが気になるのよ・・・話してみて・・・」
ジョディは一気にそう話すとユリを見つめた。
ユリはとまどった。
「ジョディに何を話すの・・・?」
友人に心の中の思いを打ち明けることはユリにとってはもう何年もやってない事だった。
「率直に話すこと」に慣れていなかった。H以外には。
「ユリ、何を考えてるの?あなたは!あなたの心の中を聴かせてって言ってるのよ!」
ジョディはいつもの様にストレートに言った。
「今 テレビに出てた韓国の人、あの人があなたの恋人だったの・・・ね?」

ジョディはユリの頬の涙をぬぐうとユリの肩を抱いてリビングのソファに座らせた。
ジョディに肩を抱かれているとユリはまた涙がこぼれそうになった。
ユリは話し始めた。
Hとの出会い。
Hとの楽しい日々。
いつも自分を大事にしてくれたH・・・
途中でロンからジョディの携帯に連絡が入ったが、ジョディは
「ゴメン、今日はキャンセルするわ」
そう言って携帯をパタンと閉じた。
ユリはバークリーに通っていた頃のつらい思い出も話し始めた。
そして自分の過去が暴露された時Hが毅然として記者会見をしたこと。
そして・・・結局自分の体がまた言うことをきかなくなって自分に自信が無くなった事。
Hに自分から別れを告げたこと・・・

ユリの話を聞き終わるとジョディはユリの肩を引き寄せてしっかり抱きしめて言った。
「ユリ、つらかったね・・・」
ユリはそう言われた途端いきなり涙があふれてきた。
ジョディはユリが落ち着くのを待って話し始めた。
「あなたは・・・我慢ばかりしてるのね」
「彼となんで別れちゃったの?だって彼はあなたを待っててくれるって言ってたのよね?」
ユリは答えた。
「私、彼と付き合うようになってから何でも彼に守られてきたの。いつも私のことを大事にしてくれた・・・でも私が彼にしてあげたことって?その上にまた調子がおかしくなった私をずっと待っててほしいなんて言えなかった。結局 彼をいつも私は振り回していたのよ」
それを聞いてジョディが話した。
「ユリ・・・あなた、彼の気持ち考えた事ある?あなたが彼にしてあげたこと?そんなこともわからないの?あなたが彼のそばにいたことよ!あなたは彼のことを考えて別れた
って言ってるけど彼にとってはどうだったのかな?」
「あなたが自分を楽にさせる為に彼と別れたとしか思えないわ」
ユリはジョディの言葉を心の中で繰り返した。
「自分のため?自分を楽にするため?」
ジョディが一語一語きっぱりと言った。
「ユリ!私がもし あなたなら絶対別れないわ!だってお互い愛し合っているのになぜ別れなければいけないの?」
「それがJAPANESE STYLE?その考えについていけないわ・・」

二人はユリの作った夕食を食べずっと話を続けた。
ユリはもう落ち着いていた。
はじめて人に話せて、心が少し軽くなった気がした。
後悔ばかりしている自分に比べ、自分の気持ちに忠実なジョディ。
ユリは話せてよかったと思った。
今となってはもうどうしようもないが、やはりあの時の自分はああするしかなかった・・・
でも今は?
これから恋をするのかどうかわからないが、もう後悔しないようにしようと思った。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:15 | ONE LOVE ⑩

ONE LOVE ⑨

あの記者会見から2ヶ月後にユリから電話があった。
ユリの声が沈んでいた。
「ごめんなさい・・・」
Hはユリの声を聞いて、明るい前向きな話ではないと感じた。
「大丈夫?ちゃんと眠れてる?」
Hは聞いた。
NYに電話したときに、ユリの母親が電話に出て、ユリが夜、全く眠れず、昼間うつらうつらしていることを聞いた。
母親は寝ているユリを起こしに行こうとしたのだが、Hがそれを制したことがあった。
ユリは
「相変わらずなの・・・でもしょうがないわ。前もそうだったけど少しずつよくなると思う。それを待つしかないわ・・・」
しばらく間があいて、またユリが話し始めた。
「あの、私、いろいろ考えたんだけど、今の私ではソウルに戻ることは無理だと思う。」
「あなたの記者会見を見たときにすごく感謝したし、母も私を応援してくれた。でも結局
自分の体が拒否してしまうの」
「私、一度ソウルに戻ろうと決めて荷物をまとめて空港に行ったんです。あなたとのことも、今まで仕事をしてきたことも、大事だったから・・・」
「でもやっぱりだめだった。空港で足が動かなくて・・・チェックインできなかったの」
「時間をおけば、ソウルに戻れるのか、それともずっとこのまま引きずっていくのか、今の私にはわからない」
「・・・ごめんなさい」
Hは黙って聞いていた。
ユリはそのあと、どう話を続けようというのだろう。
Hはユリを失うことは考えられなかった。
「ユリ、僕は待てるよ。それにソウルにどうしても戻ってきてほしいとも言わない。NYで元気で暮らしていてくれればいい。そこで会えれば・・・」
「H、ありがとう、いつも私のことを考えてくれて。本当に感謝してる。でも、こんな状態の私がずっとHを拘束するのは、私自身耐えられない。だから・・・」
Hはすぐユリに言った。
「君がどんなときでも僕は受け入れるっていったよね?」
「いつまでだって待てるよ。むしろ、それを励みにして頑張ろうと思ってる。ユリ、負担になんか思ってないよ」
「今回のことはむしろ、僕の仕事のせいで、君に迷惑かけてしまって・・・謝るのは僕のほうだよ。だから・・・」
そうHが言いかけたときユリが、
「H・・・いつになったらソウルに戻れるかわからない私をもう待たないでほしい」
Hは受話器を握り締めたまま黙っていた。
ユリは自分と別れたいのか・・・?
それがユリにとって一番なのだろうか
「ユリ・・・」
ユリは何も言わずに黙ったままだった。
「わかった」
電話はたった10分で終わった。
Hは受話器を置いたまま何もすることができなかった。
ユリがいつか元気になれるまでいくらだって待つことはできる。
が、ユリにとってはHがそうすることが重荷なんだろう。
そして、また、自分の仕事のことも。
ユリの過去を思えば無理強いすることはできなかった。
NYで聞いたユリの父親の言葉が脳裏をかすめた。
「どんなに束縛したくても、彼女がそれを望んでいないならそれを尊重してあげるべきだろう?」

ユリは受話器を置くとすぐにその場にしゃがみこんだ。
涙があふれ、こぼれてユリの頬をぬらしたが、
「こうするしかない。Hを好きになる資格は私にはない・・・」
ユリはまた振り出しに戻ってしまったと思った。
記者会見で毅然としてユリをかばってくれたHの姿を何度も思い返した。
今すぐHに会いたかった。
インタビューの時にはじめてHに会ってから、カナダに二人で旅行した時まで様々な楽しい思い出があった。
自分の過去のつらい傷もHと一緒ならきっと乗り越えられると思い始めていた。
しかし、Hの仕事を思えば、遅かれ早かれ同じことでHを悩ませる結果になっただろう。
諦めるしかないんだ・・・
ユリは過去の傷がまだユリの心を体をがんじがらめに支配していることを感じた。
あの時も涙もかれて自分を責める毎日だった。
そして今も、昔の自分を取り戻せるかもしれないと思ったときに、ユリを縛り付けるこの事実がユリにすべてを諦めさせた。

ソウルでユリと電話を終えてからHもユリのことを考えていた。
自分はユリを忘れることができるんだろうか・・・
ユリとのさまざまな思い出がHの脳裏をよぎった。
今すぐユリに会ってユリを抱きしめたいと思った。
白いユリの体を抱きしめた感触をまだはっきり覚えていた。
別れることがユリにとって一番いいことなのか?
いつまでもユリを待つことはいけないのか?
Hは今まで経験した失恋とは全く次元が違うことを感じていた。
肉体の一部、魂の片割れをそがれたような思いがした。
ふいに涙がこぼれてしまった。
ソファにすわったまま下を向いて涙のあとを見つめながらHはユリを思い出していた。

ユリがNYで両親とともに暮らし始めて1年経った。
Hに電話をしてわかれを告げてからしばらく仕事ができなかった。
親元にいるせいか取り乱すようなことはなかったが、いつも心に居続けてくれたHを消すことは容易ではなかった。
Hの精神的な保護がどれだけユリを癒してくれたか・・・
ソウルには結局一度も帰ることができず、自宅もしばらく管理会社にまかせるしかなかった。
ほとんどPC上での仕事だったため、今までどおりソウルでの仕事を引き継ぐことはできたが、あえてそれらの仕事は継続せず、新たなオファーにも応えず、ソウルとは関係のないところで仕事をみつけるように努力した。
今でも記者会見でのHの言葉を思い出すことがあった。
ユリは自分と関わった男性とは、うまくいかない、むしろ悲しい結果にさせるのだと思い込んでいた。
そして一番悲しいことは日本だけでなく韓国へも行けなくなったことだった。
結局、行く先々でうまくいかなくなっていることがユリをNYの親元から離れさせなかった。
Hが言っていたように
「自分がソウルに戻れるようになるまで待っていてほしい」とHに言いたかった。いつまで待ってもらうの? もし 今のままだったら? 記者たちの目に晒されることは平気なのか?
そしてその結果 また自分がおかしくなってしまったら?
やはり、Hを自分のことでこれ以上しばることはできなかった。

Hは相変わらず忙しい日々を送っていた。
記者会見のあと、結局ユリがソウルに戻ってこない事実をマスコミはいぶかしく思ったが
何を質問されても Hは何も答えなかった。
「倉本悠里さんとは破局したんですか?」
そう言われるたびにHは叫びたくなるのを我慢した。
クアンジュの実家に戻ったときに弟のCがHに尋ねた。
「兄貴!早く むかえに行ってやれよ!何してんだよ!無理やりでもソウルに連れ戻して来てくれよ!」
Hに向かって訴えるCの言葉が今のHにはきつかった。
「できるなら今すぐにでもそうするさ・・・」
Hは心の中でつぶやいた。
母親はHとユリが納得して別れたわけではないことを悟っていた。
少なくともHはそうだろうと思った。
結局、ユリが自分の息子に絶対的な信頼を持つことができなかったのだろうか・・・
母親は明るく振舞っているHの心の影を感じたが、見守るしかなかった。

ユリはNYで少しずつ仕事を再開していった。
ソウルで自分なりに開拓した仕事の中にいくつかの韓国以外の国からのオファーがあり、それらの仕事を請けるようにしていた。
日本からのオファーもあった。
今となってはハンドルネームではなく「YURI KURAMOTO」という名前で仕事を請けるしかなかったが、相変わらず、曲を作り、データ送信することが彼女の仕事だった。
まだ、オファーが少なかったがユリは何かを忘れるようにその仕事に打ち込んだ。
何もせず、ぼーっとして家にいるのが怖かった。
仕事を切り上げると、DVDを大量に買い込んでは一睡もせずに朝まで見たり、そのあと、PCに向かって一日中打ち込んでいたり・・・。
Hを想定して書いたシナリオもほとんど完成してはいたが、今となってはHを思い出すきっかけになる事を恐れてユリはその推敲をやめ、又 別のテーマで思いつくまま書き進めていた。
「映画作り」・・・漠然とした夢ではあるものの自分の今の状況を考えたときにどんどんその夢から遠ざかって行くようでユリは悲しくなった。
ユリの生活リズムが全く一定していないことを両親は心配した。
ユリが前向きでなく、Hを忘れるために仕事をしていることは両親の目から見てもあきらかだったので、親元にしばらく無理にでも置いておこうと夫婦で話し合った。

ある日、ユリはダウンタウンのいつものショップでDVDを物色していた。ユリのように「映画狂」と言えるくらいになると、ほとんど見尽くしていてもう新作を待つしかなかった。
ただ たまにブラジルの映画や東ヨーロッパの映画で、ほとんど知られていないのだが、すばらしい映画のDVDが廉価でワゴンに積んであることがあり、掘り出し物を探すように定期的にこの店を訪れていた。
掘り出し物に出会えた日はユリも嬉しくて、PCを開け、その映画の感想を書き、今度は少しずつ続けている自分のシナリオをすすめた。

その店のとなりにジャズバーがあり、黒人の女性シンガーのポスターが貼ってあった。
「ライブ・・・聞いてみようかな」
軽い気持ちでユリはその店に続く地下への階段を下りていった。
ライブはすでに始まっていた。
客の入りは5割くらいだった。
ユリはステージの一番前を案内され、ビールを注文した。
黒人の若い女性シンガーにウッドベース、ドラム、ギターのグループだった。
ユリはその女性シンガーの、荒削りだがパワフルな歌に魅了された。
「ここにも掘り出し物があったわ!」
ユリは彼女のボーカルを聞きながらライブの心地よい興奮に酔いしれていた。
休憩を挟んであっという間に2時間がたち、ユリはこのグループが、この店の看板であることを知った。
翌日も夜7時にそのバーに行った。
曲の構成も変わっており、昨日とは少し趣のちがうスローなバラードを多く取り入れていた。
ユリは目をつぶって聞いていた。
黒人特有のつやのある声で歌うジャズのバラードがユリの心を癒してくれた。
結局ユリは5日間続けてその店に行き、同じ場所にすわり、ビールを飲み彼らのライブを堪能した。
5日目の休憩のときに、黒人女性シンガーがビールを持ってユリの席に来た。
「ハーイ!あなた、毎日来てるわね」
ユリは突然、女性シンガーに言われてとまどった。
「誰のファン?ロン?ウエス?それともスティーブ?」
ユリは彼女に言った。
「あなたの歌を聞きに来てるの。素敵な声ね!」
それを聞くと黒人シンガーは驚いた顔で言った。
「私、女性ファンって始めてかも!ママ以外では!」
そして、黒人シンガー、ジョディとユリとの長いつきあいが始まった。

ジョディはアメリカ人らしいストレートな物言いをする女性だった。
ユリと年が近いせいか、ユリにとってはめずらしく緊張しないでいられる相手だった。
ジョディは一年前からこの店で歌っていて、今のグループに落ち着いてからが一番やりやすいとユリに話した。
ユリはジョディの話をほとんど聞くだけだったが、音楽の話、自分のパートナーの話なども聞いているのがとても楽しかった。
考えてみれば、ユリは「あの事件」以来、自分の友達というものがいなかった。
静かな生活の中で気持ちを落ち着けるために、一人でいることを選んだのだが、ジョディは その何年かの空白をいっぺんに埋めてくれる相手だった。
いつもユリに対して10歳も年上のような貫禄で接した。
年下の妹のようにかわいがってくれるジョディがユリも大好きだった。
彼女のライブの巡業の時以外は毎日 このバーに来てジョディの歌を聞いた。
そして ジョディもオフの時間をユリに伝えて 二人で映画を見たりショッピングにでかけたりした。
ある日 ジョディがユリに行った。
「ねえ。私のルームメイトが出ていったのよ。恋人を追ってね。よかったら一緒に住まない?」
ユリはジョディにそう言われて一瞬 両親のことを考えた。
ユリの両親はHとのことが発覚し、Hと別れてから、一人暮らしをしたがるユリにいつも反対した。
両親が心配するのはユリはよくわかっていた。
気持ちが安定していない時に親元から離れて、もしユリに何かあったら・・・とユリの母は言った。
「過保護なのはわかってる。でもユリ、お願いだから今はそばにいてちょうだい。」
ユリは両親の愛情をいつも感じていたが、「あの事件」の一年後、ソウルで一人暮らしすることを決めたときも、両親をきちんと説得したことを思い出していた。
「パパ、ママ、大丈夫よ。私 絶対ばかなことはしないわ。パパやママを悲しませることは絶対しないから・・・」そう約束したことを思い出していた。
ユリはジョディに「YES!」と答え、早速ブロンクスのジョディのアパートに3日後に移ることに決めた。
引越しをする日、ジョディとロンがおんぼろのピックアップでユリの実家にかけつけた。
母親は、ジョディをはじめ、黒人のがっちりしたロンが、挨拶するやいなや、ユリの荷物とユリをあっさり連れ去ったことを呆然としてみていた。
父親はにこにこしながら言った。
「ユリの友達か!ユリのね・・・」

ブロンクスのジョディのアパートは思ったよりきれいな造りで、リビングとそれぞれの部屋がひとつずつある割とゆったりしたものだった。
リビングは散らかっていたが、それもユリのきれい好きの手にかかれば元通りすぐにきれいになる。
そして、あてがわれた10畳の部屋に入ると、ロンに手伝ってもらってベッドを窓際に移動し、チェストの位置を変え、実家から持ってきたリネンを出してベッドまわりを全部取り替え、アロマオイルを置き、あっという間に「ユリの部屋」ができあがった。
前と比べて、思い切りすっきりしたユリの部屋に入りジョディは声をあげた。
そして、その晩は3人で買い物に行き、ユリが夕食を作り、ビールやワインを飲みながら
何度も乾杯した。
ジョディとロンは恋人同士で、お互いの家を行ったり来たりしているといったが、一緒に住むのではなく、今の関係が一番自分たちに合ってると言った。
この部屋は月に1800ドル。800ドルをユリが、1000ドルをジョディが負担することを決めた。

ジョディは何でもはっきり言う性格だったので、暮らし始めた最初はユリもとまどうことが多かったが、慣れてくれば、本当にわかりやすい、つまり真っ正直な愛すべき女性だった。
たまにロンとジョディの大喧嘩が聞こえたかと思えば、そのあと、何も聞こえなくなって、朝には熱々の雰囲気でリビングに二人で現れることもあった。
静かな生活をしてきたユリだったが、ジョディとの生活に踏み切った自分の選択は絶対間違ってなかったと思うようになった。
ジョディがいつもユリに笑顔で語りかけたり、ロンとのことを泣きながら訴えたり、今までのユリならけして立ち入れないところもジョディと一緒に住むことによって慣らされていった。
というより、友達・・・という響きがユリにとって心が温かくなる感覚だった。
ジョディのおかげでウッドベースのロン、ギターのウエス、ドラムのスティーブとも知り合えた。
皆 自分たちがいつかビッグになって世界中を回りたい!と熱い思いを抱いている仲間だった。
ユリはジョディ以外のメンバーと話をするときはいつも緊張したが、そばにジョディがいるだけで、安心できた。
今までは、誰かと会うときにはいつも自分の体調が持つかどうかを心配していたのだが、少しずつ少しずつ平気になっていった。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:14 | ONE LOVE ⑨

ONE LOVE ⑧

NYの実家で青ざめた顔で携帯を握り締めるユリを見て母親は何があったのかとユリに尋ねた。
母親はユリを抱きしめて
「しっかりしなさい!あの時と今は全くちがうのよ!あなたにはHさんがいる」
そう言うとユリをリビングのソファに座らせた。
喉元まで胃液がこみ上げてきて、ユリはトイレにふらふらしながら歩いていった。
思い切り吐くと、鏡を見た。
青ざめて、薄く化粧をした顔がひどく違和感のあるように思えた。
自分を責めるような好奇の目に晒されたあの時のことが鮮明に思い出された。

HがJFK空港に到着すると、もう数名の韓国人記者が待ち受けていた。
「日本人女性、倉本悠里さんとあなたの関係は?」
「あの事件のことについてあなたも知ってましたか?」
次々と質問を浴びせる記者たちには何も答えずHは搭乗ゲートを入っていった。

仁川空港にもすごい人数の記者達がHを待っていた。
フラッシュの嵐、次々と浴びせられる質問・・・Hは耳をふさぎたかった。

「大物俳優の恋愛発覚」だけならHは全く臆することなく、立ち止まってそれについて はっきり答えることができただろう。
YESでもNOでも。
しかしマスコミにとってユリは「いわくつきの過去を背負った女」であり、しかも「日本人」であり、「ソウルでハンドルネームで仕事を続けている作曲家」・・・
これらの要素がマスコミにとっては願っても無い、価値の高いおいしいネタだった。

Hは記者を振り切ってやっとソウルの事務所に着くと、待ちかねていた社長から今回の経緯を聞いた。

9月17日にまず、日本の写真週刊誌にNYの日本食レストランでのユリの家族との会食の写真がスクープされた。
この時点ではユリは「美しい日本女性とその家族」と出ていた。
そして「この美しい女性は誰なのか?」とあった。
その記事は日本発だったため、止めることもできず、すぐに韓国にも配信された。
翌日、韓国での続報で、その女性が、「倉本悠里」であり、韓国在住で、数年前から作曲の仕事をしているらしい・・・という記事になっていた。
そして「彼女はいくつかのハンドルネームを使って仕事をしているらしいが、その理由は?」とあった。
そして9月19日、二人がカナダで楽しい旅をしている頃、ユリの過去まで調べ上げて
「バークレー時代に、恋人を首吊り自殺させた・・・」
このセンセーショナルな記事が韓国中に伝えられ、あっという間にユリは身ぐるみをぬがされて丸裸にされてしまった。
ユリが韓国に住んでいた頃の写真、小学校の頃、中学校の頃の写真が、どこから入手したのか、Hさえも見たこともない写真が何枚か週刊誌を賑わせていた。
幼いころから美しく、中学校でも優秀でとてもめだつ存在だったとコメントする当時のクラスメートの写真まで載っていた。
「自殺」についてはどれをみても事実は歪曲され、ユリは「魔性の女」にしたてあげられていた。
週刊誌の中には「何人もの男性と同時に付き合っていた結果、彼を自殺に至らせた・・・」
そう書いてあるものもあった。
そして、そのせいで、日本に帰れないでいるとあった。

Hは目を覆いたくなる数冊の週刊誌を前にして何も言わずに事務所のソファに座っていた。
社長は「参ったな・・・」と言い、Hに「どうする?お前に任せるが・・・」と言った。
Hは社長に言った。
「会見します。すぐにセッティングしてもらえますか?」
それを聞くと、社長は「よし!」と言って、
電話の前にあるアドレスのロールをくるくるまわし、あるページを指で止めると 受話器を取り電話を始めた。
電話を終えると、Hに向かって言った。
「SBSで、明日 一時でいいか?」
Hは頷いた。
その情報はすぐにマスコミ各社にFAXされた。
社長もSBS側にも明日は警備をいつもより厳重にと依頼する為の電話を何箇所かにしていた。
社長の配慮で、その日は帰宅せず、Hはソウルのホテルに泊まることにした。
恐らく 自宅に帰っても記者たちが待ち受けているだろうし、とにかく明日のために今日はゆっくり疲れを取れという社長の判断だった。
Hはホテルの部屋からNYのユリに電話を入れた。
ユリがすぐに出た。元気のない声だった。
「ユリ、明日僕は記者会見することに決めたんだ。それをしない限り、僕らへの、特に君への詮索もますますエスカレートすると思うんだ。君に相談もしないで決めてしまって悪いと思ってる。でも、自分としてもきっちり話しておくべきだと思ったんだ。」
ユリはHの話を聞いて、
「私のほうこそごめんなさい・・・全部あなたに 押し付けてしまって・・・・」
と言った。
Hはユリのタイチョウを気遣い、
「大丈夫? 眠れてる?」と聞いた・
ユリは
「大丈夫、心配しないで。ここまでは記者がくるわけでもないし、なんとかなりそうだから・・・」と力なく言った。

電話を切ったあと、ユリはため息をついた。
Hにはそういったものの、食欲は全くなかったし、よく眠れなかった。
Hが記者達に囲まれてフラッシュをあびるシーンを想像するだけで、気分が悪くなった。
Hがひとりでソウルに戻ってから、自分でも冷静になろうと努力した。
自分の過去が暴露され、それのせいで矢面に立たされているH。
Hにも迷惑をかけてしまっている・・・
ユリはまた自分を責めるという悪循環に陥っていた。
今、どうやったら前向きにできるんだろう・・・
いっそのこと、もう韓国の仕事は一切やめて、NY、いや誰も知らないところで暮らしたほうがいいのか?
母親は、「あの時と状況がちがう!あなたにはHさんがいるのよ!」と言った。
しかし、そのHに自分のせいで 迷惑をかけているのも事実だった。
ユリは自問自答した。
いままですこしずつ広げてきた仕事を捨てられるのか・・・
でも、もし またソウルで仕事をすることを選んだら? それは自分のエゴではないのか?
それ以前に自分の体がYESと言ってくれるのか?
考えても考えても答えが見つからなかった。

翌日、Hは11時に事務所に着くと、スーツに着替え、ネクタイを締めた。
「オフの最終日に記者会見か・・・」Hはマルボロに火をつけながらつぶやいた。

Hは、あと一時間後に開かれるSBSでの会見を前に事務所でマネージャーの用意してくれた海苔巻きをつまみながらテレビを見ていた。
お昼の番組が始まり、いきなりクアンジュの実家が映し出された。
レポーターがカメラに向かって淡々と話し始めた。
「H氏の実家前です。話題の日本人女性との交際でご家族はどの様に受け止めていらっしゃるのかインタビューを・・・」
何人ものレポーターやカメラマンが実家の前に待機していた。
テレビを見ながらHは、ため息をついた。
「実家にまで行くなよ・・・」
つくづく自分の職業にはプライバシーがないのだと実感した。

クアンジュの実家の門の前に出てきたHの母親は一斉にフラッシュを浴びた。
レポーターが母親を取り囲むように一様に動いた。
「H氏と日本人女性との交際についてお母様としてはどうですか?」
「交際を認めますか?」
「彼女が婚約者を自殺させた事実をどう思いますか?」
矢継ぎ早に質問が飛んだ。
Hの母親は質問が落ち着くのを待って口を開いた。
「あなた方は私になんて答えさせたいんです?」
「あなた方はユリさんの何を知ってるんです?」
「私はユリさんに直接お会いして我が家のものは皆あの方のファンになりました」
「日本人だからつきあってほしくないかですって?私自身も日本のお友達がいますがじゃあ いつになったらいいんですか?あなた達のような私に比べてうんと若い方がそんな閉鎖的な事でどうするんでしょう」
「私は息子がどなたを選ぶのか、息子が決めた人が最適な人に違いないといつも思っています。もうすっかり大人なんですから」
と、下らない事を聞くなとでも言いたげな様子で言い放った。
その後ろで 記者たちを威嚇するように立つ弟のCが写り それを見てHは吹き出した。
母親はそういうと短い会見を終え門の中に入って行った。
「母さん!ありがとう!」
Hはガッツポーズをした。

一時間後 急遽しつらえたSBSの一室でHの会見は開かれた。
今が旬の大物人気俳優の交際の発覚 、相手の女性の過去の暴露もあり、今回の記者会見に
集まったのは200人以上だった。
Hが事務所の社長と現れた。
一斉にすさまじいほどのフラッシュの光を浴び Hは目をあける事ができなかった。
二人がすわるや否や記者の質問が始まった。
次々と手があがり、指名制と伝えてあったのに質問が飛んだ。
「倉本ユリさんとの交際は認めますよね?」
「彼女の過去は知ってましたか?」
「相手が日本人であることはあなたにとってマイナスと言う見方もありますが、それについてはどうですか?」
Hはそれらの質問をする記者の方を その都度顔をむけよく聞いていた。
そして落ち着いて答えた。
「倉本悠里さんは僕が結婚を考えてつきあっている女性です」
「出会った人がたまたま日本人だっただけで、それのどこがデメリットなのかよくわかりません。政治的なことを絡ませたいのか? いろんな意見があるでしょうが、僕が彼女を愛していることにはかわりはありません。」
Hは淡々と答えた。そして続けた。
「彼女の過去につらい出来事があったことは事実です。そのせいで 彼女が今まで苦しんできたことも事実です。でも 彼女はそれを受け入れて 韓国で暮らすことを決め、仕事をしてきました。その、どこに、彼女を責める理由があるのか僕にはわからない」
そのとき、記者から「彼女がハンドルネームでしか、仕事ができなかったのは一人の人を自殺させたその出来事をまだ消化できてないってことですか?」
と質問が飛んだ。
Hは「自殺させた・・・」という言葉にひっかかった。
「自殺という事の大きさはわかっています。彼女はそのせいで自分を責め、そして今も苦しんでます。自分の存在が分からないようにしてきた事は、傷ついた彼女が、一人で、どうやって生きていくか、仕事をしていくか、誰にも迷惑かけずに生きて行く為に選んだ手段です。このネット社会でハンドルネームを使って仕事をしてきたことが そんなに責められることですか?」
別の記者が質問した。
「今回暴露された一連の彼女の記事は、あなたにとってマイナスになると思いませんか?」
そう質問されてHは苦笑した。
「逆に質問します。愛した女性に過去があったとわかった時に、あなたは別れるんですか?過去の無い人なんて誰にもいませんよ!PTSDというカテゴリーに入らなくても、皆
辛いことを一つや二つ経験してるはずです。その経験も含めて今の自分がいるんだと思ってます。いろんなことがあって今の彼女があり、僕はその彼女を愛したんです」
「もう すでに皆さんは知っていると思いますが、彼女の作品の数々をよく見てください。
彼女のすばらしい才能をつぶさないでほしい・・・と思っています」
そして最後にこう言った。
「僕は簡単に彼女を好きになった訳でもなく、簡単に彼女との結婚を考えたわけではないんです。本気ですから・・・」
Hの記者会見は当初 20分間の予定だったが、40分にも渡った。
どんなことを聞かれても、ゆるぎなく毅然と答えるHに、記者たちも段々静かになってい
った。
低俗な質問をしたことを後悔させられる様な態度だった。
事務所の社長がHに会見の終了を告げ、二人は席をたった。背中にフラッシュの嵐とさまざまな質問を浴びたが、ある記者が、こう質問した。
「今、彼女になんて伝えたいですか?」
Hはその質問を聞くと足を止め、振り向いた。
「今、彼女に何て声をかけてあげたいですか?」
Hは、立ち上がってHを見ている記者にむかって言った。
「彼女が数年前、韓国で暮らすことを決意してくれたことを感謝してるって伝えたい。そうでなければ出会えなかったわけですから・・・」
そういってHは会見場を後にした。

多くの視聴者がその会見を見て感動していた。
一人の女を深く愛するHの態度を
「男らしい!」
「大人としてりっぱ!」
「マスコミは彼女を責めるな!」
次々にHと彼女の付き合いに賛同する声がTV局に届いた。
一部のマスコミは自殺した彼の友人のコメントを乗せたりしていたが、よく読んでみると、当時のユリに同情していたコメントだった。
竹島問題にどうしても絡めてHを責めたいメディアもあったが、大方は二人を応援するムードに変わっていった。

ユリはNYの自宅で、母親とHの会見を数時間遅れのインターネット配信で見ていた。
ユリは何も言わずにPCの画面を見つめていた。
ユリの母親も何も言わなかったが、会見が終了したときに涙をぬぐった。
そしてユリに
「ユリ・・・これはあらためて、みんなの前で、堂々とあなたに愛を告白したってことね!」
とユリを抱きしめた。
韓国での会見が終わったあと、HからNYのユリのところに電話が入り、Hは
「君を守れたかどうかはわからない。僕の言いたいことだけで終わったかも。ゴメン」
と言った。そして ユリに
「スケジュールの許す限り NYに居たほうがいい」と伝えた。

ユリは結果的にHに守られ、それ以来 マスコミのユリに対してのゴシップ記事は少しずつ鳴りを潜めた。
むしろ、今回のことで、ユリがいくつも提供している曲のレベルの高さに業界関係者
からは熱いラブコールが相次いだ。
ユリは日々、たくさんのメール(ほとんどが仕事の依頼だが)をNYの自宅で読みながら
考えていた。
いくつかのハンドルネームにそれぞれ、オファーがあり、「倉本悠里様」とあった。中にはヒュンダイの広報部からの熱烈なオファーもあった。
自分が今 韓国に戻ったらどうなるんだろう・・・
Hとの交際が発覚したことで、これからも注目されるだろう。
他人の多くの目に晒されることの恐ろしさ・・・
ちゃんと仕事ができるんだろうか・・・
今までのように、ひっそりと生活することはできない。
不眠、頭痛、嘔吐・・・あの頃の状態に戻ってしまうのではないかと不安だった。
まだ 自分の気持ちがコントロールできないことが最大の不安だった。
でも 今 自分がどうしたいかをなるべく冷静に考えてみた。何度も考えた。
Hとのこと。
仕事のこと・・・

結局ユリはソウルに戻ってこなかった。
Hは会見後もユリに電話を入れたり、メールを送ったり、忙しいスケジュールの合間にNYのユリの実家を訪れて話をしたりしたが、彼女にソウルで仕事を再開させることはできなかった。

Hはそんなユリを急がせるようなことはけしてしなかったし、ユリに対しての気持ちが変わるようなこともなかった。
むしろ、NYでユリの父親と話したときに、
「俳優という職業の人、露出を強いられる職業の人とユリがつきあっていけるのか?」
と言われたことがいつも頭をかすめていた。
プライバシーを詮索され、何かあれば今回のように追いかけられ それが記事になり、歪曲され いやな思いをする・・・
今までも何度もあった。
でもHはこの仕事を選んだ以上は覚悟していたし、自分の家族や友人を巻き込んだりすることを申し訳ないと思っていても、割り切るしかなかった。
でも、ユリは?
過去のつらい出来事を自分の中で、なんとか折り合いをつけ、誰にも迷惑をかけないために築いてきた静かな生活。
彼女のそれを壊してしまったのは自分のせいか・・・
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:12 | ONE LOVE ⑧

ONE LOVE ⑦

10時少し前にユリがホテルのHの部屋を訪れた。
ユリは親元に居て、精神的に開放されているのか目のさめるようなターコイズブルーのワンピースを着ていた。
すでに起きていてユリを待っていたHは彼女を抱きしめた。
Hはおとといまでの思いと比べて今、何倍もユリへの思いが強くなっていることを感じた。

Hはユリをベッドに座らせ、自分も隣に座った。
「昨日 お義父さんから君の事を聞いた」
ユリの表情が暗くなった。
「驚いたでしょう・・・私 あなたに何度も話そうと思ったの。でも 言えなかった。
もし言ったら・・・あなたはそれでも私を受け入れてくれたかもしれない。でも心の
どこかでいつも私のことを負担に思うはず・・・そう思って話すことができなかった」
ユリは下を向いてそう言った。
Hは握っているユリの手を更に強く握り、
「ユリ、僕を信じてるって言ってくれたよね? 僕が君の心の傷をいやすことができるか
どうかはわからない。でも 君がどうであろうが自分の気持ちは変わらない。むしろ
お義父さんから君のことを聞いてもっと 君の事が理解できると思う。ユリ・・・愛してる」
そういってHはユリにキスをした。
恋人をこんなに心から愛したことがあっただろうか・・・
ユリはHにとってはかけがえのない存在だった。
ユリに出会えた事を神に感謝したい気持ちだった。

Hは更に続けた。
「早く忘れたいとか、無理に忘れようとか思わなくていい。記憶を消すことなんてできないよ。その記憶が“過去のもの”になるまでゆっくり待てばいい。・・・」

ユリの右手には昨日 プレゼントした指輪があった。
Hはその右手を取り、
「いつか 君と一緒に結婚指輪を探しに行けるよね?」とユリに聞いた。
ユリは黙って微笑んだ。

ユリはHの朝食につきあいホテルのレストランでコーヒーを飲んだ。
誰も自分たちを知らない、関心も持たないこの街の雰囲気は二人にとってとても楽だった。
これからユリの案内でNYの美術館を巡り、映画(ハリウッドの超大作!)を見て、ランチをし、夕方5時からはオフブロードウェイでユリのおすすめの芝居を見る・・・
贅沢な時間の過ごし方・・・
休暇も最後の月になり、また忙しい日々が来ると思うとこの数日間はHにとってはかえがえのない日々に思えた。

二人は4時ちょっとすぎにオフブロードウエイの芝居を見に地下鉄に乗った。
その人気の舞台は5時からだったので、少し前に並んでおこうと思って早めに出たのだが、
その考えが甘いことにすぐ気づいた。
劇場は長蛇の列だった。
このぐるっと二周回った何人までがこの舞台を見れるのだろう・・・
ユリは
「あー もっと前に、3時間くらい前に並ぶべきだったわ!」と残念がっていたが、Hは見れなければ見れないで また ユリとほかの事をして時間を過ごせばいいと思っていた。
夕食にはまだ少し早かったが、小さなスペイン料理のレストランを見つけそこに入った。
鰯のマリネにシャングリアを注文しながら、Hはユリに聞いた。
「明日、もう一度 この舞台を見ることに挑戦してみようか・・・」
ユリはそれに答えずにしばらく窓の外を見ていた。
Hを見て、遠慮がちにユリが言った。
「ねえ、ちょっと遠出しない?明日・・・」
「遠出?」
Hはユリに尋ねた。
「一年に一度、ご両親のところに戻ってきて、君と一緒に過ごすのを楽しみにしてるんじゃないの?」
「それがね・・・母が今朝、取引先のパーティなどでしばらく忙しいからあなたにかまっていられないし、Hさんさえよければ、一緒に休暇を過ごしてもらえないかって言うのよ・・・」
Hはユリの答えを聞いて、母親の気遣いだとすぐに悟った。
「どうも気を遣ってくれてるみたいなの。私があなたと過ごせるように・・・」
それを聞くとすぐHはユリに提案した。
「ユリ、ほんとにいいなら・・・カナダに行かないか?」
ユリは嬉しそうにうなづくと、その足でアウトドア専門店に出かけた。
ユリはNYの実家に衣類を置いてあったが、Hはその店で、セーターやウインドブレーカー、ソックスなどを物色した。
そして、自分とユリのためにおそろいのトレッキングシューズを買った。
そしてリュックを買って旅支度はすべて揃った。

トロントまでなら飛行機ですぐだ。
セントローレンスアイランズまで車で行って、そこにはキャンプ場やコテージもある。
HはかつてCM撮影でカナダに何度か行き、そこが気に入ってプライベートでも二度ほど行ったことがあった。
Hは旅行がすきだった。
多くはオフのときに一人で行くこともあるし、友人と行くこともある。
かつて、つきあっていた恋人と行ったこともあった。
しゃれた都会の街並みよりは大自然の中が好きだった。

今頃の季節はカナダは秋の真っ只中である。
紅葉の始まりといった季節である。
買い物を済ますと、Hはその足で滞在しているホテルに戻って荷物を買ったばかりのリュックに詰め込み、ユリに明日の出発時間を確認するために電話を入れた。
翌日 朝8時にユリの実家に迎えに行った。
Hは母親にていねいに挨拶をすると、母親が
「ごめんなさいね。あなたのご都合もあるのにユリをお願いしてしまって・・・」と言った。
Hはこんなお願いならいつだってOKだと心の中で思いながらユリの支度を待った。
昨日、芝居が見れなかったおかげで、今日からの旅の準備ができたことがラッキーに思えた。

二人はタクシーでJFK空港まで行きトロント行きの席を確保した。
降って湧いたこの小さな旅が二人を心底解放させ、Hは今までの旅の中で一番楽しい旅になる・・・と思った・
機内で二人はカナダで何をしようか話し合った。
フライフィッシング、トレッキング、カヌー・・・
ユリと満点の星を二人で寝転んでボーっと見るのもよかったし、ただひたすら自然の中を
ドライブするのでもよかった。
カナダのトロント空港に着くと、Hはすぐレンタカーショップでベンツの黒のゲレンデワーゲンをレンタルした。
Hの運転でカナダの旅が始まった。
紅葉には少し早かったがメイプルリーフの林を抜け、セントローレンス川の上流まで行き、国立公園内のキャンプ場でコテージを借りた。
川も森もそばにあり、アウトドアの大好きなHにとっては最高の場所だった。
近くのレストランで遅いランチをし、(虹鱒のムニエルが予想外においしかった!)早速
二人はサウザンドアイランズにある広大な国立公園をドライブしながら、何をして遊ぼうかと子供のようにわくわくした気持ちで話続けた。
セントローレンス川では釣りをしている人をよく見かけた。
カナダの初日は、ドライブをして、いかにも観光地然とした、イギリス風の建築物を見たり、国立公園のハイキングコースを歩いたりして過ごした。
夕方 二人はコテージに戻ると、ユリが簡単な夕食を作り、ワインを飲みながら食事をした。

何棟かのコテージの真ん中には薪をきれいに積んであるファイアプレースがあり、火のまわりでコテージの管理人が一人、薪を動かして火の調節をしていた。
紅葉にちょっと早いせいか、それほどお客もいなかった。
Hとユリはコテージから出て、ファイアプレースに行くことにした。
夜になって大分気温が下がり、Hもユリもセーターを着込んでいた。
満天の星
月明かり
二人は黙って炎を見つめていた。

Hは近くに積んである薪を3-4本移動してファイアプレースの側まで持ってくることにした。
ふいにユリのささやく様に歌う声が聞こえてきた。

Strumming my pain with his fingers
Singing my life with his words
Killing me softly with his song
Killing me softly with his song
Telling my whole life with his words
Killing me softly with his song・・・

I heard he sang a good song
I heard he had a style
And so I came to see him
And listen for a while
And there he was,this young boy
A stranger to my eyes・・・

ユリの声は少し低く、やわらかく 伸びのあるこえだった。
先日 ユリの父親とバーで話した時に
ユリの歌声を聴いたことがあるかと彼は言った。
初めて聞くユリの歌をHは目をつぶって聴いていた。
タイトルは知らなかったが、良く聞くジャジーな雰囲気の曲だった。

ユリが歌い終わるといつ来たのか 二人の後ろに中年の夫婦が拍手をしながら近づいて来た。
「素敵な歌声だね」
「何か他にも歌ってほしいわ」
ユリは「ありがとうございます」と照れくさそうに言うとHを見て微笑んだ。
しばらくその夫婦ととりとめもない話をした。
その夫婦はロスから来て2週間でカナダ全体をゆっくりまわる旅をしていると言った。
そして明日は釣りに出かけると話した。
夫がユリに尋ねた。
「君たちは夫婦かい?それとも恋人同士?」
戸惑っているユリを見てHはにっこり笑い
「どっちに見えます?」と聞いた・

コテージに戻ると、ヒーターにスイッチを入れ、Hとユリはソファに座ってコーヒーを飲んでいた。
静かな満ち足りた時間だった。
そして明日の計画をとりとめもなく話し続けた。
何をしてもいい、何もしなくてもいい。
NYに戻るまでのHにはこの上なく幸せだった。

寝室のベッドで二人はぬくもりを求めるように寄り添った。
Hのたくましい腕に抱かれて、ユリは考えていた。
「もし、Hと会えていなかったら、今 自分はどうしていただろう」
「何も心配しなくていい」といつもHはユリに言ってくれる。
Hのおかげで、あのつらい事もきっと過去のものになる・・・
昔の自分を取り戻せる・・・
そう考えられるようになった自分がいた。
ユリを腕枕した左手で、ユリの髪の毛をさわりながらHが話し始めた。
「人を愛するって少し こわいよね・・・自分のことよりも、誰のことよりも、一番君の事がこの世の中で大事なんだ。一番ユリが大切・・・」
「ユリがいつも幸せでいてほしいし、そうすれば僕も幸せでいられる・・・」
「それが愛するって事かな・・・そうはじめて実感したよ」
そう言った途端に吹き出して、
「こんなこと、くさすぎてシナリオにも最近書かれてないか!」とユリを見て笑った。
ユリもHを見て一緒になって笑った。
そしてHの裸の胸に顔を埋めた。

翌日、二人はゲレンデワーゲンに乗り込んで昨日の夫婦に教わったフライフィッシングのポイントまで行き早速準備をした。
Hはアウトドア派なので、今まで何回か経験があり、初めてのユリに細かく教えてあげていた。
しかし、いざ始めてみるとヒットするのはユリの方ばかりだった。
Hは、
「まあ、ビギナーズラックって良くある事だから」とくやしそうに言うと、
「こんなに続くと、ビギナーズラックじゃなくて私に釣りの才能があるって事なんじゃない?だめよ!H!欲は捨てなきゃ!」とわざと彼を諭すように言った。
そんなたわいもない楽しいやりとりをしていると時間があっという間に過ぎていった。
朝早くに起き、散歩をして、ユリの作る朝食を食べ、車に乗って出かけ、森や川で毎日遊んだ。
そして夕暮れになるとコテージに戻り、また二人で夕食をし、とりとめのない話をした。
夜は、ベッドの中で子供のように戯れあった。
そしてあっという間に旅は終わった。

4日目に、NYに戻ると、Hはホテルで帰国する支度を始めた。
もう何日もオフは残っていない。
また忙しい日々が始まる。
でも今回の長いオフのおかげで、ユリとの幸せな日々を過ごすことができた。

「俳優という職業にとって恋愛は必要か?」と以前 インタビューで聞かれたことがある。
その答えにHは「もちろん!」と答えていた。
恋愛していることは俳優にとってモチベーションを上げることに間違いない。
そして今 Hは今までで一番それを実感していた。
Hはユリとロビーで待ち合わせる時間がまだ、大分あることを確認すると携帯を取り出した。
カナダの森の中までは電波も届かず、バッテリーもなくなっていた。
携帯の充電をはじめるとすぐに、サブ画面にメッセージが表示された。
「着信15件」
Hはそれを見て、すぐに携帯を開いて履歴を確認すると、全部ソウルの事務所からだった。
Hはホテルの部屋の電話を使ってソウルに電話を入れた。

Hが「もしもし、僕だけど・・・何かあったの?」
そう言うと、すぐ社長に変わり、
「H! NYの日本食レストランで日本人女性と食事しているのが写真週刊誌にスクープされてるぞ!」
「その彼女が、学生時代、恋人を自殺させた女って出てるが、本当なのか?」
社長は次々にHに質問を続けた。
Hは受話器を握り締めたまま目をつぶった。
社長のまくしたてる言葉を一通り聞くと、
「いったん切るよ!あとで すぐ電話する!」
そう言って受話器を置くと すぐユリの携帯に電話を入れた。

「今 どこ?」Hが聞いた。
「え?ちょうど今 出るところだったのよ。どうしたの?」
「ユリ・・・僕たちのことが週刊誌に載ってるらしい。これから僕の言うことを落ち着いて聞いて」
ユリは電話の向こうで黙っていた。
「僕はとりあえず、今日BOOKした通りに帰国する。君はスケジュールが許す限りNYにいたほうがいい。PC上の事で済ませられるなら僕が協力する。」
「君の昔のことも週刊誌に書いてあるらしい・・・まだその記事を見てないんだけど、
とにかく僕がソウルに戻ってそれから君に連絡を入れるからそれまで動かない方がいい」
そして何も言わないユリを思い、
「ごめん・・・本当に・・・僕と付き合うってこういう事が常についてくるんだよね。
君が静かな生活を望んでいるのを一番よく知っているのは僕なのに・・・」と言った。

Hは電話を終えて、携帯を閉じると空港に行くために身の回りの荷物を整えた。
電話を切る前にユリは言った。
「・・・あなたの連絡を待ちます・・・」と。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:11 | ONE LOVE ⑦

ONE LOVE ⑥

ソファでうたたねをしていたHは自分の近くに気配を感じて目をあけた。
外は明るくなり始めていた。
ユリが床にすわってDVDを見ていた。
Hの体のうえにシルクケットがかけてあった。
ユリがかけたものだろう。
ユリは自分がうたた寝をしている間に起きてシャワーを浴びTシャツとハーフパンツに着替えていた。
シャンプーのにおいがした。
Hは体を起こすとユリをソファに引き寄せきつくだきしめて
「今日は君に無理させちゃったね」と言った。
ユリはHに抱きしめられながら言った。
「ごめんなさい。あなたの家族はすごくあたたかくて私ほんとに楽しかったの。少しは緊張したけど皆さんあたたかかった」
「気持ちはそう思ってるのに少し緊張しただけでこんなふうになってしまう私ってどうなってるのかな…」
「自分でもどうしようもないの。こんな私を知ったらあなたの家族もきっと私のこといやになるわね」
「ユリ…」
Hはだきしめたままユリに言った
「心配しないで…」
「あせらないで君の思う通りにすごせばいい」
「もう僕も無理させないよ」
そう言うとユリの体を自分から離し彼女を見つめた。
シャワーを浴び化粧もおとしたいつものユリに戻っていた。
「ユリ…僕を信じてる?」
ユリはうなづいた 。
「僕を愛してる?」
またユリはうなづいた
「愛してる」
そう言うとHはユリに口づけをした。
口づけをしながらTシャツの下の乳房に触れた。
ユリは無防備にHに体を預けていた。
ユリとつきあいはじめてから 何度ユリを抱いただろう。
Hももちろんその時間が幸せだったが、ユリもいつもHを強く求めていた。
むしろ Hより求める気持ちは強かったかもしれない。
ユリのTシャツを脱がせるとHは彼女の乳房にキスをした。
ユリの胸に唇を這わせるHをユリは抱きしめた。
ユリはHと体を重ねるときだけは 自分の心の中の消したい思い出を忘れることができた。二人はそれぞれの思いを感じながら同じ世界に入っていった。

Hの休暇も残すところあと1ヶ月となった。
いつもの長い休暇の過ごし方と違って、実家にも何日もいなかったし、長い旅行もしないでここまできた。
気心の知れた友人たちと、たまに会うことはあっても、そのときもユリの事が頭から離れなかった。
何時間か、何日か離れていることがHにはたまらなくさみしかった。
ユリとの蜜のような甘い生活はHにとって初めて経験する感覚だった。
ユリと出会ってから9ヶ月が経とうとしていた。
でもお互いの心の内を確認し、つきあい始めてからまだたった3ヶ月しかたっていない。
その3ヶ月のユリとの濃密な日々はHに満ち足りた思いを与え、同時に説明しようのない切なさも与えていた。

ユリの家で、二人で夕食を食べている時 何気なくHはユリに尋ねた。
「そういえば・・・君の誕生日はいつなの?まだ聞いてなかったよね」
ユリは 少し間を置いて
「9月15日・・・」
「来週!?」
「よかった!聞いて! 二人でお祝いしよう!」
Hはユリの手をとった。
ユリは申し訳なさそうに言った。
「私、その日は 毎年アメリカの両親のところに行くの。 両親に、生んでくれてありがとうって感謝する日に決めてるの」
そういいながらさみしそうな顔をした。
ユリの様に 友人とのつきあいや仕事上の関係も極端に避けている今の生活の中では
「誕生日を盛大に祝う」という事は あり得なかった。
ただ、いつもは一人の生活、この隠れた生活に慣れていても さすがに誕生日に一人でぽつんといる事は ユリにとってもいたたまれず、両親と離れて暮らすようになってから
毎年 その日は両親とともに過ごすことにしているのだった。
Hは 彼女をじっと見てしばらく何も言わなかった。
そして口を開くと
「その、アメリカ行き、僕も一緒に行ってもいいかな?」
「え?」
Hは続けた。
「ご両親にもお会いして、まじめに付き合っていることを伝えたい。でも 君の完全な息抜きだから、もし それが無理なら僕は僕でNYで遊んでいるよ。この長い休暇の最期に
海外旅行をしたいと思っていたし」
ユリは Hの申し出がありがたかった。
こんな自分を理解して一緒にいてくれるHを両親に紹介したら・・・両親は きっと安心するに違いない。
ユリはHのおかげで少しは変わった自分をみてほしいと思った。
両親は今も ずっと心配してくれている。
ユリは「一緒に行ってくれるの?」と聞き返した。
Hはその答えを聞き、長い休暇のしめくくりに2人でアメリカに行けることを心から喜んだ。
ユリはすでに誕生日の前日の9月14日のNY行きの便の予約を入れていた。
毎年 半年前には必ず その日の予約を入れている。
つまり、今年の予約はHと付き合い始める前に入れたということになる
Hはユリにその便を確認すると、来週の同日の午後の便の予約状況を電話で確認した。
その便はあいにく 満席だった。
問い合わせをしながら、Hはその日の最終便が空いていることがわかり、ファーストクラスを予約した。
Hは、同じ便で行くよりは 別々に行って現地で合流したほうがよさそうだ・・・と考えた。
同時に、NYでいつも使っているホテルにも予約を入れ、二人の始めての旅の準備が始まった。

ユリは一週間後の渡米にむけて、いくつかの仕事を次々にこなしていった。
不思議なほど仕事がはかどった。
毎年、この時期の仕事は相当セーブしているので、いくつもなかったのだが、いつもの渡米よりも数倍楽しく感じた。
ユリは仕事の合間に父親にメールを入れた。
簡単な挨拶。自分の今の仕事のようす。予約してある便のNY着時間。
そして、最後に、
「今回、パパとママに会ってほしい人がいます・・・」
PCの画面を見つめながらユリは長いメールを送った。
Hは事務所に行くと、スケジュールをチェックし久しぶりに会ったマネージャーに、
「14日から1週間くらいNYにいくから」と告げた。
マネージャーは
「こんなぎりぎりに、ですか?」
その言葉を尻目にHは事務所を出た。

9月14日。
先に空港に出たユリを送り、Hは自分も自宅に戻り荷物を詰め始めた。
二人とも、この一週間、わくわくした思いで毎日を送っていた。
初めての二人の海外旅行、ユリにとっては里帰りだが、それが二人を子供のようにはしゃがせていた。
HはNY行きの最終便に乗り込むと、何時間後にはユリは会える、それもNYで。そう思うとなかなか眠れなかった。

NYに着くと、Hはその足でホテルの近くの宝石店に入った。
初めてのユリへの誕生日プレゼント。
考えてみれば、ユリへのプレゼントはこれが最初であることに今更ながら気づいた。
毎日、あまり贅沢もせず、どちらかというと地味な生活を送っているユリに、ブランド品などをプレゼントしても喜んでくれるかどうか?といつも考えていたが、今日の誕生日はどうしても贈りたいものがあった。
それは指輪だった。
派手なものを好まないユリだが、けして似合わないわけではない。むしろユリは、その美しさを隠すようにしていて、いくらでも、誰にも負けないほど美しくなれるとHは思っていた。
そして、たくさんの指輪の中から慎重に一つ選んで、きれいにラッピングしてもらった。
夕方5時前にユリがHの予約しているホテルに来ることになっていた。
Hはそれまでかなり時間があることを確認し、ベッドに入るとすぐ寝息をたてた。

Hは4時前に目を覚ますと、シャワーを浴び、シャツに着替え、ネクタイをし、ジャケットを着た。
持ってきた洋服の中で、あらたまった組み合わせはこの1セットだけだった。
夕方、ユリがHのホテルの部屋に着いたとき、二人は歓声をあげて抱き合った。
そしてHはユリを抱きしめたまま、何度もキスをした。
二人はユリの両親との待ち合わせの日本食レストランまで、地下鉄に乗らずに2駅分を腕を組みながら寄り添いながら歩いた。

日本食レストラン「朧(おぼろ)」についた。
ビルの中のレストランだがつくばいがあり和風の風情がたっぷりの店だった。
この店は刺身はもちろん和牛の鉄板焼が絶品だった。
日本人客とそれ以外の客と半々だった。
奥に案内されるとユリの両親が二人を笑顔で迎えてくれた。
ユリの父親がHに手を差しだし
「はじめまして!君に会いたかった!」
と流ちょうな韓国語で挨拶した。
母親も「はじめまして。ユリがお世話になっています」と言った。
ユリが小学校5年から中学3年までは韓国ですごしていたとユリからも聞いていた。
父親は優しそうな目が印象的ながっちりした人だった 。
母親はユリにそっくりなきれいな目をした品のいい女性だった。
四人でまずビールで乾杯した。
会合は韓国語で始まった。
「いつもユリは、誕生日になると私たちのところに来てすごすんですが、
今年の誕生日にまさかユリが恋人をつれてきてくれるとはね…いやあうれしいね」
父親は上機嫌だった。
そして韓国映画が好きでよく見てると言った。
Hの出演した映画もよく知っていてしばらくその話で盛り上がった。
Hも楽しかった。
ユリの映画好き 特に韓国映画が好きなことはこの父親ゆずりであることが分かった。
そのおかげで、Hもあまり遠慮することもなく会話を楽しめた。
ユリも楽しそうだった。
快活に笑い遠慮なく 話した。 自分の仕事の話や 最近見た海外の映画の話や 今ブロードウエイで人気のある舞台の話など ユリの今 興味のある話をすると 皆もそれを興味深げに聞いた。
日本酒をHに注ぎながら 父親がユリに言った。
「今日はユリの28才の誕生日だ、プレゼントを用意してあるよ」
と母親を見た。
母親はバッグから きれいに包装された包みをだしてユリに渡した。
「ユリ、お誕生日おめでとう。」
ユリは「どうもありがとう」と包みを受け取りそれを開け始めた。
箱を開くと 時計が入っていた。
カルティエのタンクだった。
ユリは普段は時計をしない。
あのはじめて会ったインタビューの時も携帯のサブ画面を見ながら仕事を進めていた…
ユリはその腕時計を左腕につけながら嬉しそうだった。
Hが僕も用意してあるんですといいながら小さな小箱をユリに差し出した。
中にはブルガリの指輪が入っていた。
ダイヤのリングで品のいいデザインだった。
ニューヨークについてすぐに買ったものだった。
Hはその指輪を右手の薬指にはめてあげながらユリを見た 。
ユリは緊張の面もちで指輪をみつめてHに「ありがとう」と言った。
両親も嬉しそうにその光景をみつめていた。
Hは両親を見ながら言った。
「ご両親にお伝えしたいことがあるんです。僕はユリさんと結婚するつもりでつきあっています。まだユリさんからokはもらってないんですが…」
そう言いながらいつか二人で結婚指輪を選びたいと思った。
ユリはだまって聞いていた。
両親は二人をまぶしそうに見ていたが父親が口を開いた。
「H君ありがとう…」
ユリがまだ結婚を承諾できない事実に少し落胆したが何も言わずに二人を見ていた。
時間がすでに10時になろうとしていた。
父親が「今日は本当にいい日だった。H君ありがとう!」
そう言ったあと
「そうだ。まだ僕は君と話し足りないな。韓国のスクリーンクォーター制の集会も君が
代表だったみたいだけどそのことも聞きたいし」
そういって
「H君。よかったらもう少し私につきあってくれないか」と言った。
ユリも母親も少し驚いて
「あなた、もう遅いしHさんにご迷惑ですよ」と父親に言ったがHは
「いえ、私は大丈夫です。お義父さんおつきあいしますよ」
それを聞いて父親は「長く引き留めはしないよ。大丈夫」
そう言って少し酔って顔が赤くなった父親は嬉しそうに笑った。
店を出てHが母親とユリに挨拶をし 彼女たちをタクシーに乗せると父親はHを1ブロック先にある あるバーに連れていった。

バーのカウンターで、二人はバーボンを飲みながら、しばらく黙っていた。
父親が話し始めた。
「H君。本当に今日はうれしかった。ありがとう。実はNYにユリがくる前にユリからメールが届いて、そのメールに君のことがあったんだ。私はそれを読んですぐ妻に伝えたよ。嬉しくてね。ユリはあんなふうに、まあ君もよく知っているだろうけど、韓国で誰とも 付き合おうとせず、ひっそり暮らしているんだろう。私たちはそれがいつも心配だったんだ」
そう言うと、またしばらく沈黙したあと、続けた。
「それが、交際してる人がいて、君を私たちに紹介したいというメールだった。
君が、韓国で私もよく知っている俳優だったことにも驚いたが、その前にユリが
男性とつきあいはじめていることが嬉しくてね。ユリは友達さえもいない。ただ仕事は楽しそうだったから 私たちも 今はそれでいいんだろうと思っていたんだ」
「でも、昔のユリ、明るくていきいきと暮らしていた頃のユリに いつかは戻って
ほしいと思っていたし、無理はさせられないとしても 何がユリの心を開放してくれるのか 離れてくらしながら心を痛めていたんだ・・・」
「ユリは昔から 歌が好きで、、、君はあのコの歌を聞いたことがあるかい?」
Hはピアノを弾くユリは何度もみているが、鼻歌程度を聞くくらいで、歌っているユリは見たことがなかった。
父親は決心したように言った。
「なぜ あの子があんなふうになったか 君はユリから聞いているかい?」
Hは首を振った。
父親は、やはりね、と言いながら話を続けた。
「ユリがUCLAを卒業して、バークリーに通ってたころだな・・・
ある日本人の作曲家志望の男性とつきあっていたんだ。
私が言うのもなんだが、そのころのユリは輝いていて、ユリにアプローチする男性は多かったんだ。母親が心配するくらい。まあユリもそんなことには無頓着だったんだけど。
その中の一人のその彼が、強くユリにアプローチして、二人はつきあいはじめたんだ。
実際 楽しそうだったし私たちもそれほど心配もしてなかったんだが。」
「何ヶ月か付き合っていくうちに 彼がユリを束縛しはじめたようなんだ。
ユリはいつものユリだったのに、彼はそれだけでは飽き足らず、結婚もせまり、とにかく一日中 ユリのそばにいたいと言い出したんだ。
ユリは音楽の勉強で毎日 充実していたし、友人も多かったし、とても幸せな毎日だったのに、その生活を彼は否定して、自分のそばから離れないでくれと言い続けたんだ。
ユリは、自慢ではないけど、ほんとに誰にでも好かれる愛すべき性格の持ち主だったんだが、彼を窮屈に思ってきて、彼を好きだけど、彼の思い通りにはなれないと感じはじめたんだ。その誰にでも好かれるユリの性格が彼を追い詰めたところもあったんだろうが、私は今 思っても ユリには何の非もないと思ってる。私も彼と会って話したこともあった。彼は有望だった。これから日本に帰ってプロとして仕事をするといった。
ユリを連れていきたいと言ったんだ。
でも そこにはユリの気持ちは全く反映されてなくて、ユリは まだまだ勉強したいと彼に言ったんだけど、その頃の彼は ユリを独占することしか考えてなかったらしくて、段々ユリも自分たちのつきあいはこれ以上無理かもしれないって母親に話したこともあったんだ。そんなことで少し心配していた時・・・」
父親は グラスに残っているバーボンを飲み干した。
「彼は自殺したんだよ。それもユリに対しての恨みを書いた遺書を残してね・・・」
Hは「え?!」と小さく声を出した。
「その遺書は・・・もう・・・思い出したくなくても忘れることはできないね。
その葬儀で日本に向かったときの、ご両親の泣き叫ぶ姿や、ユリにむかって罵倒する彼の親戚や友人たち・・・本当に地獄だった」
「校内でも彼の自殺がすごいニュースになり、ユリは突然 ゴシップネタのヒロインになったんだよ。」
「ユリの友人も彼女を慰めてくれたが、まわりの批判的な冷たい視線がユリにはたえられなくて結局 修了まじかでバークリーをやめたんだ。
それに 実際に音楽の勉強を続ける精神状態ではなかったし。」
「一方的な彼の気持ちにこたえることが出来ずに、自殺させてしまった事実で、あの頃のユリは 一生立ち直れないような雰囲気だった・・・」
Hは父親のつらい告白を黙って聞いていた。
「ユリはその日以来、私たち親以外の人との接触を避けるようになってしまって・・
心配してくれる友人のことも避け、家から一歩も出られなくなったんだ。
精神科を紹介されて何度も母親とカウンセリングに通ったが、ちっともよくならなかった。
自分を責め続け、病院の帰りとか、外出すると家で吐いてしまう・・・
そんなつらい日々だった。私は仕事もあってユリにずっと付き添うことはできなかったが、仕事していても本当にいつも心配だった。ユリまで自殺してしまうんじゃないかと思ってね。」
「でも、ユリの心を落ち着かせるものがあってね。
それは映画のビデオを見ることとピアノを弾き続けること。」
「来る日も来る日も、家から一歩も出ないで、いろんな映画のビデオを見ていた。
我が家にもかなりの数のビデオ、まあ これは私の趣味だったんだが、それらに飽き足らず、ブラジルや韓国や中国の映画、手に入る映画は何でも手当たり次第にみていたね。」
「そして、映画をみたあと、ピアノを弾きながら余韻に浸ってる、そんな毎日だった。
でも そのおかげか 少しずつ私たちとも普通に会話できるようになって、私も
それが嬉しくて、最新の世界の映画情報を映画通の部下に頼んでユリに教えたり
必死だったよ。」

「そして、それから1年後、ユリは私たちの元を離れて 韓国で暮らすといい始めたんだ。
君も聞いているかもしれないが、ユリが小学校の5年生から中学3年までは、家族で韓国に住んでいて、ユリにとっては多感な時期に韓国で暮らし、楽しい思いでの詰まった場所だったことと、質の高い韓国映画の身近にいたいという思いで韓国を選んだんだ。」
「日本には 親戚も住んでいてその方が安心だったかもしれないが、自殺した彼のふるさとでもあるしね・・・日本は彼女の選択肢にはなかったんだ。」

父親はしばらく黙っていた。
Hも黙っていた。
「H君。愛する人を自分の思い通りにしようとすることは愛じゃないだろう?」
「どんなに束縛したくても、彼女がそれを望んでいないならそれを尊重してあげるべきだろう?」
父親はずっと自殺した彼を責める様な言葉は今まで一言も口にしたことがなかった。
しかし、今 Hにユリの事を話しながら 初めて娘を思う父親として自殺した彼に対しての
思いをぶつけた。

Hはそのあまりにもつらい事実を知って、ユリが韓国で一人で生きてきたこれまでの数年間に思いを馳せた。
父親は続けた。
「ユリはよくやっている。あのことを受け入れて韓国で住むことを自分の意思で決め、音楽を仕事としてちゃんとやれている。
他人とのかかわりを未だに一切持てなくても 私たちはいつもユリを励ましてきたんだ。『お前はよくやってるよ』てね。」
「でも、自分の誕生日に一人でいることが居たたまれずに、毎年親元に来るユリを見ると
本当にかわいそうになるんだ。あの子はこんな寂しい子じゃないんだよ。明るくて、誰にでも好かれて、むしろ率直な子だったんだ。」
父親は涙を流していた。
「彼とのことは 事故だった・・・そう思いたい。」
父親はそういうと 空っぽのグラスをにぎりしめた。
「H君。こんな話を聞かせてしまったけど ユリを重荷に感じないでほしい。」
「君が俳優ということで、実は妻と心配していたんだ。おそらくユリも 同じ気持ちでいるのかもしれない。常に露出を強いられる職業の人とあの子が付き合うことができるのかってね。」
「でも・・・ユリには今の状況を受け入れて理解してくれる人、私たち親以外の人が必要なんだと思う。親のエゴかもしれないが・・・」
父親は自嘲的に笑った。

Hは考えていた。
親のエゴではない。
娘を愛する父親のごく当たり前の感情だ。
そして父親が言った「ユリが本来、愛すべき性格の持ち主」であることも充分感じていた。
クアンジュの実家に行ったときのHの家族を魅了したその暖かさを。

Hは、父親の話を聞き終わると、自分の想像以上のつらい日々を彼女が抱え、今の生活をやっと築いてきたことを理解した。
「お義父さん。僕はユリさんがどんな状況であっても受け入れるつもりでいます。
ユリさんを愛しています。結婚したいと思っています。今日 お話を伺ってユリのことを重荷に思わないでとおっしゃいましたよね。
いえ!むしろ 彼女をもっとこれから理解できると思います。
むしろ 自分の職業のせいで彼女を追い詰めることがないように 彼女を守らなきゃと
思っています。これ以上傷つくことがないように。話してくださってありがとうございました。」
Hは一気に言って父親に深々と頭を下げた。

父親は言った。
「今日 君と初めて会って 話をしてみて、ユリが君にだけは心を開いていることがよく
わかったよ。君は誠実でまっすぐな人間だ。君と話ができて本当によかった。ありがとう。
ユリをよろしく頼む・・・・」

Hは父親をタクシーに乗せ、自分はしばらく夜のマンハッタンを歩いた。
12時近くになっていたが、街はまだにぎやかだった。
ユリと初めて会った日から 今日までの日々を思い出していた。
ユリに一目ぼれしたことから始まったつきあいだが、今、Hの心の中はユリへの思いで満たされている。
なくてはならない存在・・・ありふれた言葉だがHにとってはユリはまちがいなくSOUL MATEだと感じていた。
これからのつきあいでHができること。
ユリを守っていけるか?
ユリの傷を癒すことが自分にできるか?
ホテルの部屋で眠れずにHはユリの事を考えていた。

一時ごろ ユリから電話が入った。
父親が酔って帰ってきて
「とても楽しかった!H君を気に入った!」と何度もいいながら寝室に行ったとユリから聞いた。
ユリは
「ごめんなさいね。疲れたでしょう?父も映画好きで 話し始めると止まらないし
ご迷惑かけたんじゃない?」
「僕も とても楽しかったよ!」とHはユリに言った。
父親のユリに対しての深い愛情を知って、Hは重荷どころか、話してくれたことに感謝していた。

ユリは「もしよければ、オフブロードウエイのお芝居見に行かない?今 面白いの
やってて・・・」
Hは二つ返事で「ああ!行こう」と言い、とりあえず、10時にユリがHのホテルに
きて、夕方、芝居が始まるまで 街に出ようとプランを考えた。

Hは今すぐ ユリに会いたかった。が、両親のもとで久しぶりに何の心配もなく
過ごしているユリの笑顔を想像して我慢した。
それに あと数時間後、10時にはユリに会えるのだ。
Hはベッドに横になると 今度はすぐに寝息をたてた。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:07 | ONE LOVE ⑥

ONE LOVE ⑤

クアンジュの実家に着いた。
高い壁で覆われた広大な邸宅だった。
扉が開いて中に入ると 広い芝生を敷き詰めた庭の中に煉瓦づくりの広い屋敷が建っていた。
Hは車を正面玄関にとめると車のドアをあけユリを降ろした。
扉が開いて中から母親と弟が出てきた。
「兄貴!久しぶりー」弟がHに抱きつきHは「元気だったか?」と挨拶を交わしながら弟の背中をぽんぽんとたたいた。
弟は「兄貴が彼女をつれてくるなんて久しぶりじゃん!今度はどんな人…」と言いながら 母親と挨拶しているユリをHの背中ごしに見て弟は言葉を止めた。
母親は
「まあ本当にきれいな方ね…今日はよく来て下さったわね」とユリを見て言った。
ユリが「はじめまして…」と言いかけると
Hが「母さん、とにかく中に入れてよ。荷物も多いし」と言い 母親も上機嫌で
「そうね、ごめんなさい、さあさあどうぞ」と二人を招き入れた。
弟は玄関の脇で Hと並んで入っていくユリをみながらつぶやいた。
「兄貴!すげぇ!」

扉をあけて中に入ると まず30畳くらいのリビングが広がっていた。
きれいに刈り込まれた芝生が東側の全面窓から見えた。
父親も妹も二人のほうに歩いてきた。
ユリを見て 父親が「おお、こんなに美しい方とおつきあいしてたのか…どおりでH
がここに寄りつかないはずだ…」とうれしそうに言った。
Hは「父さん、紹介するよ。倉本悠里さん」。
その名前を聞き「日本人」であることに父親は「え?」
と言う顔をしたがすぐに両手で彼女の手を包み「よく来てくれました!」と言っ
た。
ユリもにこやかに「はじめまして。倉本ユリです。今日はお招きいただいてありがとうございます」と言った。
Hは父親の後ろではにかみながら立っている妹のSを紹介し最後に緊張しながら自分の順番を待つ弟のCを笑いながら紹介した。
紹介されるたびにユリはほほえみながら握手した。
弟は握手する時 右手をジーンズでごしごしふきながら差し出した。
母親は「じゃあ、あちらにどうぞ。まだ食事には少し間があるわよね」と窓際のソファのほうに促した。
父親が一人用の大きなソファに座りそれと直角に長いソファが対面でおいてあり
その一方のソファにHとユリは並んで座った。
Hはユリが緊張してないか彼女の横顔をちらっと見た。
見た目ではそう緊張している様子もなかった。
ユリは早速持ってきたプレゼントをみんなに渡した。
父親にはウォーキングシューズを。
母親にはレースの品のいい日傘を。
ゴルフをやりはじめた妹にはグローブを。
大学で建築を専攻している弟にはラフスケッチ用のツールセットを。
どれもHからたまに聞き出す情報からユリが選んだものだが皆喜んでくれた。
ユリはこうして最初から皆の心をつかんだ。
母親は自家製の杏茶を運んできた。
ユリは自家製であることに興味をしめし庭の杏の木を指さしながら説明する母親の話を興味深そうに聞いていた。
そのお茶は実際とてもおいしくユリが「おいしいですね!」と言うと
母親は「お分けするから持って帰りなさい」と言った。
父親は妻とユリとのやりとりを満足げに見ていた。
もちろんHも同じように思っていた。
父親がユリに聞いた。
「音楽のお仕事をしてらっしゃるとのことですが大学で音楽は勉強したのかな?」
と聞いた。
ユリは「UCLAで音楽と映像について勉強したんですけど卒業してから一年間バークリーで作曲を勉強しました」
Hはユリからそれを聞いてはいたが初対面の父親からいろいろ質問されていやな思い
をするんじゃないかと思った。
たまに話をそらそうとするのだが父親はユリを気に入ったらしくユリを独占し始めた。
妹が父親に「お父さん!お兄ちゃんに聞くことあったんじゃないの?」とブレークを入れてくれた。
Hは妹に目で「サンキュ!」とウインクした。
父親は「ああそうだったな」と言って 韓国のスクリーンクォーター制の俳優のストライキに率先して参加したことについて質問をはじめた。
ストライキはどうだったとか、その成果は?とか それについてHも真剣に答
えていた。
ユリは そのやりとりを見ながら 息子の行動を尊重しその信念を評価する父親のもとで Hが育って来たからこそ 今の彼がいるんだわと実感した。
父親とHが話しているのを横で聞いているユリを弟はじっと見ていた。
「兄貴…今までで最高の彼女だよ…」と心の中で思った。
hの父親は長く会計士を続け今もまだ現役である。
経済的な余裕もあったが子供たちにはやりたいことがみつかったらなんでもいいから信念を持ってやり通せと言い続けてきた。

Hの父親は威厳のある一家の長だった。
ユリはアメリカにいる大好きな父親を思い出していた。
ユリの父親もユリをいつも認め応援してくれた。
「あの事件」の時も母親と一緒に自分のそばにいてくれた。
「いつもどんな時もおまえの味方だから」
と言い続けてくれた。
そんなことを考えていたらHの父親がユリに尋ねた。
「ユリさんのお父上はお仕事は何をしてらっしゃるのかな?」
そう言われて
「今両親はアメリカにいるんです。ニューヨークの日系企業の支社長をしてます。」
父親が日系企業の支社長・・・ユリはその父親の仕事で、幼いころから、韓国、フランス
アメリカと青春時代をすごしたことを以前Hに話したことを思い出した。
「そうですか…責任ある仕事でいらっしゃる。でもご両親と離れて暮らしているのも寂しいでしょう…」
「そうですね。でも思い立ったら会いに行くことにしてるんです」
「そうだね。Hも仕事でしょっちゅう海外に行ってるらしいが昔に比べれば海外も近
くなったからね」
母親が「さあ食事にしましょうか」とみんなを呼んだ。
食事の準備を手伝うことを挨拶してすぐに申しでたのだが母親はいいからいいからとソ
ファに座らせたのだった。
ユリはソファから立ってダイニングに行き手際よくセッティングを手伝った。
弟はHの連れてくる彼女にいつもはうるさいほど話しかけるのに今日は何も言わずおとなしくしているのを見てhは声をかけた。
「どうした?C、今日はやけに大人しいじゃないか」
弟は
「兄貴、一体どこであの人をみつけたんだ?完璧だよ完璧!」
そう言ってHの肩を抱いた。
そしてこう続けた。
「兄貴結婚するのか?あの人と。いいなあ…あの人が姉貴になってくれたら…」
Hはテンションの高い弟の頭をこづきながら笑った。
ダイニングでは母親の手料理の数々がところせましと並べられていた。
母親とユリは 仲良く和気あいあいとはなしながらなべや小皿を運んでいた。
テーブルについた弟はユリをみながら
「全くダイヤモンドだね!いや…」
「むしろ真珠かな…すぐに傷つきそうな感じもする」
弟のひとりごとをききながらhは、真珠…確かにユリは真珠のような存在かもしれないと思った。
すぐに傷つきそうな…それもあたってるような気がした。
ユリが席に付き賑やかな夕食が始まった。
妹はUCLAのゴルフ部にいたユリにさかんにゴルフのことを質問していた。
ユリはひとつひとつていねいに答えていた。
会話に少し間があいた時 父親がユリの仕事の話を尋ねた。
ユリは隠さずに、最近北欧の観光会社からのオファーがあり、オーロラのシーンに使う曲を作ってることを伝えた。
Hは、先日までミキシングしていたあの幻想的な美しい曲を思い出した。
彼女の作曲家としてのレベルが相当高いのはHでもわかっていた。
今回もいくつかのハンドルネームのひとつにオファーがありそれを受け、データとして送り、それで終了…いつも彼女はそういうやり方をしていた。
最近仕事の量が増えて好きな映画を見る時間がなくなってしまって…とユリが残念そうに言った。
妹が「今度一緒に映画に行きましょう?」とユリに言うと弟も「俺も!」と口をは
さんだ。
ユリはうれしそうに「ええ、ぜひ行きましょう!」と答えた。
ユリを中心に和やかで楽しい食事会になった。
Hはユリを見ながら「初対面の人には緊張してしまうし時にはそのストレスで心臓が痛くなってうずくまることもある」と言っていたのを思い出した。
しかし今 普通に自分の家族と楽しくはなすユリをみて今日はストレスがたまる状況だろうか?
本人の心配ほどのことはないように思った。
ユリの雰囲気は相手を和ませ皆 ユリの話がききたくてユリを見ていた。
美しいだけでなく本来愛すべき性格の持ち主のユリ…なぜ いつも家にとじこもるのだろう?
Hは今日 クアンジュに連れてきて家族が皆 ユリの魅力を感じていることを目で見ながら思った。

母親はHに聞いた。
「今日は泊まって行けるのよね」
「母さん。今日は帰るよ。彼女の仕事もあるし彼女を送って行くから…」
Hがそういうとユリが
「私はタクシーで帰りますからHさんはこのまま今日はこちらに…」と言った。
Hは首を振りながらユリに「いや、僕が送るから」と言った。
今日はユリにお礼をきちんと言いたかった。
夕食を終え ユリが持ってきた日本の白桃に皆でしたづつみをうっているとき Hが口を開いた。
「父さん、ユリさんとは将来結婚できればいいと思ってるんだ…そのつもりでつきあってるんだ」
それを聞くとみんな Hを見て一瞬だまった。
妹が言った。
「そんなことお兄ちゃん見てればわかってるよー。ユリさんに嫌われないようにね!」
みながどっと笑った。
ユリをのぞいては。
食事のかたづけがおおかた終わると10時になろうとしていた。
帰る挨拶をして、ユリはトイレに行くために席をはずした。

トイレでユリは思い切り吐いた。
何度も何度も吐いた。
鏡を見ながらユリは自分にといかけた。
「なぜ?なぜ?誰も私を傷つける人はいないのになぜこうなの?!いつまでこうなの?!」
涙をぬぐいながらユリは化粧を直した。
「パパママ…私を助けて!」
そう心の中で叫んだ。
死ぬまでずっと一人ですごせと言うのだろうか…
こんな自分は結婚なんかする資格ない…
そう思いながらもユリは
「大丈夫・・・大丈夫・・・きっとなんともなくなる…」と鏡にむかってひとりごとを言った。
ユリがリビングに戻るとhが家族と挨拶をしていた。
ユリを見てみんながユリに
「またぜひ来て下さい」
「今度はゴルフに」
「映画も一緒に行きましょう」
皆に囲まれながらユリもにこやかに答えていた。
母親の手作りの杏ジャムをもらいユリはていねいにお礼を言った。
車まで家族みんなが出てきてくれた。
ユリも笑顔で会釈しクアンジュをあとにした。
車の中で
「今日はありがとう!君も疲れただろう?」
そうHが言うとユリも
「私こそありがとう…みなさんに暖かく迎えてもらって嬉しかったわ」
「Hさんがあのご両親のもとですくすく育ったことがよくわかったわ すてきなご家族ね」ユリの言葉を聞きながらHは、自分の家族に結婚するつもりの相手を紹介し皆彼女を好きになったことを感じて嬉しかった。
しばらく車を走らせHが口を開いた。
「Cがね…君のこと真珠みたいだと言ったんだ」
ユリの返事はなかった。
助手席を見るとユリは疲れた顔で眠っていた。
Hは車のラジオのスイッチをつけ、ジャズのスローナンバーを聞きながらソウルまでの長い道のりを走らせた。
夜遅くにユリのマンションに着いた。
助手席のユリを起こすとユリは知らないうちに自分が寝てしまったことに驚き
「ごめんなさい」とHに言った。
11階のユリの部屋につくまでユリはふらふらしHが支えないとしっかり歩けないようだった。
Hは自分の想像以上にユリが疲れきっていることに驚いた。
部屋の鍵をあけ 寝室のドアをあけ ベッドに横にならせた。
「ごめんなさい。少し寝かせて…」
そうつぶやくとユリはすぐに寝息をたてた。
ワンピースを着たままで倒れるように眠ってしまったユリに毛布をかけ寝室のド
アを閉めた。
初めてユリの痛々しい姿を見てHはリビングでずっと考えていた。
自分にとっては 好きな人に愛を告白し相手の気持ちを知りたいと思うことはごく
当たり前のことだ。
ユリは自分のキスのせいで動揺し そのあと自分のことを愛し始めたことを自覚してもそれを自分に伝えたいと思ったりしなかった。
静かな生活の中であきらめながら暮らしていた。
Hが告白することでそれを受け入れ心を開いてくれた。
しかし そこで彼女の気持ちはそれ以外の人に心を開く機会も得ず完全にストップしている。
仕事をする上での社会的な人間関係を最低限にし高い能力があるにも関わらず自分の存在をなるべく知られないように 一人で静かに生きていけるようにひっそりと暮らしている。Hがクアンジュに連れて行きたいと行ったとき、彼女は自分との関係を信じて試したのかもしれない。
「もう自分は大丈夫かもしれない」と。
そのために洋服を新調し家族にプレゼントを買った。
ひどく疲れてやっとここまで歩いて来た彼女を見てHは自分のエゴで無理をさせたことを後悔した。
どんな過去が彼女をここまでしばりつけているのかはHは知らなかったが、彼女の傷が癒えるまで慎重にすべきだった。
Hはユリにとってどうすることが最善なのかを考えた。
人は皆 多かれ少なかれ悩みはある。
そのほとんどは理性や経験でなんとなく乗り越えたり友人に相談して慰めてもらったりせめて日常生活に支障のないようにやりすごしているものだと思う。
でもユリの傷はHが思っている以上に深いことを感じて自分がユリにできることは何かを考えた。
テーブルの上にユリが買い込んだDVDが10本くらい積まれていた。
その一つをプレーヤーに入れた。
イタリア映画だった。
ユリは無類の映画好きだ。
暇さえあれば映画を見ている。
でも映画好きと言うよりも、逆に一人で家にいて何時間もすごすために 映画を見るようになったのかもしれない…
一人でひっそり映画を見ているユリを想像すると悲しく切なかった。
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# by juno0501 | 2007-02-08 01:05 | ONE LOVE ⑤